世界の詩最新事情

毎月1回原則として第3土曜日に世界の最新の詩を紹介いたします。アジア、ラテンアメリカ、中国語圏、欧米の4つに分け紹介。

第32回 鄭小瓊(チョンシアオチオン/Zheng XiaoQiong) ―中国― 竹内 新編訳

2019-11-01 01:08:41 | 日記
 鄭小瓊(チョンシアオチオン/Zheng XiaoQiong) 1980年四川省南充の農村生まれ。女。中等専門学校卒業後、医療に従事するも、2001年3月、広東の工業地帯へ《南下》、出稼ぎ労働(非正規労働)者となり、紆余曲折の後に東莞の金属工場の組み立てラインで、整理番号245番として働く。朝7時半~12時、午後1時45分~5時45分、6時半~9時半まで残業。後に事務員等にもなり、創作活動を続ける。
 2007年、連作詩『黄麻嶺』によって東莞市の「蓮花文学賞」の年度詩歌賞を受賞。人民文学賞「ニューウェーブ」散文賞を受賞。東莞作家協会の専従招聘を辞退し、鋭意出稼ぎ労働を継続する。
 詩集『黄麻嶺』(2006年)、『鄭小瓊詩選』(2008年)、『女工記』(2012年)等がある。
 『鄭小瓊詩選』の帯文には、「中国詩歌史上 最初の 女性、労働と資本に関する交響詩」とある。
 今回は『女工記』から「女工――取り付け椅子に固定された青春」、『鄭小瓊詩選』から「生活」と「鉄」、この3篇を紹介する。優れた長編詩もあるが、別の機会にチャレンジしたい。

女工――取り付け椅子に固定された青春

時間が巨大なくちばしを開けている明るい月明かりに
作業台上の疲れて暗く濁る心のなかの凶悪さ陰険さも錆び付いてくる
壁のようにそそり立つ山の崩れた泥と砕けた石がザーザー身体に流れている
女の体内に逆巻く川の流れには時間の切れ端がすき間もなく投げ込まれている
混乱する潮は季節通りの満ち引きのないまま取り付け椅子に座っている
流れてゆく製品と時間は交錯してこのように急速に丸々呑み込むのだ
十年も水のように流れて年が増える……途方もなくうんざりする思いを
頭のなかに漂わせながら……何年も検査の見張り番をする
ネジ一つ二つの向きを変え左を見て右を見て
夢想と青春を製品の一つに固定して見ている
灰色の青春は内陸の田舎から一路沿海の工場へ
駆け込みそれからもずっとずっとアメリカのどこかの商品棚にまで行く
疲労と労働から来る疾患は肺に蓄積し
喉の辺りに挟まりもう時の経過に応じてはやって来ない月経
激しく咳き込む工場と遠く離れた経済技術開発区
緑色したレイシの枝は身の回りにあるこの機器によって切り倒されたのだ
身震いして……彼女は紅く腫れた目の窪みをこすりこすり自分を
流れてゆく製品の間に組み入れる

生活

あなたたちは知らない 私の姓名は一枚の就業許可証のなかに覆い隠されている
両手は組み立てラインの一部分になり 身体はサインした契約書に
預けられている 髪はほんとうに黒から白に変わり 喧噪 奔走
残業 給料が残され……白く静まり返る照明にくっきり
見える 疲れで気の滅入った影が作業台にたたずんでいる それはゆっくり移動し
向きを変え 弓なりに曲がり 鋳鉄のように押し黙っている
ああ 手話する鉄 他郷の人の失望と悲しみがびっしり引っ掛かっている
時の経過に錆びてゆく鉄 現実を前に身を震わせる鉄
――私には分からない 声のない生活をどう守ってやったらいいか
姓名と性別を喪失したこの生活は 丸抱えという条件にサインしたこの生活は
どこで どう始まるというのか 八人部屋の寮の鉄骨ベッドに射し込む月の光が
明るく照らすのは郷愁 それとも機械の唸り声のなかでこっそり目配せした恋
それとも給料カードに横付けにされた青春 この浮世の上っ調子は
か弱い魂をどう慰めるというのだろう 月光がもし四川から来たものならば
青春は幾らか明るく思い出されるのに 一週間七日の組み立てラインに消えてしまい
残されるのは図面 鉄 金属製品 あるいは白い色の
合格証 赤い色の印の粗悪品 白く光る照明のもと 私はいつも通りに
孤独と傷みをこらえる それは慌しさのなかで熱を出して長々といつまでも……



ちっぽけな鉄 やわらかな鉄 風音が吹きつけ
雨粒が打ちつけ 鉄は錆の出た怖じ気と気恥ずかしさをさらけ出している
去年という歳月が ぽたり針孔を漏れる時間のように……こぼれ落ちている
夜のなかでまだ幾つもの鉄が 倉庫にさらされ 作業台へ……鉄たちはどこへ
行こうとしているのだろう 一体どこへ行くというのだろう?幾つもの鉄が
深夜に自問している 何かが
さわさわ錆になっている 誰かが夜のなかの
鉄のような生活のうちに 生活の過去と未来を受領している

他に何が錆びないというのだろう?去年コンテナ輸送のトラックでとうに
遠くへ行っているのに 今年もやっぱり指の間を流れて移動している
明日は早々にやって来る鉄だから 図面を待ち
作業台、注文状を待つ でもこの時 私は一体何処へ 何処へ行こうというのだろう
「生活は コンロの火が燃えて輝き 沸き立つのによく似ている」のに
私という他郷の者の怖じ気 それは身体のなかの錆のようなもの
私 一人 もしくは一群の人々

手に馴染んだ鉄 何年も沈黙している鉄
常に遠く離れている鉄 常にもどって来る鉄
時間のさらさら流れるうちに 錆びて 遠くを眺め
そこに 身近な鉄格子の窓のように根を下ろすことを渇望するのだ

コメントを投稿