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枝下用水日記

オープン水路からパイプラインへの損益:豊田市からの次世代への教訓(「客観日本」日本語訳)

先日ご紹介した
科学技術振興機構(JST)「客観日本」明渠入地的得与失——丰田市留给后人的教训
http://www.keguanjp.com/kgjp_baike/kgjp_bk_lishi/pt20180530094436.html
2018年05月30日
執筆 欧陽蔚怡 (一社)異文化理解フォーラム代表
写真 豊田土地改良区資料室
編集 客観日本編集部

日本語はないの?の声に応え、日本語版を完成しましたので、ぜひご一読ください。えっ、逵は中国語できるの?の声が湧きそうなので一言申し上げます。私の中国語レベルは大学の第2外国語レベルです(いまはこういう言い方はないでしょうが)。ところが今回は私が日本語で話したことが中国語の記事になっていますので、だいたい内容が理解できているのと、最近の翻訳機はかなりいい仕事をしてくれます。というわけで執筆者の欧陽さんに確認もすませ、なんとか日本語版の公開です。



オープン水路からパイプラインへの損益:豊田市からの次世代への教訓

執筆 欧陽蔚怡 (一社)異文化理解フォーラム代表
翻訳 逵 志保 豊田土地改良区資料室
 
 日本に交流訪問で来ることになった中国職業学校から、日本の農業用水について問い合わせがありました。そこで豊田市の農業用水の管理機構・豊田土地改良区の三浦孝司理事長が『枝下用水史』をくださいました。豊田市の農業用水130年史、それはそのまま豊田市が発展していく歴史を書いているといいます。この本は、明治時代からの膨大な資料を収集・整理し、それだけでなく詳細なフィールドワークを重ね、7年をかけてまとめたものだそうです。一本の用水を通して描く、埋もれた流域環境史です。筆者はこの本に中国が学ぶべき価値ある経験を見出すことを期待して読み始めました。

 実際のところ、豊田市は自動車製造工業を中心とした都市というだけでなく、山林や平野での農業生産が大規模におこなわれ、豊かな産業資源と自然環境を兼ね備えた日本で数少ない都市です。豊田市の中心部には北から南に矢作川が流れ、農業用水・枝下用水がそのそばを流れています。130年前に開削された枝下用水は、現在全長70km、灌漑面積は1,500haを超えます。矢作川の西の高台の地域はもともと水の少ない荒地でしたが、枝下用水のおかげで農地・水田となり、森林は果樹園へと変わりました。枝下用水は豊田市周辺の農村を潤しただけでなく、トヨタ自動車の工場地を捻出する際にも協力してきました。都市は次々と変化していき、矢作川は農業用水だけでなく、生活用水や工業用水としても使われています。

農業の機械化と圃場整備

 1950年代末、日本は高度経済成長期を迎え、挙母市(現在の豊田市)にはトヨタ自動車の量産工場が初めてつくられました。生産の規模拡大に伴い、豊田市と近郊の男性のほとんどが自動車関連の従業員となりました。しかし彼らは先祖が残した土地を捨てようとはしませんでした。そこで農家を続けながらトヨタ自動車で働く兼業農家がうまれました。彼らは農繁期には休暇を取らざるを得ませんでした。そのため農業に係る労働時間を短縮するため、農業の機械化が望まれました。機械を使いやすくするため、圃場整備が並行しておこなわれました。道路を広げ、小さな田は大きくし、規則的に並べました。大型の高性能の農機具を投入することで、農業生産や労働効率は飛躍的に上がりました。豊田市とその周辺地域は、日本で最も早く農業の機械化と圃場整備が進められた地域です。
 高度経済成長期を経て、その後公害問題が起き、また大きな自然災害に見舞われると、枝下用水は大規模な排水システムを備えた改修をおこない、また流域に大きな貯水ダムをつくることで、洪水や排水の対策もできる、干ばつに強い多機能の水保全システムを整えました。

