ノーベルマン

恋愛小説好きな私の著作品を載せてます。
私の日常を書いた日記的な役割もします。

あなたのために・その34

2011-11-30 17:25:20 | 小説


 クリスマスイブ、世間は波を揃えるように気を高くさせていた。

 街は色とりどりの華やかな様相で、人は表情を豊かにさせて、報道はその晴れた様を

伝えていく。

 この日は当然加奈子ちゃんと約束をしていた。

 「すごいね、なんか」

 「うん、そうだね」

 僕らはそれを眺める側だった。

 その波に入るんじゃなく、街や人や報道を見て実感する側。

 普段とは違う浮かれた気分に浸ってしまいたくはあるけど、そう羽目を外すわけにも

いかない。

 特別な日だけど、僕らにはそこまで適するものじゃない。

 そこには必然的に加奈子ちゃんの体のことが引っ掛かってきてしまうから。

 あれだけ明るい空間で、人がたくさん流れててるところに長時間いるのは正直好まし

くない。

 それでも波に入ってみたいのが本心だけど、それはそれ。

 加奈子ちゃんに負担をかけることは避けたい。

 去年の花火大会のときに無理をさせてしまったことで一層その思いは強まった。

 加奈子ちゃんも僕に迷惑はかけないようにとそこを我慢してくれている。

 申し訳なくもあるけど、これでいいんだと思うようにしてる。

 僕らは他とは違うんだと。

 ただ、この日は電車でにぎやかなところにまで出た。

 そこに入るわけじゃなく、駅の近くのファミレスからその様子を眺めるために。

 一応、クリスマスの雰囲気は味わっておこうってことになって。

 そこから見れる活気のある街や人について話したりしながら時間を過ごしていった。

 その後には場所を移動して、静かめな場所を散歩する。

 途中で公園で一息つきながらゆっくりと。

 今日みたいな日にはなんだか盛り上がりの欠けるものかもしれない。

 でも、僕らはこれでいいんだ。

 公園のベンチに座って、そこから目にする風景を眺めるのが幸せなことなんだと分か

ってるから。

 家族で来てる人、友だちと遊んでる人、ペットとたわむれてる人、一人でいる人、散

歩をする老夫婦、風になびく草木、公園の外を走る車、向かいのマンションに並ぶ洗濯

物、そこから届けられる音。

 切り取られた何気ない生活の一ページが心を朗らかにさせてくれる。

 そして、きっと僕らもその中に入ってるんだろうと思う。

 公園では加奈子ちゃんが作ってきてくれたお弁当を食べた。

 高校生になってから、こうやって2人で遊ぶ日には加奈子ちゃんがお弁当を作ってき

てくれるようになった。

 元々オバさんの手伝いはしてたようで、高校生を機に本格的に料理を教えてもらうよ

うになったらしい。

 お弁当の中味はよくあるスタンダードなもので味もおいしかった。

 なにより、こうやって作ってきてくれることが嬉しかった。

 公園を後にすると、また散歩を続けていく。

 なんとなく飽きが来たり、疲れると終らせて電車で帰ることにする。

 時間に余裕があるときには家の近くの川辺に座って話をしていく。

 だんだんと夕日が沈んで、辺りが暗くなってくるとそれが家に帰るサインになる。

 「そろそろ帰ろうか」

 そう立ち上がろうとすると、手を掴まれる。

 横を向くと、加奈子ちゃんのためらいもある瞳が閉じていく。

 そこから察すると、僕は加奈子ちゃんに唇を合わせる。

 程よい時間で離れると、余韻に浸るようにもうちょっとだけその場にいる。

 手は繋がれたまま。

 それが僕らのこのときの幸せの形だった。




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あなたのために・その33

2011-11-29 16:58:47 | 小説


 それ以来、事あるごとに武正は僕の前に現れるようになった。

 常にってことではなく、毎日ってこともなく、決まったタイミングでもなく、本当に

気まぐれに。

 朝一番に来て「眠っ」と目を細くさせてたり、昼休憩に来て「ちょっと寝させて」と

僕の机を枕代わりにしたり、放課後に来て「部活バックれてさ、ミスド行かねぇ?」と

