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ジェシルと赤いゲート 16

2023年02月15日 | ジェシルと赤いゲート 
 ジェシルは周囲を見回す。四方の壁には棚が設えられている。
「ねえ、ジャン……」ジェシルはジャンセンを見る。「ここよりさらに地下へは、どうやって行くの?」
「どうやってって……」
「だってさ、この部屋には扉は無いわよ? それに、さっき下りてきた階段はここまでしか無かったじゃない?」
「確かにそうだったなぁ……」ジャンセンは腕組みをして考え込む。「どうなってんだろうな……」
「ジャン、まさか、この先に行き方は分かっていないの?」
「資料には、地下への下り方が載っていただけだから……」ジャンセンは腕組みしたままの姿でジェシルを見る。「下りて行けば階段があるものだって思うじゃないか」
「何よ、それぇ……」ジェシルはむっとする。腕組みした姿が偉そうなのも気に食わない。「何よ! 地下へ下りれば階段があると思ったって? ちゃんと調べたんじゃなかったの? 人の事をああだこうだと貶しておいて、自分だってダメダメじゃない!」
「そんな事言ったって、資料が無いんだから仕方がないだろう!」
「じゃあ、良いわよ! やっぱりここで調査は打ち切りね! あなたはここで一生、文献を調べていればいいんだわ! それだけの量は充分にあるんじゃないの?」
「たしかに量はあるけどさ」ジャンセンはうなずく。「でもなぁ、他にも調べたい文献が山ほどあるからなぁ……」
「あなた、一体いくつを掛け持ちしてんのよ?」
「ここを加えると十八かな……いや、十九だ」
「それって終わるの?」
「う~ん、どうだろうな? とにかくさ、何か珍しい文献が見つかると、ぼくの所に連絡が来るんだ。そして調べに行く。簡単に解読できるものもあれば、時間のかかるものもある。時間がかかるものが十九あるって感じだな」
「一生かかっても終わらないんじゃない?」
「そうだなぁ…… なんたって、ぼくの研究所には助手がいないからなぁ」
「どうして?」
「ほら、言ったじゃないか。ぼくは若いのに出来るって思われちゃって、学界から締め出しを喰らっているんだよ」
「何よ、それえ!」ジェシルは憤慨する。「そんな学会の老害どもは駆逐しなきゃダメね! わたしが一族の力を駆使してやるわ!」
「まあ、そう興奮するなよ、ジェシル」ジャンセンは呑気そうに言う。「ぼくは元々学界には興味も関心もないから、どうって事はないよ。でもさ、全部解読するまで生きていられるかが心配だ」
「じゃあさ、いっその事、全身サイボーグ化しちゃって、半永久的に生きていれば良いじゃない?」
「え~っ……」ジャンセンは思い切りイヤな顔をする。「それはちょっとなぁ……」
「どうして?」
「歴史を学んでいるとさ、限りある命の中での営みって言うのが、とっても愛おしくなるんだよ。争いや間違いを仕出かしたとしてもね。歴史を俯瞰すると、そうなるしかなかったんだよなぁ、って思うってしまうのさ。それとね、時間と言うものの必然性的な働きに畏怖の念も覚える。取り返しも繰り返しも出来ない時間、しかし、その流れの中で、今のぼくたちがいる。これも必然なのかもしれない。時間ってさ、ただ流れているように見えて、実は何がしかの意志を持っているんじゃないかって思う時があるんだ」
 ジェシルはジャンセンの熱弁にやや呆れながらも、何となく分かるような気がした。宇宙で一番古い貴族と言う血筋が、そう思わせているのかもしれない。
「……まあ、良いわ」ジェシルは微笑しながら言う。「そのうち、あなたに共感してくれる人も出て来るんじゃない? それまでは一人で頑張るのね」
「そうなるだろうなぁ……」
 ジャンセンは諦めたように天を仰ぐ仕草をした。と、そのままで動かなくなった。一点をじっと見つめている。
「ジャン、どうかしたの?」ジェシルはジャンセンの視線を追う。「あっ!」
