「医原病」という言葉がある。
医療が原因で病気にかかること。
私の初めての痛風発作はおそらくそれだった。
いつもの近医で血液検査をやったところ、やや尿酸値が高かった。「治療を要するレベル」ということで、薬を処方された。最近の処方としては標準的な薬のようである。「尿酸生成阻害薬」。
私はよく知らなかったので、てっきり値が下がれば投薬は中止になるものと思っていたのだが、飲み始めてから調べてみると、「10mgから始めて少しずつ増量し、維持量は通常1日1回40mg」という用法だった。つまり一生飲み続けることが想定されているようなのだ。——ショックだった。医者はそうは言わなかった。
この薬の特徴を説明した箇所には次の記述もあった。
「尿酸値が急激に下がり過ぎると痛風発作を誘発する心配がある……」
この薬を使ったことのある医者のコメントのようであった。
そうか、副作用として発作を誘発する危険性があるんだ。それも医者は教えてはくれなかった。
飲み始めて6日目に痛風発作を予告するような軽い痛みを左足親指の付け根に感じたが、2日ほどで消えた。以前から処方されていた別の薬が途切れての通院の際、そのイベントを医者に伝えたが、特段の反応は得られなかった。そういうことが次にあった際にすぐ飲める発作予防薬もあるそうで(その時はその存在を知らなかった)、教えてもらっていれば、今回の発作はあるいは避けられたかもしれない。そう後から思った。
本格的な発作の痛みは「尿酸生成阻害薬」を飲み始めて3週間のタイミングだったが、その3日ほど前から「予告痛」が始まっていた。
痛風発作が起きてしまうと、通院も大変だ。
まず履き物に困る。足は腫れているから、大概は履けない。ゴム長靴でもあれば履けそうだが、我が家にはない(あっても重いゴムが当たってダメかもしれない……)。
私は比較的大きめで紐での調節幅の大きい靴を選んでなんとか押し込んだ。医院で履き替えられるようスリッパも持った。帰りに履く時の小型靴ベラも。
歩くと痛くて体重がかけられない。杖が必要。それでも小幅にしか歩けない。スピードはカメの如し。バス通りの横断歩道も越えなければならない。青になってすぐ渡り始めても向こう岸にたどり着く前に点滅になって焦る。だがスピードは変えられない。
通院も命懸けだ。
苦労してたどり着くと医者は、私のせいと言わんばかりに「食べ物は気をつけていたか?」と問うた。こちらは「薬のせい」と思っているので、怒りの内心をグッと抑えて「気をつけている」と答えた。健康診断もここで受けているので、その問診票を見れば酒は一滴も飲まないし、運動も十分やっていることは分かるはずだが、そんなことは頭に入ってはいないし記録にも留めてはいないのだろう。尋ねもしない。
そして「血液検査をしよう」と言い出した。
……イヤ、ちょっと待て。私の「にわか勉強」によれば、発作中は尿酸値は下がるのが普通なので、検査は発作が収まった後でやるのが常套のはず。
発作を早く収束させる薬はない。
よく水を飲んで尿酸の排出を促し、赤く腫れてるとこには湿布を貼り、小さい保冷剤を載せて冷やし、痛み止めを胃薬と一緒に飲む——完全なる対症療法!
