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いちよう:二千和会だより

 会報「いちよう」を通して、人生がさらに豊かに広がるよう「今も青春!」の心がけで楽しく交流しながら散策しましょう。

おや~ 珍種の三種

2009年09月16日 | SO-Color

 駐車場でバックしていました。ミラーに映った白い花…随分豪華な感じで、思わず確かめてみなければとカメラを持って降りました。
 

 葉っぱは高砂百合です。珍種かしら?
 花びらをそっと確かめたら、双子ですよ!
 ドクちゃんとベト(?名前はおぼろですが…)ちゃんみたいに、どこか、あるところでくっついているようでした。どうしたのでしょう…本当に…!!??

 
 普通の高砂百合ならこうですもの!
 横から見てみましょう。角度を変えてもう一枚。そして普通の姿も横からの映像です。

 
  

  花びらが落ちて雌蕊がはっきり姿を現しました。ちょうど5日後の9月10日です。
 一本だけの雌蕊のはずが二本も、そして子房が二つ太くなっているのが見えます。
 


 真横から見てみました。
 念入りと言えるかも知れないけれど、しつこいかしら?
 すみません

 

 

 植物の中ではよくこんなことがあります。例えば大根の姿が色っぽい女の人の足を想像させるような物も見た記憶があります。三叉になっていたり、それ以上に分かれたような大根も、しばしば見かけることがあります。
 そういう珍種は、農家の方ならお稲荷さんとか馬頭観世音さまにお供えして、豊年を祈ったようですね。

 裏をかえして言えば、少し気味悪さもあるのだと、思えます。
 食用にはしませんもの!勿体ないですが、神様に (あら!神様、失礼ですよね。お許しください。)お供えして、その気味悪さも何とか解消させているのではないでしょうか?
 間違っている見方かもしれませんが…???

 昨日(15日)の読売新聞にも、茄子の珍種の写真が載っていましたよ!読者投稿ページですが。
 茄子のヘタ近くに突起が二本でていました。珍しいですよね。


       
  友達の写真ですが、保田の水仙ロードを訪れた時に、その友達が感心して見ていたら、地元の方が「よかったら持って行きなさいよ。」と下さった珍しい形の大根。
 これは、作ろうとしても二度と出来ないでしょうね。
 自然が作った妙に色っぽい大根でした。
 

 3年前の2月ごろのことです。パソコンに保存していた中から、探し出しました。
   (撮影者はOchiaiさんです。)


100まで生きたらいいだろな…

2009年09月14日 | SO-Color

 保育園でお世話になっている孫のひとりから、ご招待を受けた。
「敬老会」なのだ。娘はいつも傍でお世話になっているお姑さんKesayoさんに毎年出席をお願いしていたが、「今回は保育園での最後の機会だから遠いけれどお母さん、出られますか」と尋ねて来た。「ではお願い! 行きますよ」と返事を出した。
       
 前日の晩から孫の家に出向いた。小学校3年生のお兄ちゃんMiraiくんが熱を出してその10日は学校から早退していて、大きなマスクで迎えられた。
 ここの小学校では、6年生の1学級で、2人の新型インフルエンザ・ウイルスが検出され、学級閉鎖をしているという。
 3年生 Mirai くんも風邪気味で、37.7℃あったので、学校を早退していたのだ。
 
 今年は最後の「敬老会」と、私も呼んでくれた年下の孫Karenちゃんはピンシャンしていた。
 お兄ちゃんも結構元気で、頭が痛いとは言っていたが、翌日の午後は36.6℃で平熱となって、ホッとした。

