「ここだよ」スガゲンは扉の前で立ち止まる。インターフォンのスイッチを押す。「僕だ。開けてくれ」
すぐに扉が開いた。開けてくれたのはももが憑いているアイでさえ普通に見えてしまうほどの綺麗な女性だった。背も高くスタイルも良い。その女性は廊下に出て、閉まらないように支えている。
「ありがとう、花子。さ、入ってくれ。……あ、驚くことはないよ。この娘は僕のボディガードなんだ」スガゲンは自慢げにももに言う。「なんたって、この辺は物騒だし、僕は実力者の息子だから誘拐なんて事にもなりかねないからね」
「そうなんですか……」
ももは大して関心がなさそうに答えた。すでに知っているからだ。しかも、ボディガードとしての役割以外の役割のある事も知っている。
「あんまり驚かないんだね」スガゲンは期待外れだったようだ。「初めての人は皆驚くんだけど…… そうか、お姉さんに聞いてたんだね」
「……え、ええ……」
ももは曖昧に答える。また両手が握りこぶしになった。
「うわ~っ! 玄関だけでも、こんなに広いんですね! わたしの部屋より広いんじゃないかなあ! それにボディガードさんもすんごい美人ですね!」
さとみがおどけた声を出す。ももがはっとなって我に返った。
「ほう、お嬢ちゃんは素直なんだねえ」スガゲンは嬉しそうだ。褒められるのが好きなのだろう。「さ、中へどうぞ」
スガゲンはももの背を軽く押しながら入って行く。さとみはその後にトコトコと続く。ちらりとボディガードの花子を見上げたが、周囲に配られていた視線が、一所で止まっている。そこには豆蔵たちがいた。その目力に脅威を感じたのか、豆蔵は十手を取りだし、みつは刀を抜いた。さすがの竜二も何気ない風を装って二人の背後に回った。……見えないはずなのに、気配でもしているのかしら? それとも見えている?
「……ねえ、お姉さん」さとみは花子に声をかけた。わざとらしく無邪気を装う。「何か見えるの?」
「いいえ……」涼やかな声が返ってきた。視線はそのままだ。「ちょっと気になっただけよ」
「ふ~ん、大変なんですね」
「大変……か」花子は視線をさとみに落とした。自嘲気味の笑顔を見せた。「別の意味でね……」
さとみも愛想笑いを返し、入って行く。
ふかふかのスリッパをはいて玄関ホール(本当にさとみの部屋より広かった)を抜け、リビングに向かう。学校の教室並みに広かった。すでに、ももとスガゲンが部屋の中央にあるソファに大きなガラス製のテーブルを挟んで向かい合って座っていた。スガゲンは自分用の一人掛けに座っており、その背後に玄関で会った女性同様の二人のボディガードが立っている。
「さとみちゃん」ももがさとみに声を開ける。「隣に来て」
さとみはやや速足で進む。ちょこんとももの隣に座る。ソファがやや大きめなのか、さとみの足が床に届かずぶらんぶらんとなってしまう。そんな様子を呆れた顔でスガゲンが見ている。
「……さあ、お友達も来たし、話を聞こうかな」スガゲンは優しそうな笑顔をももに向ける。「お姉さんのことを聞きたいんだっけね? どこまで話ができるかはわからないけど……」
玄関にいたボディガードの花子が銀のトレイにコーヒーの入ったカップ二つとオレンジジュースの入った細長いグラスを載せてきた。コーヒーをももとスガゲンの前に置き、ジュースはさとみの前に置いた。……本当に子ども扱いされている! さとみはぷっとほほを膨らませた。
「あら、メロンソーダの方が良かったかしら?」さとみの顔を見て花子が言った。「取り替えて来ましょうか?」
「あ、いえ!」さとみはあわてて手を振る。「大丈夫です! 気にしないでください!」
言いながらちらと部屋の隅を見る。豆蔵が腕組みをしながら歯を食いしばって笑いをこらえている。みつは背を向けているが肩を震わせている。竜二は露骨にさとみを指さし笑っている。
花子が何気なく三人の方を向いた。三人はとっさに身構えた。……このボディガードさん、本当は見えているんじゃないかしら? さとみはストローでジュースを吸いながら思った。
「……じゃあ、姉のことをお聞きしますね……」ももが低い声で言った。「正直に答えてください……」
「なんだか、怖いねえ」スガゲンがおどけて答える。しかし、その眼の奥に警戒の色が浮かんだ。「ま、知っていることは全部話すつもりだよ……」
不意に訪れた沈黙に、さとみの喉がごくりと鳴った。
つづく
