「これから宇宙船の修理を始めるわ」ジェシルは重い足取りの三人に向かって言う。「今日中に終わると良いけれど……」
「数日は必要だと言っていたようだけどね」オーランド・ゼムが言う。声は弱々しい。「……まあ、どちらでも良いだろう。今はあまりあれこれとは考えたくないのでね……」
「わたくしも……」ミュウミュウが言う。声が暗い。「リタ様が居なくなって、これからどうすれば良いのか…… この度のシンジケート潰しの件が終わりましたなら、わたくしは用済みですので……」
「その事については、わたしが最大限の面倒を見るつもりだよ」オーランド・ゼムは笑む。「長く生きている分、色々と知人が多くなってね。あ、もちろん、知人と言ってもシンジケートではない、まともな人たちの方だよ。ミュウミュウほどの能力がれば何でも出来るだろう。だから、任せてくれたまえ」
「……ありがとうございます……」ミュウミュウは涙ぐむ。「リタ様がいらっしゃらないと言う事に、少しでも早く慣れて行かなければなりませんね…… 悲しい事ですけど……」
「リタは、わたしたちの心の中にずっと居るさ」オーランド・ゼムは励ますように言う。「特に、ミュウミュウ、君の中には溢れるほどに居るだろう」
「……はい……」
ミュウミュウはオーランド・ゼムに笑顔を見せる、しかし、弱々しい笑みだった。
「あのよう……」アーセルが割って入る。何だか、いらいらしているようだ。「さっきから喉がからからに乾いちまってよう……」
「何を言っているんだ、アーセル?」オーランド・ゼムはそう言いながら、アーセルを見る。「……おや、相棒のボトルが無いじゃないか」
「いくらオレだってよう、葬儀にボトルは持っていられねぇよ」
「あら、殊勝な心掛けじゃないの?」ジェシルが割り込む。「あのさあ、ずっと思っていたんだけどさ、アーセル、あなたは飲み過ぎよ。この際だから、お酒を止めたらどうかしら?」
「ふん! どうせなあ、近々お迎えが来る歳なんでぇ! だったらよう、好きにやらせてもらうぜ」
「アーセル……」オーランド・ゼムはため息をつく。「若い頃は『明日は無ぇ!』と言っちゃあ飲み、中堅の頃は『疲れを落とす』と言っちゃあ飲み、この歳になったら『近々お迎えが来る』と言っちゃあ飲む…… ジェシルの言うように飲み過ぎだよ。一生分以上は飲んでいるよ」
「構わねぇだろう? どうせオレの命だ」
「アーセルさん!」突然、ミュウミュウが大きな声を出した。「命を軽々しく思わないで下さい! ……悲しい事を言わないで下さい……」
そう言うと、ミュウミュウはくすんくすんと泣き出した。ジェシルは咎めるような視線をアーセルに向ける。アーセルはばつの悪そうな顔をする。
「分かった分かった! オレが悪かった!」アーセルがミュウミュウに言う。「泣くんじゃねぇよ。オレも酒は少しは我慢するからよう」
ミュウミュウは、泣きながらも、うなずいた。アーセルは困った顔をオーランド・ゼムに向け、ぽりぽりと頭を掻いて見せた。オーランド・ゼムは笑んでいる。ジェシルは興味なさそうで、周囲を見回していた。
「……あら、修理が始まるわよ」
ジェシルが宇宙船の方を見て言った。
修理個所の辺りを飛ぶムハンマイドと、道具の入った袋を両手でぶら下げてムハンマイドの傍らを飛ぶハービィの姿があった。共に左右の腰にジェット推進装置を付け、噴射をさせている。
「ハービィ、なんだか壊れそうだわ……」ジェシルはつぶやく。言葉は心配しているようだが、その表情は楽しそうだ。「腕が抜け落ちちゃったりして……」
