ノーベルマン

恋愛小説好きな私の著作品を載せてます。
私の日常を書いた日記的な役割もします。

子供警察・中編・その16

2011-05-01 16:56:52 | 小説


 暗く狭い一室。窓もない光もない一室。さっきまでは外を過ぎていく声や音が聞こえ

ていたけれど今はもうない。もうすぐ深夜の3時になるころだろう。いつもなら寝てる

時間でも今日はそうはいかない。計画の実行のために。望むべき時を迎えるために。

 もうここに来て何時間になるだろう。明かりすらない圧迫されていく密室に一人きり

で身を潜めている。体力的にはきつかったけど、精神的にはそうでもない。こういう空

間には慣れている。傷に蝕まれそうになるとき、部屋を暗くしたり、布団をかぶったり、

目をつむったりして黒い世界を作りだす。果てすら分からないような中に独り、外界の

全てをシャットダウンさせてしまう。簡単に言ってしまえば現実逃避。でも、おかしな

ことなんかじゃない。逃避したくなる現実があるからだ。

 その世界が本来この身があるべき場所なんだと思った。現実には望みたくなるものが

存在しなさすぎた。それでも現実はある。それでも現実にいる。そして、その現実は続

いていく。逃げても逃げてもどこまでも並行してくる。離れられない。一人にすらなれ

ない。そんな思いを救ってくれたのがみんなだった。コンビート、マジュニア、アシュ

リ、クライス、リーフ、タマゴ、源氏、君たちのおかげだ。本当に感謝してるよ。

 そのとき、振動を感じた。携帯を取りだすと「公衆電話」と表示された画面がある。

誰からの送信かは分かった。この送信を待っていたから。自然と表情はほころび、通話

ボタンを押した。

 「もしもし」

 「もしもし」

 電話口から届く声に喜びをおぼえる。耳にしたことのない声なのに心内は和らいでい

った。初めて声を聞けたこと、初めて話をできたこと、これまでより一歩先で繋がれた

感覚に。

 「ごめんね。面倒くさいことさせちゃって」

 誰にもバレないように公衆電話から掛けてきて、という難しめな要求だった。

 「うぅん。いいんだ」

 仕事で疲れてるだろうし、明日もそれが待ってるんだろうし、こんな夜中にこうさせ

ちゃうことは気苦しかった。ただ、タマゴにはどうしても今のうちに確認しておく必要

がある。

 「君の苦しみの種を聞かせて」

 そう切りだすとタマゴは押し黙った。自分の口から告げる辛さがあるんだろうか。

 「言って。誰にも言えないんでしょ。吐きだしたら楽になれるよ」

 言いづらい気持ちはすごく分かるよ。でも、きっとそれ以上に言えたことで得られる

楽があると思うから。大丈夫、君の思いを受け止めるから。掲示板と同じように本音を

さらけてくれればいいから。

 「ティアラ、警察に追われてるよ」

 その一言に気を起こされた。その言葉そのものの意味にじゃなく、それをタマゴから

言われたってことに。警察がタマゴに行き着いていること、タマゴに事件の経緯を話し

てることぐらい予想はついている。

 「知ってる」

 「まずいんじゃないかな。これ以上やるとティアラが・・・・・・」

 言葉の後半は消されていた。分かるよ、捕まるかもしれないってことでしょ。そんな

ふうに心配してくれるなんて嬉しいよ。タマゴ、やっぱ君は思ったとおりの人だ。根っ

からの正義者だ。

 「そんなこと気にしなくていいよ。今までも完璧にやってきたし、これからだってそ

うさ。警察になんか捕まらない」

 そう伝えてもタマゴはまだ言葉に困っていた。頭の中で整理がしきれてないんだろう。

自分のために仲間を危険にさらすことへの戸惑いに。そりゃ、二度三度とある状況じゃ

ないんだからそうもなるね。踏ん切りをつけられないんだね。それもいいと思う。小心

は正義の特徴の一つさ。

 「不安にならないで。君に応援してもらいたいんだ。背中を押してほしいんだ。それ

が何よりの力になる」

 「君は何も悪くないんだ。なのに、君は被害者になってる。そんなのおかしい。悪の

一方的な攻撃に屈しちゃいけない。君はそこから解き放たれる権利がある。そして、悪

には相応の罰を受ける義務がある」

 説得を続けるとタマゴは自らの傷を話してくれた。納得はしきれてなかったけど思い

は通じてくれた。そう、こんな現実が続くなんていけない。抜けださないといけない。

根源ごと断ち切って。

 「最後にお願いしていいかな」

 タマゴの傷を受け止めると心が張りさけそうになった。みんなの傷を聞くたびにたま

らない気持ちにさせられる。こんな思いをしながら毎日を生きてる人が他にもいるんだ

と気づかさせられる。もっと世の中には同じように苦しんでる人たちもたくさんいるに

違いない。その全てを救ってあげたい。ただ、それがどれだけ難しいことかも察するこ

とはできる。自分自身がいまだに苦しみから抜けられずにいるんだから世界中の人たち

を救うなんて大口なんだろう。それでも一つだけ思っていたい。無理だなんて決めたく

ない、って。

 「頑張れ、って言って」

 「・・・・・・頑張れ」

 タマゴの言葉は小心に強く響いた。その言葉が簡単に言われたものじゃなく、様々な

葛藤の中から生まれたものなのは分かりえたから。

 「ありがとう。君の苦しみを拭い去ってあげるから」




「ノーベルマン」HP
http://www.musictvprogram.com/novel.html