言ってきたり、とにかく自由な子だった。

 体育終わりに来て「ちょうだい」と僕のペットボトルを取ったり、「これウマいから

飲んでみ」と逆にペットボトルを渡してきたり、普通の高校生の男女の間には確実にあ

るはずの垣根を簡単に飛びこえてくる。

 しかも、その行動に意図的なものはあまり感じられなくて、それが彼女の通常のよう

な気にさせられてしまう。

 最初の出会い方がああだったから僕に好意を持ってくれてるんじゃないかと思ってた

けど、僕のことを「宮尾」と呼びすてにしたり、それに合うような奔放な言葉遣いだっ

たりして、もはや何が正解なのかが分からなくなってしまっていた。

 僕の思考と彼女の思考は合わなさすぎて、一度頭の中を白くさせておくのがいいんだ

ろうなと決めた。

 武正がどうして僕に係わってくるのか、僕がどうすればいいのか、そういうのはとり

あえず置いておくことにする。

 考えたところで掴めないだろうから。

 そうすることにすると、ようやく自分のペースを取りもどすことができた。

 そして、2学期の期末試験の答案返却日に武正はまた僕のところへやってきた。

 「宮尾、期末どうだった」

 僕の結果はそこそこはできたというものだった。

 「うっわ、頭いいじゃん」

 結果を伝えると、武正はそう驚きを見せる。

 彼女の結果も聞かされたけど褒められたもんじゃなかった。

 といっても、僕もあくまでこの学校ではそこそこっていうだけのことなんだけど。

 「宮尾さ、イブって予定ある?」

 試験結果についての話が一通り落ち着くと不意に聞かれた。

 「一応」

 そう言うと、武正は「ふぅん」と納得していた。

 イブなら加奈子ちゃんともう約束をしてある。

 「じゃあ、クリスマスは?」

 一間あって、再び聞かれる。

 「特にない」

 本当にないからそのまま答えた。

 「映画でも行かない?」

 「別にいいけど」

 断る理由もなかったからそうした。

 「よしっ、決まり」

 そう立ち上がり、武正は「バイビー」と教室を後にしていった。




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あなたのために・その32

2011-11-28 16:49:54 | 小説


 僕の高校生活はわりと淡々と進んでいった。

 中学までの方が密度が濃かった分、あまり実が入らないのが正直なところだった。

 高校生活に問題はないし、面白くないわけじゃないし、楽しいのは楽しいけど活力が

みなぎってくるような状態にはなってこない。

 成長とともに僕自身が落ち着いてしまったのか、どうも前みたいにバカになりきれな

かった。

 周りには前の僕のようにバカなやつらがいたし、ヤンチャばっかりの不良じみたやつ

らもいたけど、僕はどちらにも属してなかった。

 バカもあまりせず、ヤンチャもせず、かといって真面目でもなく、その間をなんとな

く漂っていた。

 近づきすぎず離れすぎずにうまい距離の中で、どことなく他の人たちとは違うところ

にいた。

 それが淡々とした高校生活に繋がっていく。

 これが3年間続いていくんだろうなと漠然と感じていた。

 それはそれで味気ないけど、それでもいいかなとも思ってた。

 無理に力まなくても、僕には加奈子ちゃんがいるし、山津や村石もいる。

 だから、多くを望まなくてもよかった。

 けど、そこに波は存在していた。

 それは強さの量りにくい押してくる波だった。

 変化の始まりは秋の文化祭のとき、年に一度のお祭りってことで校内は大いににぎわ

っていた。

 クラスの出し物は当番制のものだったから、決められた時間以外は自由行動ができた。

 校内の他のクラスの出し物を見てまわったり、校外に暇つぶしに出てみたりするもの

の、週末の2日となると時間を持てあますしかなかった。

 加奈子ちゃんと南江は同じときに文化祭だったから来れなかったけど、山津と村石は

来てくれて片方の日がつぶせたのがせめてもの救いになった。

 その暇なもう片方の日、目的もなく校舎内を歩いてると後ろから肩を叩かれた。