 さて、保育園で催してくれる敬老会、当日の11日だ。

 
 講堂(普段はお昼寝室にもなる)には、敬老席と園児席、舞台も用意されていた。
 
 最初は園長先生のお話。そして年長さんが敬老会のメインの歌を披露してくれた。

♪ 100まで生きたら良いのだろうな

   大きなケーキにロウソクを

   100本立てて食べるんだ

   どんどん大きくなるからね

   そのうち必ず追いつくよ

   おじいちゃんもおばあちゃんも

   元気で待っていてね ♪

  
 0歳児から1歳児のクラス。あどけない表情で、司会の保母さんは「キラキラと手のひらを歌に合わせて動かせるようになった…」と、まだ哺乳瓶を離せない子もいる幼児たちに眼をやりながら話した。
 かわいい……。みんなこんな時代の子たちを育ててきた、お祖父さんお祖母さんは、思わず頬笑みを持って一様に慈愛の目をむけた。
 
  
  ピアノが鳴っても、キョトンとしている子がいたり、それなりに振りをつけて踊ったり、自分のシャツの裾を口に持っていってお腹を見せてしまったり…。 
 何をしても可愛い。保母さんもここまでするのに苦労が多かったろうと思ったりしてしまう。可愛いからなんでもしてあげてしまうことも判るなぁ~。
  
 年老いた私の母は子どもが大好きだ。子どもが見舞いに来ると、それだけでご機嫌になる母だが、私の気持ちもだんだん年老いてきているなぁ~。
 子どもを見れば元気な若いころの「お母さん時代」に簡単に帰ってしまえる自分を発見して嬉しかった。

   
       
 合唱(斉唱)があり、打楽器を持って歌い、それに合わせて手拍子もして、お祭り姿の踊りを見させてもらった…このひととき。
 年長になれば、来年は小学校というわけで、もう立派になんでもできるようになったと、子の成長を見ては拍手を送る。
 Karenは、「パパとママの両方のお祖母ちゃんがくるのよ」と、友達に話しては楽しみに今日の日を待っていてくれたという。

       
 子どもたちの可愛い演技を見せてもらったお礼に、お祖父さん、お祖母さんが隠し芸のご披露。
 お一人は腹話術で、お一人は“孫”という曲で踊りを見せてくださった。
 「昨年は盆踊りのように、多数の方が舞台に上がってぶっつけ本番で踊ったのよ」と、Kesayoさんが教えて下さる。
 Kesayoさんも、なんでもなさるが、「大正琴など出し物としては良かったわね…」と、その準備をして来なかったのが、ちょっぴり心残りのようだった。

 「そう言えばね、Karenのママは、昨年の春(謝恩会かな?)に保母さんの誰もがピアノの弾き手にお願いできず、ピアノを弾いたのよ」と、Kesayoさんが自慢するような感じで教えてくださった。


 

 園児と同じ献立のお弁当を戴く。保育園の調理師さんが、老人にも合うものをと、腕を奮って下さった。

 屏風折りの箸置き、色紙の張り付け箸袋、折り紙のコースター、版押しの名札立て、そしてお魚の目を描いたランチョンマットなど、みんな園児の手作りで、これら作品はお持ち帰り下さいとの案内があった。

 格別に美味しいお弁当だった。

 


ちょっと上野まで

2009年09月10日 | SO-Color

 
 第94回の院展が始まった。早速観賞に行った。
 院展は日本画の、特に絵を、大学で学んだ方々の展示会だと、私の知る限りで受け取っている。中にはそうでない方も居るかもしれないのだが、多くは画家と呼ばれながらも大学で教鞭をとられている方が「同人」と称し、この流れを動かして居られる。

 
 
 東京芸大の学長を務められた平山郁夫の『文明の十字路を往く』と題した作品と、向こうは福王寺一彦の作品。父親の法林(同人)に師事されている。(第2室)

  

 月曜日の午前中から午後2時ごろまで、ゆっくり、とっぷりと日本画に浸かることができて、満足である。
 
 …と、言ってもお腹が空いた。
  都美術館に行く道筋で、大体目星をつけておいた「音 音 (おとおと)」で、お昼ご飯を摂った。

 

 
 上野バンブーガーデン店。 
 「3時でお昼のオーダーを閉めますが…」とのことを、承知して「ひとり…」でと言うと、外を眺められる特等席に案内された。私のお気に入りになりそうな…。
 香潤鶏の親子丼に、食後コーヒーか紅茶が付いている。カウンター席に新書版の読みかけ、岸田秀の「不惑の雑考」を置いて、外を眺めながら遅昼飯を摂った。 

 日本画観賞で満足の上、お腹も満腹となり、とても良い時間を娘からプレゼントされ帰路についた。あ~、満足(腹)よゥ~!