嵐の通過をひたすら待つカードしかないのだ。
激しい痛みは2〜3日だった。夜もろくに眠れない。スリッパも履けず歩行困難。トイレにも裸足でゆっくりぎこちなく急いで向かう。
どうやら医者は「尿酸生成阻害薬」を維持量めざして増量したいらしく、2日後に血液検査の結果を聴きに来いという。「はい」と答えはしたが、まだ発作中なら来たくはない、来れないかもしれない……その言葉も呑み込んだ。
2日目の朝、玄関に座り込んで必死の思いで靴に足をねじ込み、傘を杖代わりにして出発。雨が降ったらどうしようと思ったが、それは出たとこ勝負。(降られずに済んだ)
幸い2日前より痛みはいくらか減っている気がした。それでもカメのペースは変わらない。
開院前のはずだったが医院は混んでいて、しかも訪問診療が急に入ったとかで医者は遅れて到着だと言われた。
まあ仕方ない。待つしかない。
多分6番目くらいで、1時間以上待たされた。高齢者には付き添いもいるので、待合室の人数より順番は早かった。
検査結果を見て、医者は不服そうだった。
尿酸値が半減していたからだ。
「発作中は尿酸値が下がるんじゃなかったでしたっけ?」——私が予習を披露すると、「いや、そんなことはない」と機序を説明し始めた。私は頷きながらも冷たく無視した。
そして「BNP値が異様に高い」と別の項目に話題は移った。
私は「なんでBNPを検査項目に入れたのか」と問いたかった。前回検査の際には項目に入れるかどうか聞かれたので「入れる必要はない」と答えていたからだ。BNPは点数が高いはずだし、心臓には自信があったから、無駄な検査と考えてだった。
だが、不服は言わなかった。今回は聞かれなかったのだから仕方ない。
BNP値は亡くなった父に連れ添って通った病院で心臓医から繰り返し指摘され説明されていた項目なので、「耳タコ」状態だった。心臓の機能の指標でこれが高くなると「心不全」なのだそうだ。父親はそもそも心筋梗塞で入院したので、この指標は重要だった。結局下がることはなかった。
だが私は、トレーニング散歩を週4回以上の筋肉派老人で、階段昇降200段以上もこなしている。それで異状を感じたことはない。医者で測ると高い血圧も自宅では正常範囲内。心臓だけでなく、いわば健康優良高齢者である。
ところが、ここでは初のBNPは心不全レベルの数値で、医者はそれに驚いて見せたのだった。父は歩くのも休み休みで、時々は今にも死にそうになった。
私はそのBNPも無視した。予習はしていなかったが、痛風発作か内服薬のせいで一時的に高くなったに違いないと思ったからだ。*1
私はBNPには触れず、「私としては今回の発作は処方された尿酸生成阻害薬のせいだと思われるので、これを機会にこの薬は止めにしたいと考えている」と言った。反論はなかった。いや、独り言のように「尿酸値が高いのを放置するのはどうも……」と呟いていた。
その尿酸の検査値は今回は正常範囲であるどころか、尿酸生成阻害薬の目標を遥かに下回る値なのだから、「尿酸値が高い」と言える根拠は今はないのだ。
「一度止めた上でしばらくしてからまた検査しましょう。そして、その検査結果を見てまた考えてみましょう」と私は提案した。医者は黙って頷いた。
家に帰ってから薬(腎臓・血流・痛み止め等)を飲んだが、尿酸生成阻害薬も一緒に飲んだおいた。今はまだ発作中なので、急激な変化は望ましくなかろう。この発作が落ち着いてから止めることにしよう。それも徐々に。
インチキな答えを頻発することで有名になっているChat-GPTだが、実はヒトの方もどっこいどっこいなのかもしれない。
結局は自分が頼りの世の中のようだ。
*1 尿酸生成阻害薬「フェブキソスタット」の医薬品添付文書(第4版 2023年)には、「心血管疾患の増悪や新たな発現に注意」との記述はあるが、2020年11月9日にLancet誌掲載の英国Dundee大学スタッフによる非劣性試験の結果によれば、フェブキソスタット(新しい薬)の心血管イベントに対する安全性は、同じく尿酸生成阻害薬アロプリノール(開発が「フェブ〜」より前で比較的安全とされている薬)に劣らなかった、と報告されている。(2020/12/02付日経メディカル誌〜大西淳子・記事 参照) 統計的手法による研究だからあくまでも確率の問題だが、今の時点では「どの薬が怪しい」と根拠をもって推測できているわけではない。
※現在ブログ活動の本拠は「はてなブログ」に置いています。
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