お話

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豆蔵捕り物帳 4

2022年01月22日 | 霊感少女 さとみ 外伝 1
 番屋へ行くと、土間に菰の掛かった戸板が置かれていた。上がり框に腰を掛け、番屋の親爺の淹れた茶を、つまらなさそうな顔で啜る片倉が居た。
「おう、豆蔵、どうした?」片倉が茶の残りを土間に流しながら言う。「下手人を挙げたのかい?」
「片倉様、笑えねぇ冗談ですぜ。まだ調べを始めたばかりじゃねぇですか」豆蔵は苦笑する。「……ちょいと遺骸を検めたいと思いやしてね」
「ああ、好きにしねぇ」片倉は言うと立ち上がる。「『八重洲の黒豆』の実力、見せてもらおうじゃねぇか」
 豆蔵は菰を剥がす。背中に包丁が刺さったままなので、鉄太郎は横向きになっている。豆蔵は片膝を突いて背中を見る。
「片倉様、どう思いやす?」
「え?」突然の豆蔵の問いに片倉は戸惑う。「……どうもこうも、これ以上無ぇほど死んでやがるぜ」
「へぇ……」豆蔵は生返事で返す。「……まず気になるのは、鉄太郎の顔です。驚いてやがる」
「そうだな」
「って事は、不意を突かれたって考えても良いでしょう。近所の連中が言うには、男同士の怒鳴り合いの声がした、相手は借金取りらしい……」
「金を返せ、返せねぇって言う揉め事かい」
「借金取りが脅すのに出刃包丁を取り出したとしたら、どうすると思いやす?」
「そうだなぁ……」片倉が懐に手を入れ、包丁を取り出す様な仕草をする。「脅すんなら、相手の見える所に包丁を晒すわな……」
「そうでやすね。もし、鉄太郎が『刺せるもんなら刺してみやがれ!』と啖呵を切ったら、怒った相手はどうしやす?」
「こう、ぶすりと……」片倉は手を動かし刺す真似をする。「……あ、そうなると包丁は腹に刺さるか……」
「そうなんで……」
「じゃあ、本気になった相手に驚いた鉄太郎が、背中を向けて逃げ出した所を刺されたんじゃねぇのか? そう考えりゃあ、驚い顔も背中を刺されたのも、おかしくは無ぇ」
「そこでお聞きしやすが、片倉様……」豆蔵は片倉を見上げる。「鉄太郎、どこに倒れておりやした?」
「ヤツの部屋の前だ。……って事は、逃げ出さなかったって事になるか? ……おい、待てよ! 確か頭はどん突き側の井戸の方に向いていやがったな。逃げ出すんなら反対側の木戸口じゃ無ぇと意味が無ぇ!」
「やはり、そうでやしたか……」
「おう、豆蔵、何か閃いたのかい?」
「いえ、まだはっきりとは……」豆蔵は言うと出刃包丁の柄を差す。「こいつを抜いても宜しいでしょうか?」
「ああ、構わねぇよ」
「じゃあ……」
 豆蔵は柄をつかむと引き抜いた。思いの外、するりと抜けた。


つづく

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