すぐに扉が開いた。開けてくれたのはももが憑いているアイでさえ普通に見えてしまうほどの綺麗な女性だった。背も高くスタイルも良い。その女性は廊下に出て、閉まらないように支えている。
「ありがとう、花子。さ、入ってくれ。……あ、驚くことはないよ。この娘は僕のボディガードなんだ」スガゲンは自慢げにももに言う。「なんたって、この辺は物騒だし、僕は実力者の息子だから誘拐なんて事にもなりかねないからね」
「そうなんですか……」
ももは大して関心がなさそうに答えた。すでに知っているからだ。しかも、ボディガードとしての役割以外の役割のある事も知っている。
「あんまり驚かないんだね」スガゲンは期待外れだったようだ。「初めての人は皆驚くんだけど…… そうか、お姉さんに聞いてたんだね」
「……え、ええ……」
ももは曖昧に答える。また両手が握りこぶしになった。
「うわ~っ! 玄関だけでも、こんなに広いんですね! わたしの部屋より広いんじゃないかなあ! それにボディガードさんもすんごい美人ですね!」
さとみがおどけた声を出す。ももがはっとなって我に返った。
「ほう、お嬢ちゃんは素直なんだねえ」スガゲンは嬉しそうだ。褒められるのが好きなのだろう。「さ、中へどうぞ」
スガゲンはももの背を軽く押しながら入って行く。さとみはその後にトコトコと続く。ちらりとボディガードの花子を見上げたが、周囲に配られていた視線が、一所で止まっている。そこには豆蔵たちがいた。その目力に脅威を感じたのか、豆蔵は十手を取りだし、みつは刀を抜いた。さすがの竜二も何気ない風を装って二人の背後に回った。……見えないはずなのに、気配でもしているのかしら? それとも見えている?
「……ねえ、お姉さん」さとみは花子に声をかけた。わざとらしく無邪気を装う。「何か見えるの?」
「いいえ……」涼やかな声が返ってきた。視線はそのままだ。「ちょっと気になっただけよ」
「ふ~ん、大変なんですね」
「大変……か」花子は視線をさとみに落とした。自嘲気味の笑顔を見せた。「別の意味でね……」
さとみも愛想笑いを返し、入って行く。
ふかふかのスリッパをはいて玄関ホール(本当にさとみの部屋より広かった)を抜け、リビングに向かう。学校の教室並みに広かった。すでに、ももとスガゲンが部屋の中央にあるソファに大きなガラス製のテーブルを挟んで向かい合って座っていた。スガゲンは自分用の一人掛けに座っており、その背後に玄関で会った女性同様の二人のボディガードが立っている。
「さとみちゃん」ももがさとみに声を開ける。「隣に来て」
さとみはやや速足で進む。ちょこんとももの隣に座る。ソファがやや大きめなのか、さとみの足が床に届かずぶらんぶらんとなってしまう。そんな様子を呆れた顔でスガゲンが見ている。
「……さあ、お友達も来たし、話を聞こうかな」スガゲンは優しそうな笑顔をももに向ける。「お姉さんのことを聞きたいんだっけね? どこまで話ができるかはわからないけど……」
玄関にいたボディガードの花子が銀のトレイにコーヒーの入ったカップ二つとオレンジジュースの入った細長いグラスを載せてきた。コーヒーをももとスガゲンの前に置き、ジュースはさとみの前に置いた。……本当に子ども扱いされている! さとみはぷっとほほを膨らませた。
「あら、メロンソーダの方が良かったかしら?」さとみの顔を見て花子が言った。「取り替えて来ましょうか?」
「あ、いえ!」さとみはあわてて手を振る。「大丈夫です! 気にしないでください!」
言いながらちらと部屋の隅を見る。豆蔵が腕組みをしながら歯を食いしばって笑いをこらえている。みつは背を向けているが肩を震わせている。竜二は露骨にさとみを指さし笑っている。
花子が何気なく三人の方を向いた。三人はとっさに身構えた。……このボディガードさん、本当は見えているんじゃないかしら? さとみはストローでジュースを吸いながら思った。
「……じゃあ、姉のことをお聞きしますね……」ももが低い声で言った。「正直に答えてください……」
「なんだか、怖いねえ」スガゲンがおどけて答える。しかし、その眼の奥に警戒の色が浮かんだ。「ま、知っていることは全部話すつもりだよ……」
不意に訪れた沈黙に、さとみの喉がごくりと鳴った。
つづく
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