 振り向くと、そこには携帯電話を手にした女の子が立っていた。

 「ねぇ、一緒に写真撮ってもらっていい?」

 携帯を振りながら、フフンと笑顔を向けてくる。

 ウチの制服を着てるけど見たことはない顔だった。

 解釈しきれなかったけど、とりあえず断る理由はないから「うん」と答える。

 その子は「よしっ」と小さく呟いて、携帯を横にいた連れらしき子に渡して僕の左に

来た。

 そこでいきなり腕を組んできて、携帯にピースを向けていく。

 何の前触れもなかったから驚いたけど、「撮りまぁす」って声がしたからこれという

反応をすることも出来なかった。

 「ありがと」

 2回撮られた後、何事もなかったようにその子はサラッと行こうとする。

 すると、何か思いだしたように「あっ」とこっちに振りかえった。

 「私、5組の武正七恵だから」

 そう言い残して、流れるように去っていった。

 完全に調子を崩されて、残されたこっちは変な感覚が起こされていった。




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あなたのために・その31

2011-11-27 17:04:11 | 小説


 春になり、僕は新しい生活を送りはじめた。

 高校生活は緊張もあるけれどそう多くの違いはなかった。

 制服とか授業とか校舎とかあらゆるものに変化はあったけど、僕自身に何かあるかと

なれば大きな変化はなかったと思う。

 一歩は成長したような気にもなっていたけど、そういう気になっていただけなんだと

も思える。

 僕の通うことになった高校は簡単に言うなら僕のようなレベルの集まりというところ

だろう。

 その中でもピンからキリまではあるんだけど、僕はまぁこの高校ではそこそこ出来る

方だった。

 この高校では、だけど。

 加奈子ちゃんと南江はもっと高い位置に行ってるし、山津や村石も僕のちょっと上に

いる。

 だから、こんなことで優越感を味わうのは面目ない。

 中学までとは別のポジションに立たされたことや親しい人間がいない環境にいること

で僕はなんだかフワフワしていた。

 本当はこういうポジションにいるやつじゃないのに、そう戸惑う部分もあった。

 それもあってか、高校では親友と呼べる人とは出会えなかった。

 自分を塞いでるわけじゃないし、クラスメイトとは良い雰囲気でいれたし、仲の良い

グループもあったけど深く入るほどの関係ではなかった。

 教室でははしゃいだりもしてたけど、放課後に集まることもあまりなく、休日に遊ぶ

こともそうはない。

 学校の中で完結してるような関係だった。

 きっと、僕の中の意識の問題もあったと思う。

 中学までに築いた関係が濃すぎたんだろう。

 加奈子ちゃんとの関係、山津や村石との関係の方が僕の中では大事なもので、実際に

そっちを優先していた。

 「待った?」

 「うぅん、全然」

 放課後、部活終わりに電車で帰ると駅の改札の横で加奈子ちゃんは待ってくれていた。

 高校に入ったら会える機会も少なくなるから、学校のある平日はこうして駅から家ま

での間だけでも一緒にいようと決めていた。

 この登校のときと下校のときが僕らの大切な時間だった。

 下校のときに関しては、加奈子ちゃんは部活に入ってないから図書室とかで時間をつ

ぶしてくれて、こうやって僕を待っててくれてることが多い。

 登校のときの会話は昨日帰ってからのことや今日の授業のことで、下校のときは今日

の学校であったことや帰ってからのことが主だった。

 新しい友達もできたようで、調子が悪くなったときも南江も含めたその子たちが面倒

を見てくれてるらしい。

 そうやって、それぞれの生活は始まっていった。





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10月クールの連ドラ・先週視聴率

2011-11-25 17:18:12 | 日記


今回は私の趣味の一つ、ドラマの話題を。

10月クールの連続ドラマの先週視聴率を。

1位・家政婦のミタ・23.4%

