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誰も知らない、ものがたり。

巡りの星 62


 私はうずくまるヒカルの顔をあわてて覗きこもうとしゃがんだ。貧血でも起こしたのだろうか。

「どうした、大丈夫!?」
 そう言ってヒカルの肩に手を置いたとき、私は違和感を覚えた。自分の手がやけに色濃く見える。いや、違う。逆だ。ヒカルの全身の色が、薄くなっているのだ。もともと白い肌は、白いままだが、何というかより淡くなっている。しかも肌だけではない。着ている衣服ごと・・・。

 息を呑む私に、つらそうな表情を浮かべながらヒカルは言った。
「・・・ごめん、エネルギーがまた弱ってしまったみたい・・・。でも、まだ大丈夫・・・」

 ”エネルギーが弱っている。” ―元の世界でヒカルと電話していたときからそう聞いていた。それでも具体的にどんな状況なのか全くわからなかったのだが、今ようやく目の前のヒカルを見て事態の重さを知った。
「ヒカル・・・!」肩に置いた手に、思わず力が入る。
「・・・私は大丈夫だから、今はアサダさんに寄り添ってあげて。はやく。とっても、怯えている・・・」
 ヒカルはそういうと、ひとつ深く呼吸した。少しだけ、色が戻ったように見えた。そして、私の顔を見てから、小さなアサダサンに顔を向ける。

 小さなアサダさんは、公園の周囲の様子を相変わらず凝視していた。心ここにあらずという感じで、こちらのことはあまり目に入っていないようだ。「お願いだから、早く行ってあげて・・・」私はもう一度ヒカルに促された。

 ヒカルを見ると、さっきよりも色が元に戻ってきてる感じがした。心配は拭いきれぬままだったが、私はうなずき、ブランコの前で怯えて佇む小さなアサダさんのもとに近寄っていった。

「・・・キミ、大丈夫かい?」
 近づいてくる私の様子がそれまで全く目に入っていなかったのか、小さなアサダさんは私の声に身体をビクリと反応させて驚きの表情でこちらを見て言った。「え、なんで・・・いるの?」

「誰・・・なの?」と続けて聞く小さなアサダさん。私は怖がらせないようにしゃがんで目線を落とし、なるべく笑顔をつくって答えた。
「ごめん、名前をいってなかったね。俺の名前は、イナダトモヤ。トモヤって呼んで」
「・・・トモヤ?」小さなアサダさんは警戒するような表情だ。当然、この時のアサダさんは、私を知らない。私は、小さなアサダサンの警戒心をさらりと受け流すような心持ちで、もういちど笑顔を向けた。

「うん。トモヤ。通りすがりのお兄さんだよ。・・・ねえ、キミのことは、なんて呼べばいいかな?」
最初の警戒心は溶けたのか、小さなアサダさんはじっとこちらの目を見て、手をもじもじとさせていたが、少しして、小さなかすれた声が返ってきた。
「・・・アサダ・・・ミキ・・・」その名前が確かに聞けた。

「そうか、じゃあ、ミキちゃんて呼ぶね」その言葉に、また少し顔の表情をゆるめて、小さなアサダさんはこくりとうなずいた。
 私は少し安堵して、ヒカルの方にちらっと目をやった。すると、ヒカルも体調を持ち直したのか、こちらにゆっくりと近づいてきていた。私の視線を追って、小さなアサダさんもヒカルを見る。
「あの女の人は、ヒカル。同じ会社の仲間なんだ」
 ヒカルは私からの紹介を受けて、まだ少しつらそうな白い顔をニコリとさせ「はじめまして、ヒカルと呼んでね」と、私の心配をかわすようにつとめて明るく言った。

「ヒカル・・・」やさしそうな女の人だと安心したのか、ぼつりと言う小さなアサダさんの顔に少し笑顔が見えた。
 それを見て、私は色々と聞き始めた。「ミキちゃん、大丈夫かい?なんだか、怖そうにしてたよね・・・」
 小さなアサダさんはこくんとうなずくと、口を開いて、早口で慌てるように一気に喋りだした。
「あのね、いつもね、おじさんおばさんのおうちに、帰れなくなっちゃうの。こうやってね、暗くなって、道がおかしくなって・・・、帰りたくないと思ってたら、本当に帰れなくなっちゃうの。いつも、一人ぼっちでずうっと、帰れないの・・・!」
 私は再びあたりを見回す。明らかに様子がおかしい街並み。これが、人の想念による世界の変化であることはわかっていた。おそらくは、この小さなアサダさんの心の中にある、何かしらの思いに引き寄せられるようにして、構築された世界・・・。

「いつも一人ぼっちなのに、二人ともなんでここにいるの・・・?」


・・・つづく。
 
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