アーセル、ミュウミュウ、オーランド・ゼムたちの表情は暗く、重々しい。その中に混じりたくないのか、それとも気持ちはすでに宇宙船の修理に向かっているのか、ムハンマイドの表情はさして深刻そうではなかった。ジェシルも辛気臭い雰囲気を嫌う性格なので、自然と、ムハンマイドと並んで歩いていた。この二人は、残りの三人とは違い、リタへの思いと言うものは無い。気の毒だとは思うが、それ以上の感情は湧かなかった。だから、三人とは少し距離を開けて歩いていた。とは言え、並んだ二人が会話をする事は無かった。
しばらくして、宇宙船が見えてきた。
「おや?」ムハンマイドはつぶやくと立ち止まった。右手を帽子のつばの様にして陽光を遮り、宇宙船を見つめる。「……あれは、ハービィかな?」
ムハンマイドの言葉に、ジェシルも足を止め、同じ様にして宇宙船を見た。宇宙船から、やや離れた所にハービィが立っているのが確認できた。壊れてしまったかのように動かない。
「……確かに、あれはハービィね」ジェシルはつぶやく。「何やっているのかしら? 壊れちゃったのかも……」
「いや、そうじゃないな」ムハンマイドはジェシルの言葉を否定する。むっとするジェシルを見ずに続ける。「ハービィには、昨日、修理の続きは明日やると言った。だから、ああして待っているんだ」
「明日って……」ジェシルはつぶやいてから、はっとする。「まさか、日付が変わってから、ずっとって事は無いわよねぇ?」
「それは分からないけどさ、あり得る話だよな。時間の指定をしなかったからなぁ……」
「命令に忠実な優良品なのか、そこそこ問題の多い不良品なのか、分からないわねぇ……」
「でもね、助手としては、優秀だよ」
ジェシルとムハンマイドの足取りは速くなった。ハービィの姿がよりはっきりとしてくる。
「ハービィ、おはよう!」ジェシルは、停止したかのように動かないハービィに声をかけた。反応が無かった。「あら、本当に壊れちゃったのかしら?」
「それは困ったな」ムハンマイドは腕組みをする。「じゃあ、ジェシル、君に手伝ってもらうしかないな。修理はボクが行うから、機材を抱えてボクのそばに居てほしい」
「何を言い出すのよ! わたしはか弱い女性よ! 力仕事なんか無理よ、無理!」
「そうかなぁ?」ムハンマイドはジェシルを見る。「『ラーントリア』での格闘を観たけどさ、か弱いなんて、どの口が言うんだって感じだったけど?」
「何よ! あなたも観たの!」ジェシルが声を荒げる。「関心無さそうな顔をしているくせに!」
「そりゃあ、そうだろう。リタとミュウミュウが関係していたんだ。関心があったに決まっている。……君自体には左程だったけどね。まあ、強い女だなぁくらいは思ったよ」
「ふん!」ジェシルは鼻を鳴らす。「……でも、ハービィがこれじゃ、仕方がないわね」
ジェシルがため息をついた時、ぎぎぎ、ぐぎぎぎと油切れの音を立てながら、ハービィの頭がジェシルに向いた。
「……ハニー……」ハービィが言う。「今、この時間は、『おはよう』で良いのか?」
「え?」壊れていない事にほっとしたジェシルだったが、ハービィのあまりな問いかけに困惑した。「何? それを考えていたって言うのかしら?」
「そうだが、おかしいか、ハニー?」ハービィは言う。「『おはよう」は朝の挨拶だ。すでに朝とは言えない時間だと思うのだが、どうなのだ?」
「お昼前なら『おはよう』で良いと思うわ」
「そうなのか」ハービィはぎぎぎと音を立てながら頭を傾げる。「お昼と言うのは正午ぴったりの事か? その直前だと『おはよう』なのか? うっかり正午を跨いでしまったら、どうすれば良いのだ?」
「もう! そんな細かい事は後で考えれば良いじゃない!」ジェシルは軽く爆発する。「そんな事より、修理でしょ!」
「そう言う事だよ、ハービィ」ムハンマイドはうなずく。「……ボクたちが来るのを待っていてくれたようだけど、何時からここに立っていたんだい?」
「昨日、ムハンマイドに、明日、修理の続きを行なうと言われ、日付が変わってたので待っていた」