2位・南極大陸・19.1%

3位・相棒・16.5%

4位・妖怪人間べム・16.2%

5位・謎解きはディナーのあとで・15.9%

6位・科捜研の女・15.5%

7位・私が恋愛できない理由・14.8%

8位・DOCTORS・11.6%

9位・HUNTER・10.2%

9位・蜜の味・10.2%





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10月クールの連ドラ・初回視聴率

2011-11-23 16:51:04 | 日記


今回は私の趣味の一つ、ドラマの話題を。

10月クールの連続ドラマの初回視聴率を。

1位・南極大陸・22.2%

2位・相棒・19.7%

3位・家政婦のミタ・19.5%

4位・妖怪人間べム・18.9%

5位・謎解きはディナーのあとで・18.1%

6位・科捜研の女・17.1%

7位・私が恋愛できない理由・17.0%

8位・DOCTORS・13.7%

9位・専業主婦探偵・12.6%

10位・ランナウェイ・12.5%





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あなたのために・その30

2011-11-21 16:52:34 | 小説


 それからは穏やかに2人の関係は育まれていった。

 僕の奥手さもあって、加奈子ちゃんの体のこともあって、決して無理はせず。

 南江や山津や村石は発破をかけてくるけど外野の声は気にしない。

 僕らのことなんだから。

 登校は一緒にして、下校はときどき一緒にして、教室でもたまに話をして、休日は週

に一度は外出する、今までと変わらないペースを続けていた。

 加奈子ちゃんの体は大きく崩れることはなかった。

 長い休みには検査入院をしてるし、家にはオジさんがいてくれることが大きかった。

 ただ、小さい波が来ることはあった。

 病院に運ばれるほどじゃないけど、花火大会のときのように呼吸が狭くなって苦しそ

うにうずくまってしまう。

 家のときはオジさんとオバさん、学校では南江、外にいるときは僕がその対応をする

ことになる。

 僕や南江は何ができるわけじゃないけど、時間が経てば治まってくるので側で背中を

さすったり、声をかけていく。

 そして、治まった後に一応病院に診察に行く。

 加奈子ちゃんの病気については未だに不明なところが多く、その具体的な対応も見つ

かってくれてない。

 「ごめんね」

 症状が現れると、加奈子ちゃんはいつも申し訳なさそうにする。

 加奈子ちゃんのせいなんかじゃないんだから謝らないでほしい。

 もどかしいけれど、僕が焦ってもどうにもならない。

 病気とうまく付き合っていくしかなかった。

 そんな中で壁のように遠くから押し迫ってくるものがあった。

 受験だ。

 経験したことがないから分からないけれど、外から入ってくる情報だとかなり煩わし

いもののようだ。

 いろんなものを犠牲にしながら長く長く勉強に向かってくなんて考えただけでため息

が出る。

 中間試験や期末試験の勉強さえあまりせず、そのあまりしない勉強ですら嫌々でやっ

てる僕には耐えられるはずがない。

 無理だ。

 そうハナから投げだしたいかぎりだったけど、否が応にもそれは近づいてくる。

 どうするかは僕次第だけど、どうしようにも受験はやってくる。

 いつかはやらなきゃならないんだろうと漠然とした不安を抱えていた。

 僕がそんな低い位置にいるうちに加奈子ちゃんは先を進んでいた。

 早くに志望校を決めて、勉強に向き合っていった。

 僕みたいに試験前にあくせくするんじゃなく、もっと前からゆとりを持って取り組ん

でいく。

 少しずつやっていくことで窮屈に詰めこまなくていい。

 試験への心得が分かっていた。

 逆に、分かってない僕は未来の自分を予想しながらも何も手を打たずにいた。

 ただ、加奈子ちゃんにはそうする理由もあった。

 加奈子ちゃんの場合、彼女を受け入れてくれる学校である前提項目があったから。