パイプライン化と効率化
 
 1988年、枝下用水は通水100周年を迎えました。豊田市の兼業農家スタイルはいまも続いています。農業用水の近代化・効率化は、農地の所有者だけの願いではなく、土地改良区も時代に遅れることのないよう、農業の姿を変える取り組みに力を入れました。
 矢作川における水資源の開発に伴い、河川の水不足の問題はますます深刻化し、節水は利水者が直面する問題となっています。枝下用水がオープン水路だったころ、土地の高低差に沿ってつくられた水路は水の浪費も多くしました。人々は水路をパイプライン化することで、水が効率良く運べること、必要なときに必要なだけ水が使えることを望み、そうすれば仕事量が多く、事故率も高く、ゴミも入るオープン水路の問題は解決されると考えました。パイプラインにすれば水路に落ちることもなく、水路の管理は楽になります。水量調節が自動化することで用水管理人たちの仕事は大幅に軽減され、作業効率は良くなると考えました。
 パイプライン化には10~20年もの時間と200億円ものお金が必要と予想されました。豊田土地改良区では15年もの時間をかけて、2004年には枝下用水の支線部分のパイプライン化が実現し、伝統的な灌漑方法を大きく変えました。パイプラインになるとこれまであった用水路には、サイクリング道路や東屋がつくられました。パイプライン化によって農家の労働時間は大幅に短縮し、農業の近代化と効率化によって農業用水の水利史に大きな1ページを刻むことができました。

用水が見えなくなって

 70歳を超えた三浦孝司理事長は、パイプラインの建設と管理運営に一生を捧げてきました。若い頃、彼は子どもが水路に落ちて亡くなったときに立ち会ったことがありました。人々の幸せな暮らしのためにあるはずの用水路が、人の命を奪ったことに彼は心を痛めました。枝下用水のパイプライン化は、その若い頃の辛い体験があったからで、彼は積極的にパイプライン化の実現に努めてきました。しかし、15年前にパイプラインが完成したとき、三浦理事長は『枝下用水史』のなかでその寂しい思いを綴っています。
 「昔は百姓に行けば松の下で昼飯を食べてと、そういう文化があった。いまの経済性や利便性からいって圃場整備をやったことによってその文化を壊したことは事実だな。オープン水路の頃の水は暖かかったけれど、地下のパイプラインになって水は冷たくなった。この選択ははたして正しかったのだろうか。私はまだとても困惑している。」
 「用水路の耐用年数は短かく、枝下用水は1960年代半ばから、度々改修をおこなってきた。効率や安全と考えるとパイプラインは必要だった。だが管だって何年持つかわからん。いずれ直さないといけないが、パイプラインは漏水補修をするにも工事費が高い。オープン水路なら補修もそうはかからない。それだけじゃない。枝下用水の流れを見るとほっとするという人がいる。用水路は街中の自然環境の用水(都市用水)としても考えなきゃいけない。現在の理念は環境問題として農業や用水を考えなくてはならない。」
 本ではパイプライン化によって用水と排水は完全に分離し、用水の安全性が評価されています。その一方で田んぼに水が自然に入ってくることがなくなり、自然に癒やされる機会を失い、人為的に管理されることになりました。灌漑の季節ではないときは農地の所有者は蛇口を開けません。こうして農地は長期の乾燥で砂漠化しています。
 
 豊田土地改良区資料室長・逵志保は『枝下用水史』編集の主要メンバーで、彼女は「枝下用水の歴史を学ぶことは、現在と過去との対話のようなものです」と言いました。「枝下用水の歴史を書くということは、ただ何年になにがあったと並べることではありません。私たちは先人たちの知恵とその失敗から、これからの農業用水がどうあるべきかを考えるのです。パイプライン化を選択したのは10年前の考え方で、いま私たちはもう効率だけを考えてはいません。暮らしが水とともにあること、水が見える暮らしが心地よいという生活環境を考えるのです。人々はいまはもうパイプライン化を選ぼうとはしません。枝下用水のオープン水路の幹線の耐震工事がいままさに始まっていますが、オープン水路のまま、今後20年をかけて工事は進みます。これは費用の問題ではありません。住民の意識の変化や生活環境に対する要求の結果です。」
 
 もし『枝下用水史』を読んでいなかったら、筆者は中国に価値ある事例として枝下用水のパイプラインの話を紹介していたかもしれません。『枝下用水史』からは、先進国もまた模索しながら成長しており、曲がったり繰り返したりしながら、止まることなく前に進んでいるのだということがわかります。三浦孝司理事長は筆者に「『枝下用水史』を出版したことで、過去を振りかえることができるようになった。先人たちの枝下用水への貢献に感謝し、私たちの道を反省することになる」と話しました。
 みんなが先進国の効率性に感心し、急いで真似しようと考えているとき、先進国ではそうした考え方には反省すべきことがあると気づき、一部は既に廃止されているかもしれません。
 
 海外への視察訪問は「百聞は一見にしかず」という言葉のとおり、関係者らが直接会って交流することです。彼らの意見や最新のアイデアを理解することができれば、おそらくそれは10年分の本を読んだことに匹敵するのではないでしょうか。
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