 


無いこと不思議? (カーナビ)

2009年09月08日 | SO-Color

 私はこの地に久しぶりに住むことになって久しい。しかし道路も昔とは変わり、自分で運転もしてなかったし走ろうとする道路を殆ど知らない。
 それでも、ナビゲーションは無いが、昔の友達を訪ねたり、母のショートステイ先を選択するため市内のあちらこちらの施設を探したりした。それこそ前の晩、地図帳とにらめっこして、信号を幾つ超えれば右に…さらに左に…と、ポイントを書いておいて、その予習に従って動いていた。パソコンにも親しんでは居なかった少し前のことであったのだが。
 母が何度か入院したのだが、ここから結構遠い市外の病院の場合もあった。毎日、今日は東からとか、西から行ってみようかとか、探検や冒険や発見を狙って動いては、母の見舞いをした。
 「ナビ」が無いため、目的地には間違って遠くに進んでしまっても、結構時間がかかりながらも、何とか行くことは出来たものだ。
 
 それが、今回は、いつもご厄介になっているNissan-アプリーテのダイレクトメールによると、一番簡単な物で3万円足らずのところでナビが手に入りそう…。
 いいチャンスだからお願いすることにした。ポータブル製品で取り付けも自分ですれば出来るだろうけれど、ディーラーさんにお願いすることにして、1時間の待機が必要となった。そこで、持参の本や週刊誌を読み、テレビに眼をやって、コーヒーをセルフサービスで飲みながら、待つことにした。

 

 下に示すように、チャッチイ、おもちゃみたいなナビゲーション。もう少し資金を掛けるべきだったか?…なんて、チラッと思いはしたものの、知ってる道を走るのが殆どのことなので、「これでいいのだ!」と思いなおした。
 次女の配偶者も「おかあさん、これが結構人気があるんですよ。」と勧めてもくれたんだし、自信を持たなくてはね、と。 

 

  
 いつも親切に対応してくれるOhdateさんに、写真を撮っていいかと許可をもらったので、このブログのアドレスをそっとお教えした。
 Ohdateさんや、女性の事務の方も、とても親切な方で安心して寄りかかってもいるし、いつも、お世話になっていて少々の無理も聞いてもらったりしている。

  さあ、これからはおゆみ野の旧友を訪ねて行く「お芋掘り」にも、余計なところに迷い込まなくて行けるに違いない。また別の友達の家には、よく迷ってしまい何とか辿り着くが、迷うところは過去にも迷っているところである。“ここは迷うよ”とインプットしてしまうと、不思議なことに、大抵次の機会にも迷う。
 こんな記憶を大概の皆さんも経験しているらしいのである。 だから非科学的なことが通っていた昔は、“狐に化かされた”なんて言うのであった。


自然の中で

2009年09月04日 | SO-Color


 人間もまた、自然のなかで生かされているという思いを、改めて感じていた。

 こうして故人となった方を見送るとさらに…深く思う。

 東本願寺の浄土真宗は、生きている時から、「南無阿弥陀仏」を唱えれば、仏の道に入れる…という。

 死は穢れたものではないから、お清めの塩は必要ないと。そして、一般的には、お葬式は“友引”を避けるのにその概念は無いと言う。

 仏教でも宗派により考え方が少しずつ変わる。信仰の道にすがって生きてはいない私も、送られる時はなにかしらの宗派により、こうして送られるのだろう。私は多分家でお願している天台宗に頼っていくのだろうと思う。
 今は普通の範囲のなかで習慣的に流されての仏事を執り行っているだけなのだ。
 私は熱心な信者とは言い難いけれど…。親を敬い先祖を尊ぶ精神の上に立っているのみで、仏事を人並みに行っている状態に居る。