 事前に加奈子ちゃんの体のことを説明して、それでも入学を許可してくれるところで

ないといけない。

 実際に、志望校の候補の中には柔に断られたところもあるみたいだ。

 けど、それでもいいと言ってくれる良心的なところが多かったらしい。

 加奈子ちゃんはそう志望校を決めて、同じところを南江も受けることになった。

 加奈子ちゃんの体を心配してくれて、同じ高校に行くことにしてくれた。

 「誰かが一緒にいてあげた方がいいでしょ。誰かさんじゃ無理そうだから」

 せっかくありがたいと思ってたのに、憎まれ口をたたかれてその気持ちは半減した。

 でも、言ってることは当たってるだけに難しい。

 僕の学力じゃあ加奈子ちゃんと同じ高校には行けないだろう。

 少なくとも、加奈子ちゃん以上の勉強量を積みあげる必要がある。

 それだけのモチベーションを持てないのは自分自身が一番よく分かってる。

 今までは義務教育でなんとかなってたけど、この先は学力にふさわしいところへ行く

ことになる。

 当然、僕と加奈子ちゃんは別々になる。

 同じ高校へ行けたら言うことはなかったけど、流れとしてそれは諦めることになった。

 加奈子ちゃんから「同じ高校に行こう」とは言われなかったから、向こうも向こうで

諦めていたんだろう。

 オジさんやオバさんには「一緒のところに行ってくれたら」と言われて心苦しくあっ

たけど。

 そういうことに落ち着き、僕は僕のレベルの中で受験に向き合い、加奈子ちゃんは加

奈子ちゃんのレベルの中で受験に向き合っていった。

 長い期間の受験勉強はもう嫌で嫌でしょうがなかったけど、やらなきゃならないって

いう重圧でなんとかこなした。

 そして、2人とも無事に第一志望に合格することができた。

 同じ第一志望でもレベルが違うけれど。

 僕のなんて大したものじゃないけど、加奈子ちゃんがちゃんと進路を決められたのは

よかった。

 南江も合格してくれたから安心できた。

 「離れ離れになっちゃうと寂しいね」

 お互いの進路が決まった後、放課後に川沿いの道を歩きながら加奈子ちゃんがそっと

呟いた。

 「大丈夫だよ、いつでも会えるから」

 そう伝えても、加奈子ちゃんの表情があまり冴えない。

 僕にとって加奈子ちゃんの存在は大きい。

 今さら言うまでもなく。

 これまでは必ず側にいれたものがこれからは意識しないといけなくなる。

 一緒にいれる機会も確実に減るだろう。

 それは当たり前に寂しい。

 「大和くん」

 考えに浸ってると、不意に名前を呼ばれる。

 「いつもありがとう」

 何の前触れもなく言われて意図が掴めない。

 「どうしたの」

 「うぅん。言いたかっただけ」

 真意を聞こうとしたけど掴めないままだった。





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あなたのために・その29

2011-11-20 17:11:24 | 小説


 うだるような暑さのまま夏休みは終わり、二学期が始まった。

 花火大会の後の一週間強は加奈子ちゃんと外出することはなかった。

 体調に問題はなかったようだけど無理はさせないように。

 その代わり、行けるときは加奈子ちゃんの家におじゃまさせてもらった。

 なるべく行きたかったけどさすがに毎日というのもあれだし、僕には宿題という砦が

待ちかまえていた。

 夏休みの前半に余裕をこいて、後半に徐々に追いつめられる、よくあるパターンをな

ぞらえたやつだった。

 加奈子ちゃんにもそれは伝わってて、前半に「宿題やった?」と声をかけてもらうの

を「大丈夫、大丈夫」と軽く流して、後半に僕が弱音を吐くのを「しょうがないな」と

息をつかれるのが常になっている。

 やりたくないものはやりたくないし、やらなきゃいけないものはやらなきゃいけない。

 自由奔放っていいもんだけど、それだけじゃいけないようだ。

 そう毎年この時期に思いしらされる。

 結局、なんだかんだで終らせることはできてるんだけど。

 そんな思いを味わわされた後に行く学校っていうのはなんとも気の乗れないものでし

かない。

