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コーイチ物語 「秘密のノート」24

2022年08月27日 | コーイチ物語 1 3) コーイチとゆかいな仲間たち 1  
「おや、おや、コーイチ君! なんだいその格好は!」
 コーイチがドアノブを握り締め、へっぴり腰になりながらゆっくりと静かに閉めている時に突然声をかけられた。コーイチは驚いた拍子にドアが揺れるほどの勢いで締めてしまった。や・ば・い・ぞ! コーイチの背中を冷や汗が伝った。声のした方をきっと睨みつけた。
「おい、おい、そんな恐い顔をするなよ」
 声の主はひょろりとしてやせこけている男、二つ隣の部屋の住人、南部翔太だった。三十代はじめなはずだが、貧相な顔立ちのせいか、もっと年上に見える。また、今までに二十ほど職業を変えている。これは南部が飽きっぽいからではなく、勤める所が必ず一年と持たなくて倒産しているからだった。南部はいつも「オレにはどうも強力な貧乏神がついているらしい。ま、くたばらないところを見ると死神はついてはいない様だがね」と言って「へっ、へっ、へっ」と力無く笑う。
「南部さん、驚かさないでくださいよ。大変なんですから!」
 コーイチは文句を言った。南部は心外だと言うように腰に手を当ててふんぞり返った。
「しかしだね、自分の部屋から出てくるのに、羽織っただけのスーツとワイシャツ、ベルトもファスナーもしていないスラックス、しかもそんなにこっそりとドアを閉めている様子を見せられちゃあ、声もかけたくなるじゃないか」
 南部はコーイチのそばへ近寄り、声をひそめて続けた。
「察するに、君の部屋で誰か寝ていて、起こしちゃあいけない理由があって、そっと抜け出したって所かな」
 コーイチはギクッとし、身を強張らせた。それからまじまじと南部の貧相な顔を見た。
 す・る・ど・い! 人は見かけによらないとは言ったものだ。そうだ、南部さんになら話しても良いかもしれないな。きっと信じてくれるかもしれないぞ…… 話しかけようと口を開いたと同時に、南部が話し出した。
「ま、オレの勘では、昨日は休みだったわけだから、当然若く希望にあふれたコーイチ君はデートと洒落込み、遊園地で遊び、その後、ちょっと値段は張るが素敵なディナーを楽しみ、さらにムード満点のバーにでも行って、彼女が『私、今日は帰りたくない…… あなたと一緒にいたいの』なんて言い、コーイチ君は『だめだよ、ボクのアパートじゃ君は幻滅するだろうし……』『そんなことないわ! 私はありのままのコーイチさんがいいの。お願い、連れて行って……』『わかったよ』『嬉しいわ……』なーんて感じで、一晩過ごしたって所だろう? 今、彼女は幸せな夢は見ながらすやすやと寝てるって所だろう? うらやましいねぇ、若いって良いねぇ、本当、良いねぇ……」
 南部はおいおいと泣き出してしまった。
 だめだこりゃ…… コーイチはため息をつきながらアパートの階段を降りた。

      つづく

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