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ジェシル 危機一発! ㊽ 

2020年01月07日 | ジェシル 危機一発!(全54話完結)
 ジェシルはビョンドル統括管理官のオフィスを出て、その足で資料室へと向かった。サイボーグに関して調べるためだ。
 資料室のフロアは、相変わらずひんやりとしていて人影が無い。ひょっとしたら、オムルも居ないかもしれないわ…… そうジェシルに思わせる雰囲気が資料室にはあった。
 相変わらずの旧式な認証装置が扉の横に設置されている。ジェシルはカメラ・アイの前に立った。
「名前と所属をどうぞ」
 認証装置の金属的な合成音声が流れる。ジェシルはうんざりした顔でカメラ・アイを見つめた。
「……ジェシル・アン。捜査部所属」
 ジェシルは合成音声に負けないような無機質な声で言った。
「確認中です」
 合成音声が答える。ジェシルはやれやれと言った顔を天井に向ける。認証装置は作動している。
「……オムル、中にいる?」ジェシルは扉を叩きながら言った。「待ってられないわ。いるんなら、開けてちょうだい」
 しばらくは認証装置のかちゃかちゃ言う間抜けな音がしていたが、扉が不快な軋み音を上げながら開き始めた。隙間からオムルが顔を出す。
「ジェシルか……」
 オムルは掠れた声で言うと、扉を開けたまま室内へ引っ込んだ。ジェシルも内へと進んだ。
「何よ、オムル! 久々の再開だって言うのに、相変わらずね!」ジェシルは笑いながら言う。「でも、相変わらずって言うのが良いわね。安心したわ」
「そうかい……」オムルは言うと自分のデスクに腰を下ろした。「お前が身を隠している間、誰も来やしなかったよ」
「そうなんだ…… みんな捜査の充実を目指さないのかしら?」
「一度襲われた部屋だからな。好き好んで来るヤツなどいないさ……」
「またそんな事を言う……」ジェシルは溜め息をつく。「……それで、今日はどこを使えばいいのかしら?」
「好きな所で、気が済むまで調べてくれ」
「あら、ブースを決めてくれないの?」
「もう、どうでも良くなっているんだ……」
「もうっ!」ジェシルは唇を尖らせた。「そんな事ばかり言っていると、本当にこの資料室は閉鎖になっちゃうわよ」
「構わないさ……」
 オムルは言うと、電子雑誌に目を落とした。
 ジェシルは諦めたように頭を振ると、扉に一番近いブースに向かった。
「ところで、オムル……」ジェシルが声をかけると、オムルは面倒臭そうに顔を上げた。「あなた、モーリーが辞めた後に会った事ってある?」
「いや、無いな」オムルは短く答えた。「オレは奴より先にこんなからだになっちまったからな。ヤツの事故の事も、辞めたことも、すべて又聞きだよ」
「そう…… じゃあさ、クェーガーってのはどう? 爆弾処理部に所属していて、一か月前から行方不明なの」
「知らないな。現役を辞めてから入ってきたヤツらとは、全く接点が無いからな……」
「そうなんだ……」
「それで、そいつもお前さんを狙っているってのかい? 引退組やら現役やらから、もてまくりだな、ジェシル?」
「変な事言わないでよ」ジェシルは唇を尖らせた。「でもね、もうわたしを狙えないわ……」
「と言う事は…… 死んだのかい?」
「そうなの。モーリーもクェーガーも死んだわ。首を千切れるくらい強く締め上げられたらしいわ」
「殺されたのか……」
「素性が知れたからじゃないかしらね。そこから黒幕がばれない様にって、口封じね」
「黒幕に、口封じかい…… 宇宙パトロールも質が落ちたもんだ」
「わたしなんか狙ったって仕方がないのに…… どうせ狙うんなら、もっと上層部の大物にすればいいんだわ!」
「ずいぶんと物騒な事を言うな……」
 オムルは言うと、咳込むような音を立てた。ジェシルは驚いたが、それは笑っているのだと気が付くと、一緒になって笑った。
「それでね、後はニンジャ野郎を見つけるしかないの。そいつはサイボーグのようでね、調べてみようと思うのよ」
「そうだったのかい……」そう言うと、オムルは電子雑誌に目を落とした。「さっきも言ったが、気の済むまで調べてくれ」
「そのつもりよ」
 ジェシルはブースに入り、がたぴし言う椅子に座ると端末を立ち上げた。
 サイボーグに関する項目は果てしない量があった。最新型の情報だけでもうんざりするほどあった。サイボーグ手術を施す医者も同様だった。
 ……もし、あのニンジャ野郎がモーリーとクェーガーを殺したとなると、その殺し方から見て、明らかに違法だわね。サイボーグ手術はあくまでも一般生活に支障が無いようにするのが目的だから。となれば、パトロールに登録されている、一般的な連中じゃないわね。となると、闇医者に闇サイボーグか。やっぱり、情報屋を使わないとダメかしら…… ジェシルは端末を閉じた。
「オムル、ありがとう」ジェシルはブースを出て電子雑誌を読んで知るオムルに声をかけた。オムルは顔を上げた。「これから、モーレル地区のハーディの店へ行って、ロールに会って色々と聞き出してみるわ」
「ロールって、あのニケ人のか? あいつ、まだ情報屋をやってるのか……」
「いやなヤツだけど、あいつの情報は多岐にわたっているし正確だわ。会って話を聞くだけの価値はあるわ」
「そうかい……」オムルは言いながらデスクの大引出しを開けた。そこから赤い飲料ボトルを取り出した。「じゃ、これでも飲んで行ってくれ」
「え? 何それ?」ジェシルはデスクに置かれたボトルを手に取った。「若い女の子向けのボトルじゃない。オムルの趣味?」
「そうじゃない。それには、ベルザの実のジュースが入っているんだ。お前、好物だろ?」
「ええ、目が無いわ」ジェシルは嬉しそうににっこりと笑う。「でも、どうしてここに?」
「良くここへ来てくれるからな。いつ来てくれても渡せるように、毎朝絞って来るんだよ」
「あら!」ジェシルはボトルをしげしげと見た。「じゃあ、これってオムルの自家製?」
「そう言う事だ」オムルは言う。心なしか照れ臭そうだ。「お前が来ない時は、ここを閉める際にオレが飲むことにしている。だが、心配するな。ちゃんとグラスに移して飲んでいるからな」
「そんな事、気にしてないわよ……」ジェシルはボトルに見入っている。「じゃあ、わたしにもグラスちょうだい」
「いや良いよ、直接飲んでくれ。そのボトルはジェシル専用のつもりだから」
「嬉しいわ!」
 ジェシルはボトルのキャップを外した。独特の甘酸っぱい香りが鼻腔をくすぐる。


つづく


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