 暑くてやる気が出ないし、元々やる気なんてないし。

 今日は始業式だけでいいけど、明日から授業があると思うともう憂鬱だらけだ。

 登校中にそれを伝えると、加奈子ちゃんはあいかわらずと笑っていた。

 「どうしてそんなに嫌なのかなぁ」

 そう言われても嫌なもんは嫌でしかない。

 勉強に興味を持てる加奈子ちゃんには分からない。

 「ホントだね」

 そう笑っておく。

 教室に着くと、自分の席にへたばるように座る。

 幸い冷房はあるから、ここで充電していく。

 あんな暑さの中を歩いてきても元気に仲間と喋りあう余裕はない。

 この後の始業式の間中、冷房のない体育館に立ちっぱなしで体力の消耗は否めないわ

けだし。

 そんなことお構いなしにはしゃいでられるのはうらやましくもあるけど、そっちの中

でやっておいておくれ。

 「どうもぉ」

 なのに、こっちの気持ちも気にせずにくるこういうのがいるから困る。

 顔を上げると、南江が加奈子ちゃんを連れて立っていた。

 そして、2人は前と横の席に座っていく。

 「何をへばってんのよ」

 うっせぇ。

 「暑さに負けてんの? 弱っ」

 新学期になっても南江のお調子ぶりは変わってなかった。

 是非とも彼女に加奈子ちゃんぐらい女の子っぽくなってもらいたいもんだ。

 「部活やってんでしょ、暑さにやられててどうすんの」

 部活はなんとかなるもんではある。

 屋外での練習になると夏場はたまったもんじゃないけれど、いざやってしまえば最後

まで通せてしまう。

 きついのはきついんだけど。

 一度そういう状況に置かれてしまえばどうにかなるもんなんだろう。

 でも、今はそういう状況じゃないからそうはいかない。

 「いいんだよ、別に」

 適当に流しておく。

 そのやりとりを加奈子ちゃんは横から微笑みながら見ている。

 加奈子ちゃんは僕と南江のやりとりが好きらしい。

 加奈子ちゃんが喜んでくれるなら、なんて思えやしないけど。

 クッションを置くように南江は静まりながら僕と加奈子ちゃんを見ていく。

 この手の間がロクな方向に行かないのも分かってる。

 「初めてのキスはどうでしたか」

 小声でささやき、手をマイクの代わりにして向けてくる。

 「こらっ、ちょっと」

 すかさず加奈子ちゃんが間に入ってくる。

 「そちらはどうでしたか」

 関係なしに、止めにきた加奈子ちゃんにマイクの形の手を向ける。

 「何言ってんの、バカ」

 とにかく南江の暴走をやめさせようと加奈子ちゃんは制した。

 止まりはしたものの、なんとかしようとする加奈子ちゃんの様を南江は面白がって笑

っていた。

 そのやりとりを僕はただ見てるしかなかった。

 南江を操作するのは基本的に加奈子ちゃんの役目と決まってるから。

 誰が決めたわけでもなく、自然とそうなっている。

 「いいじゃん、別に悪いことじゃないんだし」

 悪びれた様子もない南江。

 「そういう問題じゃないでしょ」

 それを諭す加奈子ちゃん。

 これでこの2人の図式は出来上がってたりするから。

 「あんた、私のおかげでもあるんだからね」

 そういきなり矛先を向けられた。

 言葉の意味は分からないから呑みこめもしない。

 横を向くと、加奈子ちゃんがこっちに首を振る。

 気にしないで、ってことだろう。

 後で聞いたところによると、加奈子ちゃんは花火大会の前に南江に「絶対に花火大会

のときにキスするように」と言われてたらしい。

 僕の性格も汲んでか、「向こうからされなかったら自分からするように」と念を押さ

れてたようだ。

 そう、僕が山津や村石に言われてたことが相手の方でもされていた。

 まぁ、僕がそう言われたことは伏せておいたけど。

 事前にそう言われてたのに相手からされたなんて格好がつかないし。

 現に、それを山津と村石に伝えたときには脱力された。

 「お前、向こうからされてどうすんだよ」

 「情けねぇなぁ」

 そう言われたい放題に言われてしまった。

 そんな経験もないやつに言われるのは納得のいかないところもあったけど。