「そうなんだ……」ムハンマイドは呆れた顔をジェシルに向ける。ジェシルも負けないくらい呆れた顔をしている。「時間を指定しなかったからなぁ……」
「まあ、ハービィらしいと言えば言えるわね……」ジェシルは苦笑する。「なんだか、安心するわ」
「じゃあ、ハービィ修理を始めようか」ムハンマイドはハービィに言う。「大丈夫だ、食事は済ませて来ている」
ジェシルは、皆が沈痛な様子でいる中、モハンマイドだけが黙々と食事をしていた事を思い出した。なんて非常識なヤツだろうと、ジェシルは思っていたが、修理作業のためだったようだ。
ハービィはぎぎぎと音を立てながら、後続の三人を見た。
「ハニー、一人足りない。リタが居ない」ハービィは言う。「どうかしたのか?」
「……実はね、亡くなったのよ……」ジェシルは答える。「シンジケートの一味に襲われたようなのよ」
「そうなのか」ハービィは言うと、ぎぎぎと音を立てながら、頭をジェシルに向けた。「ハニーは、わがはいが守る」
「そうだったわね。お願いするわ」ジェシルは笑む。「じゃあ、修理のお手伝い、頑張ってね」
ハービィはくるりと向きを変えた。普段なら、油切れの音を立てまくりながら、ゆっくりのろのろと動くのだが、今は、なかなか素早い動きだった。ジェシルの励ましの一言が効いたのかもしれない。ハービィはがちゃがちゃと全身を鳴らしながら、道具を取りに宇宙船へと向かった。
「ハービィ、君を守るとか言っていたけどさ」ムハンマイドがジェシルに言う。「どう見ても、君がハービィを守るって感じがするんだよなぁ」
「ふふふ……」ジェシルは笑う。「でもね、『守る』なんて言われたら、わたしだって嬉しいわ」
「ほう!」ムハンマイドは素直に驚いている。「君でもそう思うのか!」
「あら、失礼ね! わたしだって女性よ。それにね、宇宙でも古い家柄の貴族なのよ。騎士道精神を持つ男性には、それなりに憧れだってあるわ。ただ、わたしより強い男性が、今の所は、現われていないけだわ」
「永遠に現われないんじゃないのか?」
「ふん!」
ジェシルは鼻を鳴らし、ムハンマイドの傍を離れ、後続の三人の方へと行ってしまった。
「騎士道精神か……」ムハンマイドは、ジェシルの後ろ姿を見ながらつぶやいた。「思いの外、古風なんだな……」
つづく
しばらくして、宇宙船が見えてきた。
「おや?」ムハンマイドはつぶやくと立ち止まった。右手を帽子のつばの様にして陽光を遮り、宇宙船を見つめる。「……あれは、ハービィかな?」
ムハンマイドの言葉に、ジェシルも足を止め、同じ様にして宇宙船を見た。宇宙船から、やや離れた所にハービィが立っているのが確認できた。壊れてしまったかのように動かない。
「……確かに、あれはハービィね」ジェシルはつぶやく。「何やっているのかしら? 壊れちゃったのかも……」
「いや、そうじゃないな」ムハンマイドはジェシルの言葉を否定する。むっとするジェシルを見ずに続ける。「ハービィには、昨日、修理の続きは明日やると言った。だから、ああして待っているんだ」
「明日って……」ジェシルはつぶやいてから、はっとする。「まさか、日付が変わってから、ずっとって事は無いわよねぇ?」
「それは分からないけどさ、あり得る話だよな。時間の指定をしなかったからなぁ……」
「命令に忠実な優良品なのか、そこそこ問題の多い不良品なのか、分からないわねぇ……」
「でもね、助手としては、優秀だよ」
ジェシルとムハンマイドの足取りは速くなった。ハービィの姿がよりはっきりとしてくる。
「ハービィ、おはよう!」ジェシルは、停止したかのように動かないハービィに声をかけた。反応が無かった。「あら、本当に壊れちゃったのかしら?」
「それは困ったな」ムハンマイドは腕組みをする。「じゃあ、ジェシル、君に手伝ってもらうしかないな。修理はボクが行うから、機材を抱えてボクのそばに居てほしい」
「何を言い出すのよ! わたしはか弱い女性よ! 力仕事なんか無理よ、無理!」
「そうかなぁ?」ムハンマイドはジェシルを見る。「『ラーントリア』での格闘を観たけどさ、か弱いなんて、どの口が言うんだって感じだったけど?」
