吹く風ネット

ちょっと悲しかったこと(2005年8月7日付)

 午前中、男性のお年寄りが扇風機を買いに来た。
「これですか、チラシに入ってたのは」
「はい」
「じゃあ、これ下さい」
 そう言って、お年寄りはその扇風機を買って帰った。

 午後のことだった。再びそのお年寄りが現れた。
「すいません、先ほど扇風機を買った者なんですけど、ちょっと訊きたいことがありまして…」
「はい、何でしょうか?」
「あの扇風機は、コンセントに差さないと回らないんですか?」
「‥‥。えーと、どういうことでしょうか?」
「いや、電気を入れないと回らないのかと思って」
「はい、電化製品ですから、電気を入れないと動きませんよ」
「ああ、そうなんですか。わたしはてっきり、電気を入れないでも回るかと思った」
「そうですか」
「じゃあですなあ、ちょっとこの扇風機の操作の仕方を、最初から教えてくれんですか」
「はい、いいですよ」

 すると、お年寄りは扇風機の説明書を取り出した。
「じゃあ、この説明書の手順通り教えて下さい」
 ぼくは扇風機の電源を入れて、順を追ってスイッチの入れ方から説明した。
 そのお年寄りは物覚えが悪いのか、「もう一度いいですか」と言った。
「はい、じゃあもう一度説明しますね」

 ぼくは、またスイッチの入れ方から説明を始めた。
 風量の切り替え方を説明していた時だった。お年寄りは突然、
「あのー、スイッチを入れる時は、コンセントに差し込んでないといけんのですかねえ?」と言った。
「‥‥。はい、もちろんですよ。そうしないと回りませんからね」
「ああ、そうですか。じゃあ、もう一度最初から説明して下さい」
「‥‥」

 そこで、今度はコンセントの差し込み方から説明することにした。
「これがコンセントですね。ここにこのプラグを差し込みます。」
「えっ、ばあさんが言ったのと違うなあ」
「えーと、奥さんはどう言ったんですか?」
「コンセントに差さなくても、スイッチを入れたら回ると言ったんだけど…」
「いや、電化製品ですから、コンセントに差さないと動きませんよ」
「そうですよねえ」
「ええ」
「で、どうやってコンセントに入れるんですか?」
「‥‥。このプラグをですね、こうやってですね、差し込むんですよ」
「その後どうするんですか?」
「このスイッチを入れてですね。いいですか、入れますよ」
「はい」
「ほら、回ったでしょ?」
「ほう」
「この通りやればいいんですよ」
「その時、コンセントに差しとくんですね?」
「‥‥。ええ、そうですよ」
「ばあさんの言ったことと違うなあ」
「‥‥」

 この後、同じやりとりを何度か繰り返した。
 そして、最後にお年寄りは言った。
「今、おたくが説明したことが、この説明書に書いてるんですか?」
「はい、そうです」
「じゃあ、読めばわかるですな」
「‥‥」
 読んでわからなかったから、ここに来たのではなかったのか。

 まあそれはいいとして、コンセントとスイッチだけで、こんなに手間取るのである。いったい、このお年寄り夫婦は、どういう生活をしているのだろうか?それを考えると、悲しくなった。

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