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ジェシル 危機一発! ⑰

2019年11月16日 | ジェシル 危機一発!(全54話完結)
 ビョンドル統括管理官のオフィスは、高層の本部ビルの上層階にある。どうして偉くなると高い所へ行きたくなるのかしら。ジェシルは常に疑問に思っていた。
 上級幹部たちは宇宙パトロールの威信と権威の保持に尽力しており、基本的には宇宙の治安を守る現場とは全く別な組織と言ってよいだろう。彼らのオフィスのある最上階から下へ五階分には、事前に申請しなければ、たとえ宇宙パトロール各セクションの部長であっても会う事は出来ない。さらに言えば、呼び出されて訪ねることはあっても、自ら訪ねる場所ではない。また、そこまでに行くエレベーターの昇降口や非常階段口には、各部署から選出され特別に訓練された警備員が付いている。上層部の連中は、よほど臆病のダメ野郎か、偉ぶりたい見栄っ張り野郎に違いない。ジェシルはそう思っていた。
 宇宙パトロールの捜査官が建物内で狙われたと言うのに、その当人を蚊帳の外にして何の捜査ができるのか。内々で処理するつもりでいるはずだ。そう思い、ジェシルは腹を立てていた。仮にわたしが命を落としたら、捜査を打ち切りにして何もなかったことにし、全職員にそれを強いるに違いないはずだ。そう思うと、ジェシルはさらに腹を立てた。そんな状況に、さすがのトールメン部長も怒ったのだろう。あんなメモを渡してきたのだから。
 ジェシルは上級幹部専用エレベーターのあるホールへ向かった。知ってはいたが足を運んだことはなかった。行く理由が無いからだった。だが、今は違う。
「止まれ」
 エレベーターホールを警備している二人の屈強な体格の武装警備員の一人が、すたすたと歩いて来てエレベーターのドアの前に立とうとするジェシルを呼び止めた。
「何よ?」威圧的な物言いの警備員に、ジェシルはむっとした顔で言い返す。警備員の胸に身分証がついている。「文句でもあるのかしら? ジョグ?」
「所属は?」ジェシルの態度に無関心でジョグが尋ねる。「申請は出してあるのか?」
「ビョンドル統括管理官に話があるの」ジェシルはジョグを睨み付けながら言う。「わたしは捜査部所属のジェシル・アン。この立派な宇宙パトロールの建物の中で二度も命を狙われた、哀れな哀れな捜査官よ」
「それで、申請は出してあるのか?」ジョグが事務的な口調で言う。ジェシルの皮肉とも取れる文句など耳に入っていないようだ。「申請を出していないのなら、回れ右して自分のオフィスに戻ることだ」
「何言ってんのよ!」ジェシルは爆発した。「命を狙われているのよ! それなのに何一つ知らさせないなんて事があっても良いと思うわけ? 宇宙パトロールは身内を見殺しにするつもりなの?」
「そんな事は言っていない」ジョグは迷惑そうな顔をする。「申請を出しているのかと聞いているのだ。どうなのだ?」
「出しちゃいないわよ!」
「ならば、手続きをすると良いだろう。手続き自体は手間ではないはずだ」
「手間じゃないのは知ってるわ。でも、承認されるまでに時間がかかり過ぎよ!」
「反抗するのか……」今まで黙っていたもう一方の警備員が、レーザーライフルを構え直した。「内規違反になるぞ……」
「なに? やる気なの?」ジェシルが腰を落として身構える。「容赦しないわよ」
「やめろ、マイスラ……」ジョグが制した。「お前の方が内規違反になるぞ」
 ジョグに言われて、マイスラはジェシルを睨みつけながら、渋々とレーザーライフルを下ろした。
「どう言う事よ! パトロールの一員がパトロールの一員を脅すわけ?」
「そうではない」ジョグが言う。「手順を踏めと言っているのだ」
「緊急の案件じゃない! わたしの命が係っているのよ!」
「その判断は我々の範疇ではない」
「ふん!」ジェシルはジョグに向かって鼻を鳴らすと踵を返した。「じゃあ、もういいわ! その代わり、わたしの件とこの場でのやり取りを、情報屋たちに流すわね。あっと言う間に全宇宙に広まるわ。そうなれば、宇宙パトロールの信用はがた落ちよ。身内も守れない、守る気も無いってね。さらには、宇宙パトロ-ルは全宇宙の安全よりも、自分たちの体面が最重要な馬鹿組織だってね」
「止まれ!」
 ジョグが大声で言う。
「何よ?」
 ジェシルが振り返る。
「そこで待て」ジョグは携帯電話を取り出した。それから、マイスラに言う。「お前はこの捜査官を見張っていろ。何をしでかすか分からんからな」
 そう言うとジョグはエレベータホールの隅へ行き、どこかヘ連絡をした。それが済むとジョグは不満そうな表情で戻って来た。
「ビョンドル統括管理官がお会いするそうだ……」
「あら? 手続きもしていないのに? それとも、わたしと会うのも体面を保つための手段なのかしら?」
 ジェシルは皮肉っぽく言うと、エレベーターの昇降表示パネルを操作した。事が思惑通りに運んで、一人ほくそ笑むジェシルだった。しばらくするとエレベーターのドアが開いた。ジェシルが乗り込むと、ジョグも乗り込んできた。
「一人で行けるわよ」
「規則だ」
「規則って、破るためにあるんじゃないの?」
「馬鹿を言うな! 守りためにあるのだ!」
「堅物ねぇ……」
 ジェシルは呆れたようにつぶやくと黙ってしまった。エレベーターの駆動音だけが、やけに大きく響いている。


つづく


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