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『禅林句集』3.半合半開 はんごうはんかい

2022年07月25日 | 禅林句集

字句の通り、半分は合わさっているが半分は開いている、非常に中途半端な状態を表す言葉です。「中途半端」は、決して褒められたものでないし気分だって良いはずないでしょう。『禅林句集』には「解ったようで解らぬ。あちらか、こちらか」とあります。そんな妙な言葉が、なぜ、禅の言葉なのでしょう。

しかし、何についても100%完璧なことがあるのでしょうか。「私はよく知っている」と自分で思っても、本当に100%わかっているのでしょうか。そのようにとらえると、何か糸口が見えてきそうです。

突然ですが、「ダニング=クルーガー効果」を聞いたことがありませんか。(注1)アメリカの研究者デイヴィッド・ダニングとジャスティン・クルーガーによる研究で、2000年にはなんとイグ・ノーベル賞心理学賞を受賞しました。

この研究を元にしたグラフの曲線(注2)がとても興味深いのです。ものごとの理解、能力の程度について、人が主観的に抱く印象を横軸は能力の高さ、縦軸には主観的な自信の程度をとって曲線で表しています。人が何かものごとを習得しようとするとき、初心者、あまり能力の高くない人はちょっと取り組んだだけで、自信がゼロからいきなり急上昇して頂点に達するというのです。しかし、中級者、ある程度能力が付いた人は、一度ピークに達すると自分の能力不足に気がついて「自分は何もできない、何も知らない」と、急に自信をなくし、グラフの線はいきなり右下がりになってどん底に至る。まるで天国から地獄に落ちたかのような変化です。その後、地獄から這い出すように修練を積んでいくと、人はやがて自分の能力を客観的に見ることができるようになって自信を回復させ、グラフの線は緩やかに右肩上がりになります。

子どもの頃の勉強や習い事、あるいは専門的な仕事を始めた頃を振り返ると思い当たるかもしれません。初心者は易しい基礎的なことを多く学んで「よし、わかった!できた!」と自信を抱きます。できることが増えてくると「自分は完璧だ!」と全能感さえ持ちます。しかし、さらに勉強や練習、さまざまな仕事を続けると、少しずつ難しい課題に出くわし、わからないことやできないことが増えてきます。それまでの調子の良さはどこかに行って絶望的な気持ちになります。習い事でも仕事でも諦めたくなるのがこの時期です。しかし、めげずに努力して研鑽を積むと、少しずつ、再度自信を持ちはじめます。この自信は初心者が持つ全能感ではなく、あくまでも自分に不足している力と体得した力を客観的に正しく認識した上での本物の自信です。

真剣に勉強をした人は、「勉強はすればするほどわからなくなる」と言います。それは、初心者が言う「わからない」とは全く異なる「わからない」です。わかるところとわからないところを区別した上で未知の世界に挑み、奥深さを知った上で「わからない」と表現するからです。誰であっても、何であれ深く理解し、体得する過程で必ず感じることでしょう。私はこの状態こそが「半合半開」ではないかと思います。

現代社会は、何かとクリアカットに白黒をはっきりさせることを良しとしますが、それは初心者が陥る全能感や中級者が持つ絶望だったりしないかと思います。しかし、「半合半開」という言葉が教えてくれるのは、次なる修練の過程、自分のわかること、納得できること、わからないこと、納得できないことを認識しながら、絶えず研鑽を積んで高みを目指す長い歩みではないでしょうか。いみじくもダニング=クルーガー曲線のこの部分には、“Slope of Enlightenment”(啓蒙の坂)、“Plateau of Sustainability”(持続の台地)という名称が与えられています。私は、これは、仏教が、禅が遠い昔から教えてくれる「半合半開」にぴったりではないかと思うに至りました。

上記は単なる私の個人的な思いつきに過ぎません。しかし、難解な『碧巌録(へきがんろく)』の「半合半開」という奇妙とも言える言葉が、まさかイグ・ノーベル賞につながるとは、初めてこの言葉に出会ったときは思いもしませんでした。(だから、禅の言葉は面白い。)

 

参考文献等   出典 碧巌録第十八巻

『訓註禅林句集(改訂版)』柴山全慶輯 書林其中堂 

『分類総覧禅語の味わい方』西部文浄著 淡交社

(注1)フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』ダニンク=クルーガー効果

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%83%8B%E3%83%B3%E3%82%B0%EF%BC%9D%E3%82%AF%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%AC%E3%83%BC%E5%8A%B9%E6%9E%9C

(注2)Wikimedia Commons File:Dunning–Kruger Effect 01.svg

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Dunning%E2%80%93Kruger_Effect_01.svg 

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