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怪談 青井の井戸 13

2021年09月21日 | 怪談 青井の井戸(全41話完結)
 わたくしは就寝の刻となった頃、部屋の灯りを消しました。わたくしはもう寝たものと思わせたかったのでございます。それから、部屋を出て、母とばあやの様子を窺いに行きました。他の使用人たちはすでに長屋の自分たちの部屋の戻っております。ですから、出くわすとすれば母かばあやでございます。もしどちらかに出くわした際には、寝つかれず歩いていたと言う事にして自室へ戻るつもりでおりました。
 雨戸を閉めた暗い廊下を歩いておりますと、ひっそりとした感が昼間よりも感じられます。母の部屋もばあやの部屋も暗うございました。さてはもう床に就いたのかとも思いましたが、父がお帰りにならぬのに、それは無かろうと思い直しなました。いや、父は密かにお出掛けになられたのだ、とすれば、出迎え無用と言う事も有るのではないか、そうも思いました。そのどちらであるのかさえも知らされていない己を疎ましいと感じました。いずれであるにせよ、わたくしの思いは変わりませぬ。
 誰とも出会わずに暗い中を歩いておりますと、何やら、自分が闇の中を蠢く、人と違った妖かしの物ものとなったような、そんな気持ちになっておりました。ひょっとして、これが青井の血なのかもしれぬと思ったものでございます。
 わたくしは台所へと向かいました。台所の勝手口から出てみようと思っていたのでございます。途中、床板が軋む度、どこからか母かばあやが現れそうに思え、はっとさせられましたが、それはわたくしの思い込みでございました。何事も無く台所へと辿り着けたからでございます。
 庭からお出掛けの父は、必ず庭からお帰りなると思っておりました。わたくしは土間に素足で降り、勝手口の心張り棒を外し、戸を開け、外に出ました。
 昼間は温かでございましたが、夜は肌寒うございました。ですが、その時のわたくしは上気していたのでございましょうか、その寒さが心地良うございました。また、素足を通して伝わる地面の冷たさは、わたくしの頭を静めるものでございました。そのせいでございましょう、自分が何とも子供染みた事をしているものだと思えてまいりました。さらに、なんと恥かしい事をしているものかとも思いました。
 そう思い、部屋へ戻ろうと、踵を返そうとした時でございました。
「……そろそろお戻りです」……母の声でございます。
「かしこまりました。ではご用意いたします」……ばあやの声でございます。
 わたくしは身を屈めて、成り行きを見守っておりました。
 月が煌々と照り出しました。


つづく

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