着替えようとして、ベルト穴はゆるゆるな事に改めて気づいた、随分前から
新しく買おうと思いながらも、買い物に行くのも面倒に感じて、そのまま使い
続けていたが、ブリックス行きが本格的になってくると、このままでは駄目だ
ろうと思ってしまった。
「先生、ありがとうございます」
治療がすむと若い軍人はマルコーに頭を下げた。
「気をつけて、私は来週には、ここにはいないから」
「ブリックスへ行かれるんですね、ところで先生、珍しいですね」
また、言われてしまったな、これで何度目だろうとマルコーは思った。
「似合わないかね」
とんでもないと首を振る若い軍人は羨ましそうな顔だ、もらい物だよと答えたマルコ
ーだが、それ、限定品ですよねと言われて、えっという顔になった。
クリスマスの限定品、安月給の自分にはなかなか買えませんと言われて、そんな高
い物だったのかと内心驚いた、マルコーは相手の顔を思い出した。
良かったら使ってくれない、数日前、スーパーの紙袋を手渡されたとき、中身を見
てどうしてという顔になったのは無理もない。
本屋のバイトの帰り、自分を待っていたマルコーの姿にラストは驚いた、何かあっ
たのと聞いてもすぐには話そうとはしない、どこか、言いにくそうな感じだ。
「聞きたいことがある、私にくれた、あれ、その」
「もしかして、サスペンダー」
本屋でバイトをしているホムンクルスのラスト、彼女の表情、目がわずかに泳いで
いる。
もしかして男にねだって、いや、貢がせて買ったのか、そうだとしたら、簡単に受
け取ってしまった自分はまずいのではないかと思ってしまう。
安くはないし、深く考えずに受けとってしまったのだ、使ってしまったので返品な
どできるわけがない。
「バレたのね、あー」
肩を竦めた彼女は自分の左手を差し出した、薬指には細いプラチナリングが光って
いる。
「買って貰ったのよ、あなたの助手に」
ますます訳が分からない。
「それね、まあ、お詫びというか、シン国のリン・ヤオという男の子、知ってるでしょ」
マルコーは、以前の誘拐騒ぎの事を思い出した。
「先日、二人でいるときに会ったのよ、実は最近になってシン国の人間が誘拐騒ぎに
関係していたと色々と分かったみたいで、お詫びがしたいと言われてね」
そんな事があったのかとマルコーは、内心、ほっとした、だが、釈然としない部分
もある。
「彼女からプレゼントと言って渡そうとしたら、多分、遠慮したでしょ」
言われて、マルコーは、そうかもしれないなと思ってしまった、これはもう、あり
がたく使わせてもらうしかないだろう。
「何もしなくていいから、もしかして、アクセサリーをとか、駄目よ、絶対」
そう言われて、マルコーは表情をわずかに曇らせた。
「弱いみたいよ、肌」
今一つピンとこない相手の顔を見て、男だから仕方ないかとラストは説明した。
「アクセサリーの金具とかでできものとか、女物の下着でも痒くなったり、かぶれ
たりするっていってたのよ」
ああ、そういえば以前、自分の下着は綿だからイイと言っていたな、ふと思い出し
たのだ。
「歳をとると過敏になるのね、嫌だわ」
「君もかね」
「そうよ、夜中の焼き肉店でのバイトしたら、肌が荒れたわ、でもね、これ欲しか
ったのよね、ありがと、ドクター」
礼を言う相手が違うだろうと思いつつ、マルコーは笑った。
自分は知らないふりをすればいいということか。
「おい、なんで、あんたなんかと」
文句を言いながらも、エンヴィーはクレープを食べるのをやめようとはしない、一
口、もう一口と食べながらついに最後まで食べきってしまった。
ベンチに座って隣の女を、むっとしながら横目で見る。
偶然、街中で出会ってしまい、暇なら付きあいなさいよと言われて荷物持ちだ。
下着、菓子、ウェットティッシュやハンカチ、タオルなど買い込んだ女は遠慮なく
自分に持ってと渡してくる、なんで自分がと思うが、ラストから仲良くしなさいと、
珍しくきつく言われているのだ。
買い物が終わると女は、お礼だと言ってクレープを食べないと言い出した。
「もう一つ食べる、今度は違うのがいい、ブルーベリー、バナナがいいかな」
「いらねえよ」
「遠慮しなくてもいいわよ、弟でしょ」
文句を言おうとすると。
「ラストの弟でしょ、弟は姉の言うことはきくものよ、世間の常識を知らないの」
「おい、でデタラメだ、何だ、それは」
さっきから、腹の立つ事ばっかり言いやがってと思いながらも、自分は女の言うと
おりにしている、荷物を持ってクレープを食べている。
来週にはブリックスに行くから、しばらく会えないわと女が、ぽつりと言った。
「へえっ、じゃ、あんたの顔」
見なくて済むんだと言いかけたエンヴィーだが、何故か頭の中だけで言葉が出てこ
なかった。
「ブリックスって年中、雪らしいのよね」
「ああ、なんだ、もしかして寒いの、苦手とか」
「まあ、ね、ラストのこと好き」
なんだよ急に、変な事を聞くんだなと思っていると。
「自慢できるわよね、美人だし、自慢の姉ですって言えるし」
なんだよ、それは。
「綺麗でもなく、偉くもなかったなって思ったの、今更だけど」
それは独り言のような呟きだった。
「何、これは」
土産だよ、いらないなら俺が貰うと言ってエンヴィーはクレープに手を伸ばした。
「いや、食べるわよ」
スペシャルフルーツサンドとクレープを前にしてミヤと会ってたというエンヴィー
の話を聞いていたラストは話を聞くと微妙な顔つきをした。
「自慢の姉、か、それで何か言ってた」
「いや、別に、なあ、あの女」
言いかけてエンヴィーは黙りこんだ、このとき、自分が何を聞こうとしているのか
わからなかったからだ。