「……あの、話が長くなるんですけど……」
しのぶが言う。さとみは自分の席に座りなし、二人には隣の席を薦めた。しのぶは、さとみの前の席の椅子を、さとみの方に向け直して机越しに向かい合うように座り、朱音は通路を挟んださとみの隣の席に横向きに座り、組んだ脚を通路でぶらんぶらんとさせている。
「……真夜中になると、校舎の一番北の階段が、一段増えるんです」しのぶは前置きも無く話し始める。話しながら、じっとさとみを見つめている。「知ってました?」
「いえ、知らないわ……」さとみはしのぶの深刻な話し方に押されたが、すぐに反論する。「……でも、それって、数え間違いとかじゃないの? それに、真夜中じゃ、誰も数えになんて行けないじゃない? 単なる、学校の都市伝説版なんじゃない?」
「先輩……」しのぶはため息をつく。「本気でそんな事を言っているんですか? わたしが何にも調べないで、噂だけど言っていると思うんですか?」
「いや、そうとは、思わない、けど……」さとみは困った顔を朱音に向ける。「朱音ちゃん、どうなの?」
「そうですねぇ……」朱音はさとみに助け舟を出す。「しのぶは、この前に言ったように頭が良いんです。特に数学は先生たちも驚くくらいすごいんです。だから、感情や感覚だけで言っているんじゃないんです」
「……じゃあ、本当だって言うの?」さとみはしのぶを見る。「しのぶちゃん、あなた、実際に調べたの?」
「はい」しのぶは事も無げに答える。「調べました」
「調べたって言ったって、真夜中に学校になんか入れないわよ」
「入れたんです」しのぶは平然と言う。「それで、調べたんです」
「まさか、不法侵入?」
さとみは、しのぶが唐草模様の手拭いを頬かむりして鼻の下で結び、あらかじめ鍵を開けておいた一階の教室から忍び込んで、周囲をきょろきょろしながら、抜き差し差し足で廊下を渡っている姿を思い描いた。
「まさかぁ!」しのぶが言って、笑い出した。笑うと愛嬌のある顔になり可愛らしい。「ははは、先輩って、面白いんですね!」
「何よう!」さとみは口を尖らせる。「心配してあげたのよう!」
「……ああ、すみません」しのぶはぺこりと頭を下げた。「わたしって、自分が納得している事って説明するのが下手なんです。……実は協力してくれた人がいるんです」
さとみは朱音を見た。朱音は顔の前で右手を左右に振って、自分じゃないとアピールする。
「じゃあ、誰が協力してくれたの?」
「松原透先生です」
「先生……?」
「はい」しのぶは大きくうなずく。「松原先生もオカルト好きで、話しているうちに協力してくれることになって」
「……あの、松原先生って、わたしたちのクラスの担任の先生なんです」朱音が補足する。「数学も担当してくれているんですけど、最初はしのぶの数学の才能に驚いて、個人的に教えてくれていたんですけど。そのうち、オカルト話の方で盛り上がっちゃって……」
「って言うか、松原先生の数学の知識は、わたしの知っている事ばっかりでした。でも、先生が放してくれなくて……」
「と言ってますけど、決していけない関係じゃありませんから」朱音が補足する。「松原先生、しのぶの数学の才能を開花させた先生って、将来言われたかったようで……」
「もうとっくに開花しているわ」しのぶは不満そうに言う。「……ですから、すぐに数学の話が無くなっちゃって。そうしているうちに、オカルトの話になって、現在に至るんです」
「ここの学校に七不思議があるって教えてくれたらしいんです」朱音が補足する。「松原先生、ここの学校に赴任して長いらしくって、色々と知っているんです」
「それの一つが、北階段……」さとみがつぶやく。「そう言う事ね?」
「そう言う事です」しのぶが大きくうなずく。「わたし、以前に昼間に松原先生と一緒に階段の段数を数えたんです。先生の話だと、二階から三階へ上がる途中の踊り場までの段数が一段増えるんだそうです。二階からその踊り場までは、昼間は十二段ありました」
「と言う事は、真夜中には十三段……」
「そうなるはずなので、ある夜中、先生の手引きで行ってみたんです」
「え? でも、よくご両親が真夜中に外出させてくれたわね」
「どうと言う事はありませんよ」
「あのですね……」朱音が補足する。「しのぶのお父さんは単身赴任中で、お母さんは看護師さんでその日は夜勤だったんです」
「なるほどね……」
「それで、先生が車で迎えに来てくれて、学校に着いて、早速調査したんです」
「しのぶちゃん」さとみが不思議そうな顔をする。「あなた、怖かったりしないの?」
「怖くありません。だって、わたしたちも幽霊も、みんな地球上のものでしょう? だったら、みんな仲間ですよね? 怖がるなんて、逆に失礼ですよ」
「そうなんだ……」
さとみはなんだか圧倒されている。
つづく