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あなたのために・その28

2011-11-19 16:47:24 | 小説


 次の日、昼過ぎあたりに加奈子ちゃんの家に行った。

 状態がどうなってるかが気になって。

 昨日あんなふうになってしまって自分の中に気まずさがあったけど、オジさんにかけ

てもらった言葉に力をもらっていた。

 僕に出来ること、それをしたいと思った。

 「いらっしゃい。上にいるからね」

 「はい」

 家に着くと、事前に連絡しておいたのでオバさんにスムーズに案内された。

 階段を上がると、加奈子ちゃんの部屋の扉をノックする。

 遊びに来たことは何度もあるから、どこの部屋かはすぐに分かる。

 中から応答があったので開けると、加奈子ちゃんはベッドで本を読んでいた。

 「大和くんだ」

 僕を見ると、いつもの笑顔で迎えてくれた。

 その快活な笑顔に心内を撫でられる。

 「大丈夫?」

 「うん、全然大丈夫」

 何事もないようでよかった。

 実際、今日は朝から調子は回復に向かってるらしい。

 ずっと心配してたからホッとできた。

 「昨日はごめんなさい」

 表情が落ちつくと加奈子ちゃんは急に謝ってきた。

 突然のことで反応に戸惑う。

 「私のせいで大和くんにいっぱい迷惑かけちゃって」

 申し訳なさそうに言う加奈子ちゃんの姿を目にするのが申し訳なかった。

 「いやっ、あれは僕が悪いんだ」

 僕が欲望に負けて、ちゃんと誘導しなかったのがそもそもの理由なんだから。

 「うぅん、私がこういう体だからいけないんだよ」

 自虐的な言葉を発せられて、それは違うと否定しようとする。

 「でもね、嬉しかったんだ」

 その前に、次の言葉が来た。

 「大和くんが「私と花火大会に来れたことが嬉しいんだ」って言ってくれたのが」

 昨日の場面を思いかえしていく。

 とにかく必死だったから、多分言ったぐらいにしか覚えてなかった。

 「あれ、本心だよね」

 そう探るように聞かれ、「うん」とうなずく。

 あれだけのときに口から出てきた言葉なんだから本心に違いない。

 「よかった」

 加奈子ちゃんは表情を崩して、笑みをこぼした。

 あのとき、加奈子ちゃんが「私なんかと一緒にいない方がいいよ」と言ったのはショ

ックではあった。

 そんな離すようなことを言われたことが。

 加奈子ちゃんは自分が重荷になるのが嫌だと感じたんだろうけど、それでもああいう

言葉が実際に来るのは嫌なものだった。

 そんなふうに言わないでほしい、そう思って素直に出た返答だったと思う。

 「ねぇねぇ」

 呼びかけられ、現実に意識が戻る。

 「さっき鏡見て気づいたんだけどさ、私ここにホクロあるの」

 目の下を指しながら加奈子ちゃんが言った。

 パッと見では分からない。

 本人がさっき気づいたぐらいなんだからすぐ判別できるものじゃないだろう。

 「そうなの?」

 「うん。ほらっ、ちゃんと見て」

 そう促されて、近づいて見てみる。

 よく見てみると、確かに目蓋のところに霞む程度のものがあった。

 そう思ったのはわずかだった。

 気づいたときにはもう加奈子ちゃんの唇が僕の唇に合わさっていた。

 不意を突かれて、何も動けなかった。

 そうはない時間だったろうけど、果てしなく長く思えた。

 離れると、変に汗が滲んでくる。

 冷房は効いてるのに体が熱くなっていた。

 昨日は余裕の無さから大丈夫だったのかもしれないけど、今は現実感があって自然に

体が反応していく。

 「昨日、ああいうふうだったから」

 話しはじめる加奈子ちゃんをまともには見れなかった。

 「あらためて、ねっ」

 気恥ずかしさもある様で話してるのがかわいらしかった。

 でも、いかんせんそれをはっきり眺めるだけの余裕はなかった。

 視線を散らつかせながらなんとなく捉えるほどが精一杯で。

 それからも花火大会とかの話をしたけど、正常には戻れずじまいだった。




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