「彼は頼りなさそうに見えるかもしれないがね、結構、丈夫に出来ているのだよ」オーランド・ゼムが、ハービィを見ながら言う。「彼が作られた当時の、最高の素材を用いているのでね。組み込まれている電子装置も最高級のもので、学習機能もかなり高い。……とは言え、数世代前のものである事は否めないが」
「それで、あんなに油切れの音がしているのね。いつ壊れるかって、心配しちゃうわ」
「いや、あれは愛嬌だよ。実際は、彼は意外にタフなのだよ」
「そうだったの? でも、そんな愛嬌なんて、ちっとも可愛くないわ!」
「……彼って言う呼び方、素敵ですね」ミュウミュウが言う。悲しそうな表情は消えていた。「信頼感が厚いように思えますわ」
「まあ、そうだね。彼はわたしの執事兼話し相手兼何でも屋だからね」オーランド・ゼムは自慢げに言う。「頼りにしているさ」
「羨ましいですわ……」
「でもさ」ジェシルが意地悪そうな表情で割って入る。「そう言うのを聞いていると、オーランド・ゼム、あなたは、一人では何も出来ないおじいちゃんって感じが丸出しだわ」
「ははは、相変わらず厳しい事を言ってくれるねぇ」オーランド・ゼムは苦笑する。「……でも、それは言えるかもしれないな。ハービィとの生活が、当たり前になっているからねぇ……」
「あら!」ミュウミュウが後ろを振り返って声を出し、口元を両手で覆った。「どうしましょう……」
「何か?」ジェシルがミュウミュウを見る。そして、ミュウミュウの視線の先を追う。「何よう!」
「何だね、二人して……」オーランド・ゼムが振り返る。「……おや……」
アーセルが遠くに見えた。静かだと思っていたら、勝手に離れて、ムハンマイドの家へ向かっているようだった。
「アーセル!」ジェシルが怒鳴る。「何をやってんのよう!」
「うるせぇ!」アーセルが怒鳴り返してくる。「酒だよ、酒! それを取りに行くんでぇ!」
つづく
「数日は必要だと言っていたようだけどね」オーランド・ゼムが言う。声は弱々しい。「……まあ、どちらでも良いだろう。今はあまりあれこれとは考えたくないのでね……」
「わたくしも……」ミュウミュウが言う。声が暗い。「リタ様が居なくなって、これからどうすれば良いのか…… この度のシンジケート潰しの件が終わりましたなら、わたくしは用済みですので……」
「その事については、わたしが最大限の面倒を見るつもりだよ」オーランド・ゼムは笑む。「長く生きている分、色々と知人が多くなってね。あ、もちろん、知人と言ってもシンジケートではない、まともな人たちの方だよ。ミュウミュウほどの能力がれば何でも出来るだろう。だから、任せてくれたまえ」
「……ありがとうございます……」ミュウミュウは涙ぐむ。「リタ様がいらっしゃらないと言う事に、少しでも早く慣れて行かなければなりませんね…… 悲しい事ですけど……」
「リタは、わたしたちの心の中にずっと居るさ」オーランド・ゼムは励ますように言う。「特に、ミュウミュウ、君の中には溢れるほどに居るだろう」
「……はい……」
ミュウミュウはオーランド・ゼムに笑顔を見せる、しかし、弱々しい笑みだった。
「あのよう……」アーセルが割って入る。何だか、いらいらしているようだ。「さっきから喉がからからに乾いちまってよう……」
「何を言っているんだ、アーセル?」オーランド・ゼムはそう言いながら、アーセルを見る。「……おや、相棒のボトルが無いじゃないか」
「いくらオレだってよう、葬儀にボトルは持っていられねぇよ」
「あら、殊勝な心掛けじゃないの?」ジェシルが割り込む。「あのさあ、ずっと思っていたんだけどさ、アーセル、あなたは飲み過ぎよ。この際だから、お酒を止めたらどうかしら?」
