お話

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ジェシルと赤いゲート 17

2023年02月19日 | ジェシルと赤いゲート 
 ジェシルは顎でジャンセンに指示を出す。ジャンセンは壁に向かって両手を突き出す。壁と言っても、びっしりと書棚になっている。ジャンセンは書棚の棚の一部をつかんで、ジェシルが肩に飛び乗るのを待つ。
「行くわよ」ジェシルが言う。しかし、ジャンセンの返事が無い。「ジャン……?」
 ジャンセンは伸ばしていた両腕を曲げて、顔を書棚に近づけた。何やらぶつぶつ言っている。
「ジャンってば!」
「え?」ジャンセンは怒鳴るジェシルに振り返る。その顔は大発見をしたと自慢していた子供の頃の顔だ。「ジェシル! この文献は凄いぞ! 伝説と言われたクンザザ族の事が書かれている! クンザザってさ、異空間を行き来できる能力があるって言われていたんだ。誰もがそんなの作り話だって一蹴してたんだけどさ、ここにそのクンザザに関する文献が並んでいるんだ! これは大発見だ! 彼らは実在したんだ!」
「はいはい……」ジェシルはため息をつく。「今はそうじゃないでしょ? 今は地下二階へ行くのが優先なんでしょ?」
「そうだけどさ……」ジャンセンは、母親に諭された子供のような表情でジェシルを見る。「ちょっとくらい良いじゃないかぁ……」
「そう? じゃあ、わたしは戻るわ」ジェシルは冷たく言うと踵を返す。手にはめている『ブラキオーレス』を使って、後ろにいるジャンセンにさよならとばかりに振って見せた。「やっぱりあなたはここで一生を過ごすのね!」
「おい、そんな事言うなよぉ……」ジャンセンの気弱そうな声が、ジェシルの背中越しにする。「……分かったよ。ぼくが悪かったよ。今は地下二階が最優先だ。もう言わないから、燭台を下げてみてくれ」
「下げてみてくれ?」
「いや、下げてみてください、お願いします……」
「仕方がないわねぇ……」ジャンセンに振り返ったジェシルは勝ち誇った表情だ。……子供の頃は良くこうしてジャンセンをからかったものだったわ。ジェシルは笑む。「じゃあ、向こうを向いて、両腕で書棚を押さえて倒れないようにしていてよね」
「……ああ」
 ジャンセンは言われた通りにした。改めて見ると、子供の頃と違って、がっちりした後ろ姿だ。……当たり前だわね。ジェシルは苦笑する。
「……じゃあ、行くわよ!」
 ジェシルは軽く助走を付けて飛び上がり、ジャンセンの肩に足を置いた。少し揺れたが、ジャンセンは何とか体勢を保っている。
 ジェシルは『ブラキオーレス』を燭台へと向ける。しかし、届かない。ジャンセンが言っていたように、さらに伸ばして腕分の長さにし、燭台へと向ける。あと少しが届かない。
「ジャン、頭に乗るわよ!」ジェシルが言う。「あとちょっとが届かないから……」
「分かった」
 ジャンセンが答える前に、すでにジェシルはジャンセンの頭に右足を乗せていた。
「ジェシル、そんなに頭の天辺をぐりぐりするなよぉ! 一階の時と違って、君は靴を履いてんだぞ! 痛いじゃないかぁ!」 
 ジェシルはジャンセンの泣き言を無視した。さらにぐりぐりと頭の天辺を踏みしめる。
「痛いって言っているじゃないかぁ!」ジャンセンは悲鳴を上げる。「……ジェシル、わざとやってんじゃないだろうなぁ?」
「そんなわけないじゃない! 失礼ね!」ジェシルは言うと、ぐりぐりと踏みしめる。「もうちょっとなんだから我慢しなさいよね! あなた、男でしょ?」
「男だって、痛いものは痛いんだぞ!」
「ふん!」
 ジェシルは鼻を鳴らすと、『ブラキオーレス』を持った腕を目一杯に伸ばした。『ブラキオーレス』の指先が燭台に触れた感触が伝わった。ジェシルはジャンセンの頭に爪先立ちをする。燭台をつかむ事が出来た。
「つかんだわ!」
 ジェシルが叫ぶと同時に、ジャンセンが崩れた。ジェシルも床へと落ちた。しかし、こうなる事をある程度予想をしていたようで、ふわりと両脚で立つ事が出来た。床に転がっているジャンセンは頭の天辺を撫で続けている。
「ジャン! しっかりしていてって言ったじゃない!」
 ジェシルは言うが、ジャンセンの憐れな様子に苦笑してしまった。
「何が可笑しいんだよ……」ジャンセンは唇を尖らせながら立ち上がる。「それに、やっぱり折っちまった……」
 ジャンセンは『ブラキオーレス』が握っている燭台を指差した。
「仕方がないじゃない? あなたが崩れちゃったんだから」
「……いや、元々折れるようになっていたのかもしれない……」ジャンセンは頭を撫でながら言う。「二回も折れるのが続くと、そう考えた方が良さそうだ」
「じゃあ、わたしのせいじゃないって事ね」ジェシルは笑む。「あなたがそう言うんなら、そう言う事にしておきましょう」
 ジェシルとジャンセンは書棚を背にして立った。一階の時と同じく、床の中央が開くと考えたからだ。
「……まだ、開かないわねぇ……」
「一階も時間がかかっただろう? ここも同じ仕組みなんだよ、多分、きっと、おおよそ……」
「ふん、頼りないわねぇ」
 ジェシルは軽蔑の眼差しをジャンセンに向けた。と、背中を強く押される感触があった。 


つづく

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