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コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 53

2020年05月19日 | コーイチ物語 3(全222話完結)
 逸子は薄暗い照明の灯った階段を降りた。
 広い地下室だった。
 地上の家の敷地いっぱいの広さはあるだろう。背丈の倍以上の高さのある天井には、やわらかな白色の蛍光灯のような照明器具が並び、四方の壁には書棚が設けられていて、書籍やファイルがぎっしりと詰まっていた。納まりきらない分は床に直接詰まれて、柱の様になっている。広い床面には得体の知れない機械が、作りかけのものも含めてあちこちの点在していて、見通しを遮っている。工作用の机も同じ様に点在していて、工具やら試作品やらが乗っている。どこをどう通って行けばいいのか、その乱雑さに逸子はあっけにとられる。……まるで迷路のようね。逸子は思った。
 天井と接している壁の最上部には横長な天窓が並んでいるが、これがナナが週一で開ける窓なのだろう。そのおかげか、湿ったかび臭い感じが全くしない。
 先に降りたケーイチは姿が見えなかった。ただ、離れた所からケーイチの歓声や感嘆の声が聞こえて来た。そこら中を色々と見て回っているのだろう。……お兄様は迷わないのかしら? 逸子は思った。
 周りを見回していると、ナナが微笑みながら地下室を見ているのに気がついた。
「……ナナさん……」
「ああ、逸子さん!」ナナは楽しそうだ。「見て下さい! ケーイチさん、とっても楽しそう!」
「ええ、そのようね……」逸子は言う。「でも、ちょっと度を越していないかしら?」
「でも、さすが、ケーイチさんです!」ナナの目がキラキラしている。「ここに来て、照明を付けた途端、『おおおお、これはっ!』とか『なるほど、なるほどぉ!』とか『やるなあ、そう来たかぁ!』とか言いながら、走り回っていました。どうやら、瞬時に全てを把握したみたいです!」
「そうなの……」
「曽祖父と会わせてあげたかったです……」ナナは涙ぐむ。「ケーイチさんと直接会って話ができれば、もっと早く、もっと精度の高いタイムマシンが出来ていたと思います……」
「そう……」
 逸子は走り回りながら上げるケーイチの声に耳を澄ませていた。
「……おや、これは?」ケーイチの声がする。しばらく沈黙があった。と、次は叫び声が上がった。「おおおおおおお!」
 地下室全体に響き渡る叫びを上げながら、ケーイチが逸子とナナの方へ、隙間をするすると抜けながら駈けて来る。金属製の直方体の箱を持った右手を掲げている。
「あった、あったよ!」ケーイチは二人の前に立つと、持っていた箱を見せた。三センチほどの幅で葉書き大くらいの大きさだ。「これだ!」
「……これって……」逸子は戸惑う。ナナも同じ表情だ。「……あの、これって、何ですの?」
「これかい?」コーイチは興奮している。「ほら、さっき話していた、タイムマシンの出現場所を設定できる装置だよ! やっぱり、トキタニ博士は作っていたんだよ!」
「でも、これがその装置だって、よく分かりますね」ナナが感心したように言う。「他にも、まだまだ色々とあちこちにありますのに……」
「そりゃあ、見れば分かるよ。オレの考えついたのと同じイメージだからね」ケーイチは楽しそうだ。「もうオレが手を入れる必要は無いな」
「そうかもしれませんが、お兄様なら、もっと改良が出来るんじゃありませんか?」逸子が言う。「もっと小型軽量化するとか、より精度を高めるとか」
「う~ん、どうかなあ……」ケーイチは装置を繁々と観察しながらつぶやく。時々、ちらちらとナナを見る。「……そのためには分解して調べなきゃならないんだけど……」
「ええ、構いません」ナナが言う。「曽祖父も、より良くなるのなら、許してくれます」
「そう?」ケーイチの表情がぱっと明るくなる。「ナナさんがそう言ってくれるんなら、やってみよう。奥の方に工作用のスペースを見つけたんでね。……じゃ、失礼するよ」
「そんな場所ありましたっけ?」ナナは驚く。「毎週掃除をしていますが、気が付きませんでした……」
「ほら、色々とごちゃごちゃ置いてあるからね。それに、オレはこう言うのに慣れているから」ケーイチは笑う。「オレの研究室もこんな感じだからさ」
 そう言うと、ケーイチは走って行った。
「……まるで、水を得た魚ね……」逸子は笑う。「……さて、っと……」
「そうですね……」
 逸子とナナは準備体操をするかのようにからだを動かす。ぼきぼきばりばりと、からだ中から音が鳴る。
「じゃあ、行きましょうか」
 逸子が言うと、ナナは力強くうなずき返した。
 二人は地下室を出た。出入口の廊下が閉まった。
「お兄様、あれだけ集中しちゃっていたら、わたしたちの事を忘れているわね」
「そう思いますよ、逸子さん」ナナはにやりと笑う。「これで、心置きなくタイムパトロールに侵入できますね」
「そうね。侵入だけじゃなくて、大暴れになっちゃうかもしれないわね……」
「そうなりそうですね……」
 二人は笑った。


つづく


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