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怪談 青井の井戸 12

2021年09月20日 | 怪談 青井の井戸(全41話完結)
 父は夕餉の刻になってもお帰りになりませぬ。昼と同じく母とばあやとの夕餉となりましたものの、父の事が気になって気も漫ろでございました。わたくしとは逆に、母もばあやも落ち着いたものでございました。おそらくは、父が何をしにお出掛けなのかを存じているのでしょう。わたくしだけ除け者の様な、嫌な気分でございました。
「あの……」わたくしは居たたまれずに申しました。母がわたくしをご覧になりました。「……お父様は何処へお出掛けで?」
「所要です」
 母は短くおっしゃいました。これ以上は訊くでないとの思いが溢れてございます。わたくしはばあやを見ましたが、ばあやはすっと顔をそむけました。
「左様でございましたか……」
 わたくしはそう答える意外にございませぬ。
「お父様は、きくのに何かおっしゃっていましたか?」
 母は、じっとわたくしを見つめて問うてまいります。
「いえ、お出掛けの際にお庭を通られて、わたくしに何も案ずるなと……」
「ならば、その言い付けの通りになさい。お父様がどこへお出掛けなのかとか、庭の井戸の事とか、きくのは気にしない事です」
「なれど、お母様……」
「きくのはお父様のお言い付けを守らないのですか?」
「いえ……」母の穏やかな物言いの中に、有無を言わせぬ凄味がございました。わたくしは怖気づいてしまいました。「申し訳ございませぬ……」
 夕餉が終わり、部屋へと戻りました。もう床が伸べられておりました。
 何やら、子ども扱いが過ぎるとわたくしは思いました。
 仔細は一切聞かされず、ただ親の言う事に従えでは、さすがに腹に据えかねます。
 他家では、わたくしと同じ年頃の娘の嫁いだ話や婿を取った話も聞こえてまいります。わたくしも婿を取って青井の家を継ぐ事となってはおりますが、そう言われているだけで、別段、動きなどはございませぬ。青井の家への誹謗中傷、陰口などから鑑みますに、そう簡単に婿が取れるとも思われませぬ。また、他家とのお付き合いも無く、日々庭の花々を相手にしている己が身が、何やら愚かしくも見えてまいります。かと言って、逆らうような行いが出来るわけでもございませぬ。
 あのお坊様に井戸の事を訊かれてから、まだ日も経ってはおりませぬが、何やら、青井の家に良からぬ事があるのではないか、他家が言う誹謗中傷にもその元となるものがあるのではないか、そう考えるようになって行ったのでございます。
 とは申せ、やはりわたくしには何もできるわけがない、全ては父や母のおっしゃる通りにする事が、青井の家を守る事と思い直し、床に就こうと致しました。その時、ふとある事が思いに浮かび、抑え切れなくなってしまいました。……父が帰って参りますのを、こっそりと待つ、それでございました。


つづく

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