お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

豆蔵捕り物帳 1

2022年01月19日 | 霊感少女 さとみ 外伝 1
「親分、大変だぁ!」
 子分の松吉が、血相を変えて飛び込んで来た。草履を乱暴に脱ぎ捨て部屋に入ってくる。
 ここは八重洲南伝馬町の岡っ引き、豆蔵親分、黒ずくめの着物姿で通称「黒豆」の住まいだ。住まいと言っても小さな古びた一軒家で、豆蔵一人の男所帯。その割に中が小ざっぱりしているのは、近所の豆蔵贔屓のお熊婆さんがあれこれと世話を焼いてくれるおかげだ。そのお蔭で特に不自由もしていない。
 畳にごろりと横になり、松吉に背を向けたまま、振り返りもしない。奉行所から賜った十手を足元に転がしている。
「親分! 起きてんでしょう? 聞いて下せぇよう!」
 今日は何時になく五月蝿い松吉だった。
「何でぇ、そんな大きな声を出さなきゃなんねぇほど、このぼろ屋は広かねぇぜ」
 豆蔵は面倒くさそうに言うと、ごろりと向きを変え、松吉を見る。
「親分、好い加減にして下せぇよ」松吉は泣きべそをかき始める。「本当、大変な事が起こったんすから……」
「馬鹿野郎、大の大人がガキみてぇに泣くんじゃねぇよ!」豆蔵は言うと起き上る。「って言うよりも、からかい甲斐のねぇ野郎だな、お前ぇはよ」
 豆蔵は転がっている十手を拾い上げ、帯に挟み込む。
「……で、何があったんでぇ?」
「へい……」涙を袂で拭き、鼻をすすり上げた松吉は大きく息をする。「実は、この先の宗右衛門長屋で、鉄太郎のヤツが死んでやして…… それがどうも殺しみてぇで」
「馬鹿野郎! それを早く言わねぇか!」
「だって、親分、聞いてくれそうになかったじゃねぇですかあ!」
「ごちゃごちゃ言うんじゃねぇ! 出かけるぞ!」
 豆蔵は言う着物の裾を尻っ端折りにして表に飛び出した。


つづく

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