クリスマスイブ、世間は波を揃えるように気を高くさせていた。
街は色とりどりの華やかな様相で、人は表情を豊かにさせて、報道はその晴れた様を
伝えていく。
この日は当然加奈子ちゃんと約束をしていた。
「すごいね、なんか」
「うん、そうだね」
僕らはそれを眺める側だった。
その波に入るんじゃなく、街や人や報道を見て実感する側。
普段とは違う浮かれた気分に浸ってしまいたくはあるけど、そう羽目を外すわけにも
いかない。
特別な日だけど、僕らにはそこまで適するものじゃない。
そこには必然的に加奈子ちゃんの体のことが引っ掛かってきてしまうから。
あれだけ明るい空間で、人がたくさん流れててるところに長時間いるのは正直好まし
くない。
それでも波に入ってみたいのが本心だけど、それはそれ。
加奈子ちゃんに負担をかけることは避けたい。
去年の花火大会のときに無理をさせてしまったことで一層その思いは強まった。
加奈子ちゃんも僕に迷惑はかけないようにとそこを我慢してくれている。
申し訳なくもあるけど、これでいいんだと思うようにしてる。
僕らは他とは違うんだと。
ただ、この日は電車でにぎやかなところにまで出た。
そこに入るわけじゃなく、駅の近くのファミレスからその様子を眺めるために。
一応、クリスマスの雰囲気は味わっておこうってことになって。
そこから見れる活気のある街や人について話したりしながら時間を過ごしていった。
その後には場所を移動して、静かめな場所を散歩する。
途中で公園で一息つきながらゆっくりと。
今日みたいな日にはなんだか盛り上がりの欠けるものかもしれない。
でも、僕らはこれでいいんだ。
公園のベンチに座って、そこから目にする風景を眺めるのが幸せなことなんだと分か
ってるから。
家族で来てる人、友だちと遊んでる人、ペットとたわむれてる人、一人でいる人、散
歩をする老夫婦、風になびく草木、公園の外を走る車、向かいのマンションに並ぶ洗濯
物、そこから届けられる音。
切り取られた何気ない生活の一ページが心を朗らかにさせてくれる。
そして、きっと僕らもその中に入ってるんだろうと思う。
公園では加奈子ちゃんが作ってきてくれたお弁当を食べた。
高校生になってから、こうやって2人で遊ぶ日には加奈子ちゃんがお弁当を作ってき
てくれるようになった。
元々オバさんの手伝いはしてたようで、高校生を機に本格的に料理を教えてもらうよ
うになったらしい。
お弁当の中味はよくあるスタンダードなもので味もおいしかった。
なにより、こうやって作ってきてくれることが嬉しかった。
公園を後にすると、また散歩を続けていく。
なんとなく飽きが来たり、疲れると終らせて電車で帰ることにする。
時間に余裕があるときには家の近くの川辺に座って話をしていく。
だんだんと夕日が沈んで、辺りが暗くなってくるとそれが家に帰るサインになる。
「そろそろ帰ろうか」
そう立ち上がろうとすると、手を掴まれる。
横を向くと、加奈子ちゃんのためらいもある瞳が閉じていく。
そこから察すると、僕は加奈子ちゃんに唇を合わせる。
程よい時間で離れると、余韻に浸るようにもうちょっとだけその場にいる。
手は繋がれたまま。
それが僕らのこのときの幸せの形だった。
「ノーベルマン」HP
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