 久しぶりに大阪へ行った。叔父はもう20年前に若くして亡くなった。叔父は、東京での大学生時代に下宿先のご主人に、人柄が気に入られて、大阪にいる姪御さんとのご縁を引き合わせて下さった。
 叔父たちが新婚の頃に私は高校生。修学旅行は関西だったが、その京都まで、二人仲良くお揃いで私が泊まっている宿まで面会に来てくれた。“琥珀”という喫茶店でしばしおしゃべり…という時を持ったことがあった。その時に、
「養子はつらいよ。遠慮している毎日だ。」なんて、冗談を言っていた。それを聞きながら「Takeoさんたら…」と、Chikakoさんもキラキラ輝きながら、嬉しそうだった。
 この度はその故Chikakoさんの葬儀参列のための来阪だった。

 また別の時に、叔父は「東京はどこまで行っても都会が続いていて、鄙びた風景にはならないけれど、大阪はちょっと走っていくともう家もまばら。まだまだ田舎都市だね。」と言っていた。しかし、今は新幹線、環状線からの風景を眺めると、(名古屋よりも、大分都会だなぁ)と当たり前だけれど、そんな印象を持ちつ、故人を偲んでいた。
 なお、夫関係は神奈川や東京。それぞれ、お通夜、告別式に久しぶりに親族が集まった。こちらは遠いところからは北海道で、夫の弟夫婦がいる。あまり間を置かず二人の葬儀参列ではあったが、夫婦揃ってお顔を見せた。私の家族は夫婦、娘たち、息子と孫たちが申し合わせたようにみんな揃った。
 故人を偲ぶための後の会食(御とき)では、我が夫の、故人を偲ぶ畏まったスピーチを聞いて、また夫の優しい心に新たに触れた思いであった。 


台風と選挙

2009年08月30日 | SO-Color

   
 台風が近づいています。今日は選挙です。
 
 選挙というと、私が住んでいた地区の区役所に区の選挙対策本部が敷かれ、そこからいつも臨時職員の依頼が参りました。
 選挙人名簿と個々のはがきと、ご本人かの確認のために誕生日をお尋ねして照合印を押す仕事です。
 私は小学校PTAの母親代表と副会長を兼ねて任務したことも関係していたのか、その依頼があって後、母の介護に入る前までずっと選挙の度にお引受けしてお手伝い致しておりました。
 俳優の竹下景子さんのお父上・端正な紳士が、私たちの学区に住んでおられましたから、日頃はお会いしなくてもそんな時は、さりげなくお顔やお姿を確認できました。
 学区の中でも地区別にしますから、受け持ったところがたまたま合った訳です。大和田伸也・獏兄弟や、音無美紀子の実家も同じ学区やすぐ隣の学区にありましたっけ。そうそう、ザ・ピーナッツの立派な茶色のレンガ造りのご実家も近くで、それぞれ片道10分程度で到着出来るくらいの散歩圏内でした。

 
        (これらの写真は、話題の住まい付近とは関係ありません。)

 他に投票箱の前に、町内会長(区政協力委員長)、その他町内役員さんなど男性たちが7,8人椅子に腰かけてズラリ並んでいました。投票する皆さんを何気なく監視している訳ですが、私の夫もその一群の一人として、今日も一日中頑張ってくれているはずです。

 早朝から8時きっちりまでその仕事をして、投票箱を厳重監視付きで本部に運ぶ方々と、そのほかの役の人は会場であった小学校の一部屋を現状に戻すまでの後片づけをして帰りました。

 

 今日は私は不在者投票もせず棄権してしまいました。

 台風が近づいています。たった今大阪の叔母が命を引き取ったという知らせがありました。この夏は…身内の者が次々に亡くなりまして、なんと3人目です。夫関係の方の義弟(7月20日)、義姉(8月3日)、そして私の仲良しだった叔父の妻(8月30日)。
 先の会報36号を纏めながら、こんな時もあるんだ…と頭を低くして、そうっと身動きも出来ないくらい静かにおとなしくしていました。気が紛れると思い、ただひたすら会報のみを纏めて居た…という感じでした。
 傍目には《それでも活動していたじゃないの…》と見えたかも知れませんが、自身は心の奥底でその打撃を受け止めて実は耐えていたのです。

