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コーイチ物語 2 「秘密の消しゴム」 95

2018年09月22日 | コーイチ物語 2(全161話完結)
 突然の照明は、しゃがみ込んで痛そうな顔をしながらお尻をさすっているコーイチと、真向かいにしゃがみ込んで満面に満足そうな笑みを浮かべている洋子を、互いがはっきりと見えるようにした。
「きゃっ!」
「わっ!」
 二人は同時に声を上げ、同時に立ち上がった。コーイチは痛くないことをアピールするように、ラジオ体操のような動きを始めた。洋子は両手で顔を隠し、コーイチに背を向け、なぜかぴょんぴょんと軽く跳ね回っている。
 奇怪な動きをしている二人がいるのは、すり鉢型になっている法廷の底の円形状の床の上だった。上に向かって広がる壁には幾層もの回廊がしつらえてあった。そこにトランプと熊の兵隊たちが入り乱れ、そのまま動かずに重なっている。
 はるか最上部には浮いている大地の女王がいて、その鼻先には、赤い光沢のある布をふんだんに使った豪華な観覧席で、立ち上がったまま扇子を持って驚いたようにきょろきょろしているベリーヌがいる。その対面には、同じようなあつらえの席で、泣きつかれ果てた顔にぽかんとした表情を浮かべたジョーカーがいる。
 大地の女王は、ベリーヌの扇子を持った太い二の腕を軽くつかんだ。
「ちょっと! 何をすんだよ!」はっと我に返ったベリーヌが振りほどこうとするが放れない。「ふざけんじゃないよ! さっさとお放しよ!」
 大地の女王は微笑みながら、魚を釣り上げるようにベリーヌの腕を引き上げた。
「うわっ!」ベリーヌのからだがふわりと持ち上がり、そのまま大地の女王の横に並ばされた。「な、何しやがんだ! 危ないだろうが!」
「……」大地の女王は悪態をつくベリーヌへの微笑を崩さない。「危ないですか…… 危ないのは、私が手を放した時ですよ」
 大地の女王はつかんでいた手を少し緩めた。とたんに足元に穴が開いたようにベリーヌが落ちかけた。ベリーヌが断末魔のような悲鳴を上げた。大地の女王はすぐにつかみ直す。そして軽く持ち上げて元の位置まで戻す。
「わかりましたね?」
 冷や汗を流しながら呆然としているベリーヌをつかんだまま、大地の女王は少しずつ降りて行く。回廊の兵隊たちと同じ高さになる。兵隊たちの視線が一斉に注がれる。大地の女王はその場でゆっくりと回りだした。優しい笑みとは対照的にベリーヌは不機嫌な顔だった。
「兵士の方々……」回りながら大地の女王が穏やかな声で言う。「ベリーヌ女王は、あなた方に、私を捕えて首を刎ねるようにと命じました。あなた方には自由意志があります。どうするかは、あなた方に任せます。そして、その判断に私は従いましょう」
 言い終わると、回るのを止め、再びゆっくりと降りて行った。兵隊たちは無言のまま、その動きを追っている。
 大地の女王とベリーヌは床に降り立った。
 コーイチと洋子は隅の方にいる。洋子がコーイチをかばうように前に立っている。
 床に降り立つと、ベリーヌは大地の女王の手を振りほどき、忌々しそうに睨みつけた。それから両手を大きく広げて兵隊たちを見上げた。
「わが愛しき子供たちよ! 見たであろう!」ベリーヌは涙声で続ける。「母への…… この母への耐え難いまでの屈辱を! この屈辱、お前たちならばきっと晴らしてくれよう! ……さあ、そこから下りて来て、この者を捕えるのだ!」
 兵隊たちはぞろぞろと移動を始めた。次第に床に集まってくる。下りきれない者は回廊で取り巻いている。
「どうだ、大地の女王とやら!」ベリーヌは勝ち誇ったようにふんぞり返り、扇子を広げてぱたぱたと扇ぎはじめた。「お前がどれほどの力を持っていようが、我が子たるこの兵隊たちは皆、わたしの味方なのさ!」
 大地の女王はそれに言い返さず、静かにたたずんでいる。
 

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