原子力・新エネルギー特別委員会で被災地入り

2012年01月30日 11時37分45秒 | 日記

特別委員会で茨城県水戸市・宮城県仙台市に!

視察と言えば聞こえは良いが、被災から10ヵ月経過したとはいえ被災地入りする以上手間をおかけする事は出来ないと、事前に議会事務局と協議を重ねた。

結果は水戸市・仙台市ともに出来る範囲内で行政側が対応していただくことになった。むしろ被災地の現状をどうしても伝えたいとの思いが強烈に伝わり各委員も説明を緊張した面持ちで伺う事となった。

象徴的な被災地しか報道されないためか、水戸市で説明を伺って驚いた。被害規模から言えば福島県と変わらないそうだ。 駅周辺から市役所に到着する間、液状化による傷跡が残されていた。

水戸市は東海第二原発から30キロ圏内に位置している事から、出雲市とほぼ同じ環境にあると言える。震災直後は東海第二原発にも津波が押しよせ、あと1メートル津波が高ければ福島と同じ原子力災害の危険があったと聞いてまた驚いた事実1基のポンプが壊れ冷却水が送れない状態にあったようだ。

仙台市に入り市街地をバスの車窓から見る限りでは震災の傷跡は見受けられなかったが、海岸部に向かうにつれその様相は一変した。若林区、宮城野区、多賀城市、塩釜市、七が浜町と津波による被害は甚大なものであった。

現在は、建物の基礎を残すのみで、広大な荒野が広がり遠くに見える市街地とのギャップが強烈な印象として残った。一方で復興に向けた動きはどんどん進んでいる。瓦礫を運搬し分別するため何十台もの大型車が行き交っていた。

視察から、新たな国の防災指針は急がれると感じましたが、同時に複合災害を想定した出雲市の防災計画を見直し再構築する必要があります。今後も調査・研究を進めてまいります。