 

 上の小さいサイズの写真「蘇鉄」は、また、頭の上に花の蕾を持ちました。私の記憶ですと、数年かまたは数十年に一度花が咲き、咲くとその木は枯れてしまうと思っていました。
 この花の準備に気づいたのは、2,3か月前で、それが徐々に大きくなっています。

 次はインターネットからです。
 ソテツ(蘇鉄) は、樹高2~4mの半耐寒性常緑低木で雌雄異株の裸子植物です。

 幹は古くなった葉を落としながらどんどん伸びて茎先に羽のような大きな葉を輪生状につけます。花期は6~9月で雄花は縦に伸びた花長50~70cmの細長い1本の円柱の形をしています。雌花は山伏茸を大きくしたような白い球状をしています。9月下旬頃に赤い実がなります。

 全草が有毒で特に種子部分を大量に食べると吐気や痙攣を起こすといわれます。公園などに植えられています。

 これによると枯れないらしい。けれどこの庭でもっと大きかった株が花と実をつけた後、元気がなくなり枯れて無くなってしまいました。他の条件で枯れたのでしょうか。

 今年の異常気象が、生き物の生き方を変えていくのかも知れません。不安を感じるこの頃ですが、この選挙によって、今より生きやすい社会になって行くようにと祈らずにはいられません。


自然界の出来ごと

2009年08月28日 | SO-Color

  春または初夏に咲く梅花ウツギのふっくらした白い花が春よりも小ぶりでたった一輪ですが、炎天の下、咲きました。完全に狂い咲きです。

 

 左は咲きだしたことに気づいて、朝の時間に撮りました。右は昼過ぎに撮ったものです。花びらが大きく開いています。

 良く見ると、青い、か細い蜘蛛が見え隠れしています。

  
                             
 その24時間後、母の昼食介護が済んで、玄関に咲いている
梅花ウツギの方に眼を移しました。
すると…昨日の青い蜘蛛は獲物を捕まえたようで、
口元にもう死んだ小バエをくわえておりました。

 お互いに知恵を使いながら生きているのですね。生存競争が、生き物の食うか食われるかだけではなく、人間は、理性や愛情などの感情や教養のお陰で、感情むき出しのままの惨ささえ感じられる自然界域から比べ、優しさの情景が観てとれる現状を見廻して、ほっとしていることを感じました。

 昨晩、ご機嫌で家に帰りました。
 日頃から言いたい事を言い、言われ、家族的なよい仲間たちと、少し時期的には遅いかな?と思われる「暑気払い」とやら銘打って、有志11人が集まりました。そして飲めるようになったビールと、サワーで心地よく酔って来たところでした。

 さて、夜具を整えて、寝ようかと押入れの扉を開けました。何か近くで動くものの気配……や~だ! 10センチ足らずのあまり見かけない姿。
 やはり、これから寝ようかと思っている部屋で、相手をよく知らない生き物と同室するのは、拒否したいところです。
  
 いっぺんに酔いも覚めました。
 画像検索してみましたら、やはりヤモリで間違いなさそうです。そして、家で見つけたら縁起がよいらしい。
 でも、でも…。どうして?

 ちょくちょく見かけていたなら、同居人として認めてあげても良いけれどね。。 (T_T) 
 やっぱり気持ち悪い。暗闇にして寝ると、私に近寄って来るといけないからと、一晩中灯りをつけっぱなしで寝ました。
 お陰で、今朝は早く起きましたが、早すぎたともう一度寝なおしたり、起き出したり、また寝たくなったり…。お布団をあげる時は、もう朝の涼しさから暑くなり出したような時間となっていました。

