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怪談 青井の井戸 22

2021年10月01日 | 怪談 青井の井戸(全41話完結)
 それからの数日は、家の中はかなりぎすぎすしたものでございました。父も母とは話さず、母も父とは話さず、わたくしも父とも母とも話しませんでした。間に立つばあやが気の毒にも思いましたが、わたくしは放っておきました。
 わたくしは、青井の家などとは大袈裟な事、そう思いました。また、青井の家の生業にも強い嫌悪感を持ちました。ではございますが、このわたくしの中に、青井の血が流れております。あの忌々しき生業を連綿と続けてきた青井の血が、鬼の血が流れているのでございます。これは幾ら抗ごうても消える事がございませぬ。
 ましてや、婚儀の話もございました。わたくしは鬼を継がせることとなりましょうや。このような忌まわしき血筋など絶えさせるが宜しきことと存じまする。……なれど。
 たしかに、父に対して口答えをいたしました時は、あの夜の出来事も相まって、青井の家柄など唾棄すべきものと思っておりました。ではございますが、日が経つにつれ、わたくしの中の青井の血が蠢くのでございます。この忌々しい鬼の血筋を継がせたい、そして、あの古井戸を骸で満たしたい、そう思うのでございます。
 そう思いました時、昔の事を思い出しておりました。

 今より数年前の事でございます。近くに松澤様のお屋敷がございました。そこの奥方様は母との縁続きだそうでございまして、多少のお付き合いがございました。松澤様方に、清江様とおっしゃる、わたくしより二つ上のお嬢様がいらっしゃいました。清江様はわたくしと親しうしてくださいました。
 ある日、近々輿入れが決まったとかで、お会いするのも最後になろうかと言う事で、清江さまのご所蔵のものから幾つか分けて頂けるとのお話があり、わたくしは清江様のお部屋へ招かれました。わたくしの部屋と違い、明るく華やかでございました。
「……きくの様、初めてのお招きが最後になろうとは、申し訳の立たぬ事でございます……」
 清江さまはそうおっしゃられて、頭をお下げになりました。
「いえ、何をおっしゃいまするやら。こうして頂きものまで下されて……」
「どれも詰まらぬものばかり。お厭ではございませぬか」
「いえ、そのような事……」
「それでは、きくの様……」不意に清江様はお声を潜められました。「きくの様故、お見せしたきものがございまする……」
 清江様はそうおっしゃると、衣装箪笥の一番下の抽斗を開け、着物を掻き分け、底の方から黒塗りで薄手の手文庫をお取り出しになられました。
「はて、それは……?」
「うふふ……」
 清江様は含み笑いをなさいます。手文庫の蓋を取りますと、二つ折りにした紙が幾枚か入っておりました。
「どうぞ、手に取って中をご覧あそばせ……」
 わたくしは言われるままに、一番上の紙を取り出し、広げました。見た途端に慌てて閉じました。
 それは春画でございました。
「おほほ……」清江様はお笑いになります。「きくの様、そのようなものをご覧になるのは初めて?」
「清江様……」
「何も恥ずかしい事ではございませぬ。男と女の交わり、これは古よりあるものです。それによって、わたくしもきくの様もここにこうして居るのです」
「そうはおっしゃられても……」
「何も知らぬ身ではございますまい」
 清江様はそうおっしゃると手文庫から次々と取り出して、わたくしの前に広げ続けました。視線を逸らそうと致しましたが、どうしても見てしまいます。男女の交わりが克明に描かれて居る物ばかりでございました。
「如何?」清江様はわたくしを見つめながらおっしゃいます。「これら、差し上げましてよ……」
 結局、わたくしは受け取ることはいたしませんでしたが、しばらくの間、それらが脳裏から離れる事がありませんでした。思い出す度に、下腹部に不思議な感触が宿りました。熱く、それでいて甘い疼きでございました。

 ……その感触が、今、蘇っているのでございます。鬼の血を継いだ子を産み、その子を抱きながら、覆いが出来なくなるほどに骸が溢れる古井戸を眺める、そんな光景を想い、下腹部を熱くしているのでございました。わたくしの中の鬼が目覚めそうでございました。 


つづく 

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