「ふん! どうせなあ、近々お迎えが来る歳なんでぇ! だったらよう、好きにやらせてもらうぜ」
「アーセル……」オーランド・ゼムはため息をつく。「若い頃は『明日は無ぇ!』と言っちゃあ飲み、中堅の頃は『疲れを落とす』と言っちゃあ飲み、この歳になったら『近々お迎えが来る』と言っちゃあ飲む…… ジェシルの言うように飲み過ぎだよ。一生分以上は飲んでいるよ」
「構わねぇだろう? どうせオレの命だ」
「アーセルさん!」突然、ミュウミュウが大きな声を出した。「命を軽々しく思わないで下さい! ……悲しい事を言わないで下さい……」
そう言うと、ミュウミュウはくすんくすんと泣き出した。ジェシルは咎めるような視線をアーセルに向ける。アーセルはばつの悪そうな顔をする。
「分かった分かった! オレが悪かった!」アーセルがミュウミュウに言う。「泣くんじゃねぇよ。オレも酒は少しは我慢するからよう」
ミュウミュウは、泣きながらも、うなずいた。アーセルは困った顔をオーランド・ゼムに向け、ぽりぽりと頭を掻いて見せた。オーランド・ゼムは笑んでいる。ジェシルは興味なさそうで、周囲を見回していた。
「……あら、修理が始まるわよ」
ジェシルが宇宙船の方を見て言った。
修理個所の辺りを飛ぶムハンマイドと、道具の入った袋を両手でぶら下げてムハンマイドの傍らを飛ぶハービィの姿があった。共に左右の腰にジェット推進装置を付け、噴射をさせている。
「ハービィ、なんだか壊れそうだわ……」ジェシルはつぶやく。言葉は心配しているようだが、その表情は楽しそうだ。「腕が抜け落ちちゃったりして……」
「彼は頼りなさそうに見えるかもしれないがね、結構、丈夫に出来ているのだよ」オーランド・ゼムが、ハービィを見ながら言う。「彼が作られた当時の、最高の素材を用いているのでね。組み込まれている電子装置も最高級のもので、学習機能もかなり高い。……とは言え、数世代前のものである事は否めないが」
「それで、あんなに油切れの音がしているのね。いつ壊れるかって、心配しちゃうわ」
「いや、あれは愛嬌だよ。実際は、彼は意外にタフなのだよ」
「そうだったの? でも、そんな愛嬌なんて、ちっとも可愛くないわ!」
「……彼って言う呼び方、素敵ですね」ミュウミュウが言う。悲しそうな表情は消えていた。「信頼感が厚いように思えますわ」
「まあ、そうだね。彼はわたしの執事兼話し相手兼何でも屋だからね」オーランド・ゼムは自慢げに言う。「頼りにしているさ」
「羨ましいですわ……」
「でもさ」ジェシルが意地悪そうな表情で割って入る。「そう言うのを聞いていると、オーランド・ゼム、あなたは、一人では何も出来ないおじいちゃんって感じが丸出しだわ」
「ははは、相変わらず厳しい事を言ってくれるねぇ」オーランド・ゼムは苦笑する。「……でも、それは言えるかもしれないな。ハービィとの生活が、当たり前になっているからねぇ……」
「あら!」ミュウミュウが後ろを振り返って声を出し、口元を両手で覆った。「どうしましょう……」
「何か?」ジェシルがミュウミュウを見る。そして、ミュウミュウの視線の先を追う。「何よう!」
「何だね、二人して……」オーランド・ゼムが振り返る。「……おや……」
アーセルが遠くに見えた。静かだと思っていたら、勝手に離れて、ムハンマイドの家へ向かっているようだった。
「アーセル!」ジェシルが怒鳴る。「何をやってんのよう!」
「うるせぇ!」アーセルが怒鳴り返してくる。「酒だよ、酒! それを取りに行くんでぇ!」
つづく
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