 すみません。ヤモリ(屋守・守宮)の画像を、デジカメで冷静に撮影したものの、最初は載せましたが余りにも気持ち悪くて、編集し直すことにしました。あしからず。
 見たい人は申し出て下さい。またはグーグル画像検索で観てください。

 


クリーンスパ ICHIKAWA

2009年08月26日 | SO-Color

  お母さん泳ぎに行きましょう!…と娘たちに誘われて、プールがある施設に遊びに行きました。

 以下プールでは、カメラは持ち込むことを遠慮しましたので、インターネットの画像を、お借りしました。

 
  
 

 孫は12歳から6歳まで、4人。一番小さいKarenちゃんも、水を怖がらずに、お兄ちゃんやお姉ちゃんたちに保護されながらも武者ぶるいするようなつもりでついて遊びます。誰に似たのでしょう。頼もしい限りです。
 小さいKarenは子供用プールに入らずレジャープールで、足が届かないのに犬かきのような泳ぎ…パパに上手に教えてもらったから浮くことを覚えたところだそうです。
 競泳用のスイミングプールでは、6歳の子を除いては小学生や中学生なので25メートルは一気に泳ぎます。



 海岸沿いのこの場所は、昔は海水浴場でもあったのでこの辺りも賑わった所です。太陽の下で一日泳ぐと、皮膚は真っ赤に焼けて背中や腕、日頃太陽に当たっていない太腿など火照って軽いやけど状態になります。触ると痛くて、着ている布さえも痛くて哀しいほど…翌日は少し落ち着くのだけれど皮膚は火ぶくれのようになり小さな水泡を作ります。やがて3,4日すると皮膚の下にあった水もなくなり、今度は面白いほどに、皮が剥けて来るのです。まるで、よく熟れた桃の皮を手で剥くように、姉妹で背中の皮など少しずつ剥いたりしましたっけ。
 そんな思い出もあった夏。ここは室内だから陽に焼ける心配も無いので、じっくり2時間プールにいました。もちろん50分間経つと、ホイッスルが鳴ってみんな水を上がります。10分休憩してから、また元気に泳ぐのです。おじいさんもおばあさんも、お母さんもお父さんも、そしてお姉さんもお兄さんも…みんな仲良く遊泳です。 もちろん、幼稚園児も小学生も中学生も。

 ここで気に入ったのは、レジャープール。子供たちが水の中で遊んでいる傍に、ジャグジーの場所があります。かなり強い水流が吹き出ている囲いのところで、大人はお腹や背中、脹脛に水流を当てている間、周りで遊んでいる子供たちを目で追いつつ、それとなく見守ってあげています。子供は、キャッキャッと喜んで遊んでいられて、この設計はかなり上出来と、感心しました。
 Karenちゃんに、私のゴーグルを子供の顔に合う大きさにゴムベルトをつめて使ってもらいました。青い眼鏡に濃いピンクのベルトが色白のKarenちゃんに良く似合います。彼女も大変気に入っている様子でしたから、プレゼントしてしまいました。
 そしてその後は館内のお休み処で食事となりました。ここは焼却場の余熱を利用した温泉も楽しめます。

  
 この日は大気が不安定でした。食事を済ませて外に出ると、道路が濡れていました。にわか雨が激しく降ったようでした。

 
 その後は、子供たちが曲にうまく乗って楽しむカラオケにいきました。今の子たちはなんて音感が良いのだろうと感心します。また昔話ですが自分自身も子供時代はもっとリズムに乗れて調子よく歌えたのに…と、年を取ったことを自覚しもどかしく思いました。
 いつも「恋するニワトリ」をリクエストしてくれますが、私が乗りきれていない部分を孫たちは、合唱してカバーしてくれます。それが、実はうれしいのです。みんなで歌うと、とても素敵なハーモニーなのです。

