岩波コラム

精神科医によるコラムです

主人公たちのカルテ2 『風立ちぬ』

2018-04-09 23:44:53 | 日記

 平成25年に公開され大ヒットとなった長編アニメーション映画『風立ちぬ』は、宮崎駿監督の漫画『風立ちぬ』を原作とし、実在の人物である堀越二郎をモデルにして、その半生を描いた作品である。

 この映画には、堀辰雄の小説『風立ちぬ』を思わせるエピソードも盛り込まれているため、映画のポスターとホームページには、「堀越二郎と堀辰雄に敬意を込めて」と記された。

 堀辰雄の小説は、長野県富士見高原の美しい自然の中で、当時は死の病であった結核に冒されサナトリウムに入院している婚約者節子と、彼女に付き添う「私」との精神的な交流を描いた抒情的な作品である。この映画においても、主人公の堀越次郎とその妻との間に同様のストーリーが描かれている。

 最近、映画やドラマなどの映像作品において、アスペルガー症候群的な性質を好ましいものとして描いているケースをよくみかける。この映画の主人公である堀越二郎にも、はっきりとは述べられてはいないが、そのような特徴が濃厚にみられる。

 堀越次郎は優秀な技術者でゼロ戦の設計者として高名であったが、必ずしも順調な人生を歩んだわけではなかった。彼には過度に几帳面な面があるとともに、いわゆる「空気の読めない」性質があり、能力と経歴を考えると、企業や官庁のトップに収まってもおかしくないにもかかわらず、世間的な出世コースに乗りそこなった。

 群馬県藤岡市に生まれた堀越は、東京帝国大学工学部航空学科を主席で卒業し、その後三菱内燃機製造に入社して名古屋の製作所で航空機の設計にあたった。堀越は機体の美しさと機能を両立させることに強いこだわりを見せ自分の信念を貫こうとする姿勢が強かった。部下にも厳しく要求し、「根掘り越し、葉掘り越し」と陰口を叩かれたという。

 堀越は対人関係が得意とは言えず、発注元である軍部と対立関係になることも珍しくなかった。海軍の方針に反対してエンジンを換えさせたというエピソードも知られている。

 堀越は細かいこだわりが強く、メニューやレシートの類はすべて捨てることなく保管し、布団を敷くときには必ず部屋の壁と平行になるように敷くと言った「こだわり」のエピソードも知られている。