「これですか、チラシに入ってたのは」
「はい」
「じゃあ、これ下さい」
そう言って、お年寄りはその扇風機を買って帰った。
午後のことだった。再びそのお年寄りが現れた。
「すいません、先ほど扇風機を買った者なんですけど、ちょっと訊きたいことがありまして…」
「はい、何でしょうか?」
「あの扇風機は、コンセントに差さないと回らないんですか?」
「‥‥。えーと、どういうことでしょうか?」
「いや、電気を入れないと回らないのかと思って」
「はい、電化製品ですから、電気を入れないと動きませんよ」
「ああ、そうなんですか。わたしはてっきり、電気を入れないでも回るかと思った」
「そうですか」
「じゃあですなあ、ちょっとこの扇風機の操作の仕方を、最初から教えてくれんですか」
「はい、いいですよ」
すると、お年寄りは扇風機の説明書を取り出した。
「じゃあ、この説明書の手順通り教えて下さい」
ぼくは扇風機の電源を入れて、順を追ってスイッチの入れ方から説明した。
そのお年寄りは物覚えが悪いのか、「もう一度いいですか」と言った。
「はい、じゃあもう一度説明しますね」
ぼくは、またスイッチの入れ方から説明を始めた。
風量の切り替え方を説明していた時だった。お年寄りは突然、
「あのー、スイッチを入れる時は、コンセントに差し込んでないといけんのですかねえ?」と言った。
「‥‥。はい、もちろんですよ。そうしないと回りませんからね」
「ああ、そうですか。じゃあ、もう一度最初から説明して下さい」
「‥‥」
そこで、今度はコンセントの差し込み方から説明することにした。
「これがコンセントですね。ここにこのプラグを差し込みます。」
「えっ、ばあさんが言ったのと違うなあ」
「えーと、奥さんはどう言ったんですか?」
「コンセントに差さなくても、スイッチを入れたら回ると言ったんだけど…」
「いや、電化製品ですから、コンセントに差さないと動きませんよ」
「そうですよねえ」
「ええ」
「で、どうやってコンセントに入れるんですか?」
「‥‥。このプラグをですね、こうやってですね、差し込むんですよ」
「その後どうするんですか?」
「このスイッチを入れてですね。いいですか、入れますよ」
「はい」
「ほら、回ったでしょ?」
「ほう」
「この通りやればいいんですよ」
「その時、コンセントに差しとくんですね?」
「‥‥。ええ、そうですよ」
「ばあさんの言ったことと違うなあ」
「‥‥」
この後、同じやりとりを何度か繰り返した。
そして、最後にお年寄りは言った。
「今、おたくが説明したことが、この説明書に書いてるんですか?」
「はい、そうです」
「じゃあ、読めばわかるですな」
「‥‥」
読んでわからなかったから、ここに来たのではなかったのか。
まあそれはいいとして、コンセントとスイッチだけで、こんなに手間取るのである。いったい、このお年寄り夫婦は、どういう生活をしているのだろうか?それを考えると、悲しくなった。
最新の画像もっと見る
最近の「過去の日記」カテゴリーもっと見る
最近の記事
カテゴリー
- 日記(751)
- もう一つの日記(1)
- ぶるうす(253)
- 思い出(28)
- 過去の日記(181)
- 言葉をつま弾く(29)
- 詩風録(13)
- 街風景(0)
- 夢見録(0)
- 吟遊(0)
- 生活(3)
- 事件簿(0)
- 飲食ネタ(1)
- 頑張る40代!(0)
- 健康一番(6)
- 備忘録(0)
- ローカルな話(1)
- 聴き歩き(1)
- スポーツ(0)
- 仕事の話(3)
- HP・PC・携帯(0)
- 想い出の扉(4)
- 中学時代(0)
- 高校時代(0)
- 浪人時代(0)
- 東京時代(0)
- 旅行記(0)
- 吹く風録(0)
- 筋向かいの人たち(0)
- 嫁ブー(0)
- ヒロミちゃん(1)
- 甘栗ちゃん(0)
- タマコ(0)
- 酔っ払いブギ(16)
- 歌のおにいさん(0)
- たまに人生を語る(0)
- 延命十句観音経霊験記(0)
- 霊異記(1)
- 携帯写真館(0)
- 本・読書(0)
- 歳時記(0)
- テレビ・芸能(1)
- 動物録(3)
- 時事・歴史(0)
- がらけろく(27)
- しゃめがら(1)
- 自戒(1)
- モノラル(2)
- 入院日記(0)
- リライト(51)
- 履歴書(0)
バックナンバー
人気記事