  
 娘たち久しぶりにピンクレディーになって「UFO」を、振りもなんとなくつけて歌っていました。親の私は歌えないけれどこの歌は懐かしく聞きました。孫はアニメの主題歌(崖の上のポニョ・ドラゴンボール・・・)や、おませな歌詞の歌を選曲(例えば嵐の『One Love』はお得意)。しかし、こんな幼い子がちょっと大人びた歌詞を歌うのも、おやっ?と、驚かせながら、やがて聴き惚れる可愛さがあるのです。リズムが良いので軽やかに、透き通るような澄んだ歌声でなかなか良いと思います。私も歌ってみたいけれど、その真似を試みることさえ、無理なことですね。
 ワンテンポ遅れたりリズムが取れない、太い声音、時々リズムを忘れ自分で作曲してしまう…最悪なカラオケ・イスト(?)です。


今日もまた

2009年08月23日 | SO-Color

 蝉が残りわずかな暑さを謳歌しています。

 
 百日紅も満開です。
 今年は鋏をいれる庭の手入れが、時期的にずれたため、他の百日紅よりうちのは遅いようです。

 
 ミソハギ。
 デジタルマクロで焦点を合わせたつもりですが、ピントが合っているのはどの小花? 下の右向こうの花のようですね。失敗ですが、夏のお花ですので顔見世です。

  
 夏の暑さで写真がうまく写せません。デジタルマクロで撮るともっと素敵に撮れると思って挑戦するのですが、こちらの思い描くほどは巧く表わせません。もう少し研究しなくては…と思いました。
  
 秋海棠。 ベゴニアより草丈が高くて一枝切り花にして飾ると意外に風情があります。

 あ~、やっぱりもう少し研究しなくては!
 以前思いのほか巧く撮れた、雨に濡れた“侘び助”(←クリック)の花のようには、なかなか撮れない!
 あれはマグレで、撮れたのかなぁ? それとも、最近カメラが狂ってきたのかなぁ?

 


二重の虹 (メール通信から)

2009年08月21日 | SO-Color

 古くからの友だちAkikoさんから、久しぶりにメール通信がありました。ここしばらくお会いしていない…そう言えば、Tosikoさんともご一緒に会いましたね。名古屋中区栄の感じのいい喫茶店で交友を温め合ったのは何年前でしたっけ?!
 こちらでの切羽詰まった用事に流されて、名古屋には行っても“とんぼ返り”の、余裕のない時間を過してきています。
 そんな日常にポッと温かさの写真メールでした。
 
 8月7日の夕方6時に見事な虹が架かったとのこと。 蓼科高原でのことで、珍しい二重の虹!

 そう言えば、昨年同級生のグループ8人で北海道に行った時、やはり二重に見えた虹に出会うことがありました。
  
 知床半島を遊覧船で突端まで就航するコースをとって、その戻る時でした。お天気の変わりやすい時間帯でした。晴れていたと思っていたのに、降ったり、そしてまたやんだりの霧雨状態の雨に見舞われて……。その時、時間差で何度も別の虹を見る機会がありましたっけ。左の虹の写真は上の部分に二本目の虹がありました。写真ではうまく捉えていませんでしたが、そう言われれば、微かに見えるでしょう?

  
 彼女はとても優雅に行動していらっしゃる。この車は御主人の?

 Akikoさんは黒のフォルクスワーゲンでしたものね。よもぎ台の我が家から歩いて5~6分くらいの場所に、輸入雑貨や新鮮な食品を求められるマーケットがありました。そのお店を利用するためついでに我が家の前に車を止められて、私をお誘い下さったことがちょいちょいありましたね。ある時は貴女の車に乗せて戴いて香嵐渓に行ったりもしましたっけ。
 このところ、パソコンを替えたついでにアドレスも替えて、忙しさに紛れて新しいアドレスを知らせなかったことに気づいて慌てましたこと…ありました<(_ _)>。。。

 
 日本なのにどこか異国情緒が漂う雰囲気のホテル。
 蓼科の……詳しいことを知らないけれど、もし行けるような気持ちのゆとりが出来たら、彼女に教えてもらって行ってみようかな?…なんていう気にさせる清々した広々感のあるところです。
 この暑い最中、きっと涼しいことでしょう。

 

 

 日本のアルプス、日本のスイス…なんとも涼しげな雰囲気です。