 二人の視線は高い天井の際付近にあった。そこにジェシルの部屋で見た燭台があったのだ。
「ジャン、あれって……」
「ああ、きっとそうだよ、ジェシル!」ジャンセンは大きくうなずく。「次の地下への入口の鍵だ!」
「そう、それは良かったわ!」ジェシルは笑顔で言ったが、すぐに表情が曇る。「……でもさ、あの高さだと、わたしがあなたの上に乗っても、頭を踏みつけても、届かないわ」
「ふっふっふ……」自慢げな笑みを浮かべ、ジャンセンは鞄のかぶせを捲り上げ、手を突っ込んだ。「これを使うのだよ」
 ジャンセンが鞄から取り出したのは、右手用の白い手袋だった。それを得意気にジェシルに見せている。
「あなたねぇ……」ジェシルはため息をつく。「そんなので届くわけがないじゃない! それとも何? その手袋を遠隔操作出来るって言うの? 宙を飛んで、あの燭台をつかむって言うの?」
「いや、そこまでの機能は無いけどさ」ジャンセンは言う。「……でも、そのアイデア、良いねぇ。今度提案してみようかな」
「何を言っているの?」
「いや、この手袋、って言うか、装置はね……」ジャンセンは言うと手袋の手首の部分を持って引っ張った。その部分が伸び、肘までの長さになった。「もっと引っ張れば、腕の長さ位まで伸ばす事が出来るんだ。そして、こうやっても……」ジャンセンは伸びた手袋の端を持った。見た目は軽くて柔らかそうだったが、ぴんと伸ばした腕の形のままで、型が崩れる事はなかった「ね? 凄いだろう?」
「何、それって、腕の代用品って事?」
「まあ、そんな所かな? この伸ばした口から手を入れると、センサーとか何とかが作用して、自分の動かしたい様に腕と指先が動くんだ。しかも、感触も伝わって来るから、不必要に力を入れる事もない。ぼくの場合は文献が中心だからさ、隙間に挟まった薄い紙切れを取り出さなきゃならない事もあってさ、届かないような場所では、なかなか重宝しているんだ。あ、もちろん、左手もある」
「それもあなたが作ったの?」ジェシルは感心したような呆れたような表情で訊く。「でも、センサーとか何とかって、怪しい事を言っていたわね?」
「ああ、これはぼくが作ったものじゃない」ジャンセンは言うと手を伸ばした口に入れた。指先が閉じたり開いたりする。「これは知人の生物工学を専門に研究しているマキウスが作ってくれた。ぼくがこんなの作れないかって言ったら、翌日に仕上げてくれた」
「マキウス……?」
「ああ、マキウス・ジェレンダーレ。生物工学の天才だよ。彼女も若くてさ、ぼくと同じように大御所たちから煙たがられているんだ」
「女性なのね。それなのに孤軍奮闘だなんて……」ジェシルはむっとする。「益々、その老害どもを駆逐してやりたくなってきたわ!」
「まあ、そういきり立つなよ」ジャンセンは苦笑する。「ま、君なら本当にやりかねないけどさ、マキウスもなかなか強気のお嬢さんなんだ。実は彼女、宇宙中に展開するジェレンダーレ財閥の令嬢なんだよ。だから、大御所たちからの煙たがられなんて、何とも思っちゃいない。潤沢な資金は実家から得られているんだからね。『マキウス財団』なんてのを作って、そこでやりたい放題の研究をしている。……そうだなぁ、何となくジェシルに似ているなぁ。ジェシル、君はマキウスと気が合うかもしれないぞ」
「そんな事は後で良いわ」ジェシルは言うと、燭台を見上げる。「今は燭台よ。わたしがまたあなたの肩に乗るわ。そこでその手袋と言うか、義手と言うかを使って、燭台を下に下げてみるわ」
「これには『ブラキオーレス』って名前が付いているんだ」
「どう言う意味?」
「さあ? マキウスが勝手にそう付けたから、意味は分からない。彼女の事だから、単なる思いつきなんじゃないかな?」
「あなたも、あなたの知り合いも、最低ねぇ……」


つづく

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