「何よ! あなたも観たの!」ジェシルが声を荒げる。「関心無さそうな顔をしているくせに!」
「そりゃあ、そうだろう。リタとミュウミュウが関係していたんだ。関心があったに決まっている。……君自体には左程だったけどね。まあ、強い女だなぁくらいは思ったよ」
「ふん!」ジェシルは鼻を鳴らす。「……でも、ハービィがこれじゃ、仕方がないわね」
ジェシルがため息をついた時、ぎぎぎ、ぐぎぎぎと油切れの音を立てながら、ハービィの頭がジェシルに向いた。
「……ハニー……」ハービィが言う。「今、この時間は、『おはよう』で良いのか?」
「え?」壊れていない事にほっとしたジェシルだったが、ハービィのあまりな問いかけに困惑した。「何? それを考えていたって言うのかしら?」
「そうだが、おかしいか、ハニー?」ハービィは言う。「『おはよう」は朝の挨拶だ。すでに朝とは言えない時間だと思うのだが、どうなのだ?」
「お昼前なら『おはよう』で良いと思うわ」
「そうなのか」ハービィはぎぎぎと音を立てながら頭を傾げる。「お昼と言うのは正午ぴったりの事か? その直前だと『おはよう』なのか? うっかり正午を跨いでしまったら、どうすれば良いのだ?」
「もう! そんな細かい事は後で考えれば良いじゃない!」ジェシルは軽く爆発する。「そんな事より、修理でしょ!」
「そう言う事だよ、ハービィ」ムハンマイドはうなずく。「……ボクたちが来るのを待っていてくれたようだけど、何時からここに立っていたんだい?」
「昨日、ムハンマイドに、明日、修理の続きを行なうと言われ、日付が変わってたので待っていた」
「そうなんだ……」ムハンマイドは呆れた顔をジェシルに向ける。ジェシルも負けないくらい呆れた顔をしている。「時間を指定しなかったからなぁ……」
「まあ、ハービィらしいと言えば言えるわね……」ジェシルは苦笑する。「なんだか、安心するわ」
「じゃあ、ハービィ修理を始めようか」ムハンマイドはハービィに言う。「大丈夫だ、食事は済ませて来ている」
ジェシルは、皆が沈痛な様子でいる中、モハンマイドだけが黙々と食事をしていた事を思い出した。なんて非常識なヤツだろうと、ジェシルは思っていたが、修理作業のためだったようだ。
ハービィはぎぎぎと音を立てながら、後続の三人を見た。
「ハニー、一人足りない。リタが居ない」ハービィは言う。「どうかしたのか?」
「……実はね、亡くなったのよ……」ジェシルは答える。「シンジケートの一味に襲われたようなのよ」
「そうなのか」ハービィは言うと、ぎぎぎと音を立てながら、頭をジェシルに向けた。「ハニーは、わがはいが守る」
「そうだったわね。お願いするわ」ジェシルは笑む。「じゃあ、修理のお手伝い、頑張ってね」
ハービィはくるりと向きを変えた。普段なら、油切れの音を立てまくりながら、ゆっくりのろのろと動くのだが、今は、なかなか素早い動きだった。ジェシルの励ましの一言が効いたのかもしれない。ハービィはがちゃがちゃと全身を鳴らしながら、道具を取りに宇宙船へと向かった。
「ハービィ、君を守るとか言っていたけどさ」ムハンマイドがジェシルに言う。「どう見ても、君がハービィを守るって感じがするんだよなぁ」
「ふふふ……」ジェシルは笑う。「でもね、『守る』なんて言われたら、わたしだって嬉しいわ」
「ほう!」ムハンマイドは素直に驚いている。「君でもそう思うのか!」
「あら、失礼ね! わたしだって女性よ。それにね、宇宙でも古い家柄の貴族なのよ。騎士道精神を持つ男性には、それなりに憧れだってあるわ。ただ、わたしより強い男性が、今の所は、現われていないけだわ」
「永遠に現われないんじゃないのか?」
「ふん!」
ジェシルは鼻を鳴らし、ムハンマイドの傍を離れ、後続の三人の方へと行ってしまった。
「騎士道精神か……」ムハンマイドは、ジェシルの後ろ姿を見ながらつぶやいた。「思いの外、古風なんだな……」
つづく
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