「これで完璧ですね」
理事長は書類を見直して、恵一郎に微笑む。その隣で、父親は抜け殻のように呆然とした顔で座っている。
「……お父様」理事長の声に父親が顔を上げる。理事長は、すっと右手を差し出した。「お持ちのペン、お返しくださいますか?」
「え? あ、ああ……」
父親はペンを握ったままの右手を伸ばした。理事長は困った顔をする。
「お父様、手を広げて頂かなければ、受け取りが出来ませんわ……」
「え? あ、ああ……」
父親は言われた通りに手を広げる。理事長はその手からペンを取った。父親はそのままの姿勢で固まっている。動力の切れたおもちゃのようだ。
「岡園恵一郎君」理事長が恵一郎に顔を向ける。改まった呼ばれ方に恵一郎も背筋を伸ばす。「おめでとう。ようこそ『聖ジョルジュアンナ高等学園』へ」
「はい!」恵一郎は立ち上がる。そして、深々と頭を下げた。「ありがとうございます。がんばります!」
「良い返事ですね。頼もしいですよ」理事長は何度もうなずき、立ち上がった。「……では、これで失礼を致します。中学校の方へは、わたくしから連絡をしておきます。制服や教材に関しては後程お知らせいたします。では、皆さま、ごきげんよう」
父親は座り込んだまま動かない。母親は台所から出てこない。二人とも挨拶を返さない。理事長は気にする事なく居間を出る。そのすぐ後に木村が付いた。恵一郎がその後に従う。居間を出る際にちらと振り返ったが、両親に動きは無かった。
玄関まで見送る恵一郎に、理事長が振り返った。木村はすっと身を引いた。理事長は笑顔を恵一郎に向ける。
「色々とこれからあると思いますが、しっかりするのですよ。君ならやれると思ったわたくしを、がっかりさせないでくださいね」
「はい!」
恵一郎はきっぱりとした返事を返した。理事長はうなずく。
「ちょっとの間に頼もしくなりましたね。自分で決定する事の重要性に気が付いたでしょう」理事長は靴を履く。「ここで結構よ。これから数日は慌ただしいかもしれないけれど、しっかり対応するのですよ。……では」
理事長は言うと一礼して外に出て行った。
「……しっかりやれよ、特待生」
木村が出しなに恵一郎に振り返って言った。
玄関ドアが閉まった。
夢だったのかとさえ思える時間だった。しかし、これは現実だ。恵一郎は大きくうなずいた。
居間に戻った。床に座り込んだままの父親が、虚ろな目で恵一郎を見る。ソファに座ってほつれた髪もそのままの母親も、呆然とした顔で恵一郎を見る。二人に共通しているのは、なんだか一気に老け込んだと言う印象だった。重い空気が漂っている。
「……着替えてくる」
恵一郎は二階の自室へと上がった。
つづく
理事長は書類を見直して、恵一郎に微笑む。その隣で、父親は抜け殻のように呆然とした顔で座っている。
「……お父様」理事長の声に父親が顔を上げる。理事長は、すっと右手を差し出した。「お持ちのペン、お返しくださいますか?」
「え? あ、ああ……」
父親はペンを握ったままの右手を伸ばした。理事長は困った顔をする。
「お父様、手を広げて頂かなければ、受け取りが出来ませんわ……」
「え? あ、ああ……」
父親は言われた通りに手を広げる。理事長はその手からペンを取った。父親はそのままの姿勢で固まっている。動力の切れたおもちゃのようだ。
「岡園恵一郎君」理事長が恵一郎に顔を向ける。改まった呼ばれ方に恵一郎も背筋を伸ばす。「おめでとう。ようこそ『聖ジョルジュアンナ高等学園』へ」
「はい!」恵一郎は立ち上がる。そして、深々と頭を下げた。「ありがとうございます。がんばります!」
「良い返事ですね。頼もしいですよ」理事長は何度もうなずき、立ち上がった。「……では、これで失礼を致します。中学校の方へは、わたくしから連絡をしておきます。制服や教材に関しては後程お知らせいたします。では、皆さま、ごきげんよう」
父親は座り込んだまま動かない。母親は台所から出てこない。二人とも挨拶を返さない。理事長は気にする事なく居間を出る。そのすぐ後に木村が付いた。恵一郎がその後に従う。居間を出る際にちらと振り返ったが、両親に動きは無かった。
玄関まで見送る恵一郎に、理事長が振り返った。木村はすっと身を引いた。理事長は笑顔を恵一郎に向ける。
「色々とこれからあると思いますが、しっかりするのですよ。君ならやれると思ったわたくしを、がっかりさせないでくださいね」
「はい!」
恵一郎はきっぱりとした返事を返した。理事長はうなずく。
「ちょっとの間に頼もしくなりましたね。自分で決定する事の重要性に気が付いたでしょう」理事長は靴を履く。「ここで結構よ。これから数日は慌ただしいかもしれないけれど、しっかり対応するのですよ。……では」
理事長は言うと一礼して外に出て行った。
「……しっかりやれよ、特待生」
木村が出しなに恵一郎に振り返って言った。
玄関ドアが閉まった。
夢だったのかとさえ思える時間だった。しかし、これは現実だ。恵一郎は大きくうなずいた。
居間に戻った。床に座り込んだままの父親が、虚ろな目で恵一郎を見る。ソファに座ってほつれた髪もそのままの母親も、呆然とした顔で恵一郎を見る。二人に共通しているのは、なんだか一気に老け込んだと言う印象だった。重い空気が漂っている。
「……着替えてくる」
恵一郎は二階の自室へと上がった。
つづく
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