しのぶが言う。さとみは自分の席に座りなし、二人には隣の席を薦めた。しのぶは、さとみの前の席の椅子を、さとみの方に向け直して机越しに向かい合うように座り、朱音は通路を挟んださとみの隣の席に横向きに座り、組んだ脚を通路でぶらんぶらんとさせている。
「……真夜中になると、校舎の一番北の階段が、一段増えるんです」しのぶは前置きも無く話し始める。話しながら、じっとさとみを見つめている。「知ってました?」
「いえ、知らないわ……」さとみはしのぶの深刻な話し方に押されたが、すぐに反論する。「……でも、それって、数え間違いとかじゃないの? それに、真夜中じゃ、誰も数えになんて行けないじゃない? 単なる、学校の都市伝説版なんじゃない?」
「先輩……」しのぶはため息をつく。「本気でそんな事を言っているんですか? わたしが何にも調べないで、噂だけど言っていると思うんですか?」
「いや、そうとは、思わない、けど……」さとみは困った顔を朱音に向ける。「朱音ちゃん、どうなの?」
「そうですねぇ……」朱音はさとみに助け舟を出す。「しのぶは、この前に言ったように頭が良いんです。特に数学は先生たちも驚くくらいすごいんです。だから、感情や感覚だけで言っているんじゃないんです」
「……じゃあ、本当だって言うの?」さとみはしのぶを見る。「しのぶちゃん、あなた、実際に調べたの?」
「はい」しのぶは事も無げに答える。「調べました」
「調べたって言ったって、真夜中に学校になんか入れないわよ」
「入れたんです」しのぶは平然と言う。「それで、調べたんです」
「まさか、不法侵入?」
さとみは、しのぶが唐草模様の手拭いを頬かむりして鼻の下で結び、あらかじめ鍵を開けておいた一階の教室から忍び込んで、周囲をきょろきょろしながら、抜き差し差し足で廊下を渡っている姿を思い描いた。
「まさかぁ!」しのぶが言って、笑い出した。笑うと愛嬌のある顔になり可愛らしい。「ははは、先輩って、面白いんですね!」
「何よう!」さとみは口を尖らせる。「心配してあげたのよう!」
「……ああ、すみません」しのぶはぺこりと頭を下げた。「わたしって、自分が納得している事って説明するのが下手なんです。……実は協力してくれた人がいるんです」
さとみは朱音を見た。朱音は顔の前で右手を左右に振って、自分じゃないとアピールする。
「じゃあ、誰が協力してくれたの?」
「松原透先生です」
「先生……?」
「はい」しのぶは大きくうなずく。「松原先生もオカルト好きで、話しているうちに協力してくれることになって」
「……あの、松原先生って、わたしたちのクラスの担任の先生なんです」朱音が補足する。「数学も担当してくれているんですけど、最初はしのぶの数学の才能に驚いて、個人的に教えてくれていたんですけど。そのうち、オカルト話の方で盛り上がっちゃって……」
「って言うか、松原先生の数学の知識は、わたしの知っている事ばっかりでした。でも、先生が放してくれなくて……」
「と言ってますけど、決していけない関係じゃありませんから」朱音が補足する。「松原先生、しのぶの数学の才能を開花させた先生って、将来言われたかったようで……」
「もうとっくに開花しているわ」しのぶは不満そうに言う。「……ですから、すぐに数学の話が無くなっちゃって。そうしているうちに、オカルトの話になって、現在に至るんです」
「ここの学校に七不思議があるって教えてくれたらしいんです」朱音が補足する。「松原先生、ここの学校に赴任して長いらしくって、色々と知っているんです」
「それの一つが、北階段……」さとみがつぶやく。「そう言う事ね?」
「そう言う事です」しのぶが大きくうなずく。「わたし、以前に昼間に松原先生と一緒に階段の段数を数えたんです。先生の話だと、二階から三階へ上がる途中の踊り場までの段数が一段増えるんだそうです。二階からその踊り場までは、昼間は十二段ありました」
「と言う事は、真夜中には十三段……」
「そうなるはずなので、ある夜中、先生の手引きで行ってみたんです」
「え? でも、よくご両親が真夜中に外出させてくれたわね」
「どうと言う事はありませんよ」
「あのですね……」朱音が補足する。「しのぶのお父さんは単身赴任中で、お母さんは看護師さんでその日は夜勤だったんです」
「なるほどね……」
「それで、先生が車で迎えに来てくれて、学校に着いて、早速調査したんです」
「しのぶちゃん」さとみが不思議そうな顔をする。「あなた、怖かったりしないの?」
「怖くありません。だって、わたしたちも幽霊も、みんな地球上のものでしょう? だったら、みんな仲間ですよね? 怖がるなんて、逆に失礼ですよ」
「そうなんだ……」
さとみはなんだか圧倒されている。
つづく
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