三陸海岸

疲れた。医師はうつ病と。定年前に退職し、海辺に終の棲家を建て、不登校生や出社拒否の青少年と東山画伯の道の絵の碑に通った。

東山画伯ー24 

2009-08-30 03:14:07 | Weblog


   作品は人間が創るもの 人間とは魂または精神を指す 
  それ故に「道の絵」は東山の精神または魂の象徴である
 
   そのうちに暁光のささやきが聴こえてくるだろう 
  きっと川端康成氏からの伝言が乗ってくる……と 思っている
  それは 日本国再建の礎となるにちがいない
 


   東山の魂は 極楽界のその上に居られ 人類の精神活動の浄化をめざし
  太陽のエネルギーを地球上に流しているにちがいない
 
   東山画伯は宗教家ではない 教育者でもない 
  東山魁夷画伯の生き様を拝見していると 
  人間生活のお手本である 大往生の見本でもある……と気付く人がいる

   いや 死後も人類の安心と平和を祈念している……と 思えてならない
  もしかしたら 生きたままで神さまの領域世界にに入られた人格者かもしれない

  わが国の社会現象は
  連続して十三年 三万人を超える自殺者
  親が子を虐待し 殺し それが子が親を虐待し殺し 秋葉原の無差別殺人事件
  こんな世相になってしまった

   わが御師の教え(再掲)
  *オリンピックは参加すること……に意義がある
   人生は生きること……に意義がある
  *勝った負けたよりは 如何に戦ったか……に価値がある
   人生は地位名誉財産を得たよりは 如何に人格の完成に努力したか……に
   価値がある

  メディアがメダル何個……と オリンピックの意義も価値も狂わせている
  学校は法の定める教育の目的を無視し 成績の向上ばかりを図っている
 

   これが法治国家の わが国の現状である

   わが国は法治国家であるはず 学校教育だけでも法を遵守されないものか 
   大和民族が滅亡に向って驀進している……のではないか 
   恐怖を覚える 教育は国家の盛衰を担っている……のに  






東山画伯-23 

2009-08-29 03:09:36 | Weblog


   小さい小さい太陽の貌が 顕(あらわ)れた



   やがて大きな太陽となる 
  必ず 君たちも輝くときがくる

 ニートの生徒を抱えている保護者の方へ
   精神が退行状態となると 
  外見的にはただぼんやりとしているだけであったり
  幼児的なばかげた行動をしたり
  ぶらぶらしたり いらいらした気分に襲われたりする

   しかし 無意識内においては仕事が行われていて
  利己心のそれまでのはたらきと無意識のはたらきが統合され
  定立と反定立を超えた統合的なシンボルが顕現される

   それは創造的な内容をもち
  それに伴われて心的エネルギーが進行を開始し
  新たなエネルギーを得て活動することになる

   新しい発見や発明が行われるとき
  このような退行現象が生ずることは
  多くの実例が示しているとおりである

   芸術家は作品を生みだすためには
  外見的にはまったく非建設的とみえる行動に
  身をまかせている期間を どうしても必要とする

   無意識内に存在する創造性に注目し
  退行現象が常に病的なものとは限らず
  創造的な側面をもつことを指摘したのはユングの功績である
  (河合隼雄著無意識の構造 中央公論)

   ぼくの個人的な指導者(八戸 心の窓主宰 坂本悦雄氏)が 
  温かい目でジッと見守って……と いっていたことを理解できた

   ぼくは温かい目でジッと見守って……に
  「心のなかで 子どもを慰安し」と補足するようにしている
 
   最近 親の犠牲となっている青少年が増えている
  彼らの親には「心の中で 子どもに詫びながら……」
  を付け加えるように話をしている

   また 朝晩 仏壇に向かい「般若心経」を唱えることを勧め
  次に回向(えこう)文を唱えるように話している

   最後に大きな声をだして「引きこもりのわが子(できれば名前で呼び)
  にも仏性が潜んでいる 本来のわが子は仏の子である
  迷わせたのは親である自分だ 親の不徳だ
  幾重にもお詫びします
 
   私にも仏性が潜んでいます
  本来の私は仏です 仏の子です どうぞお導きください」と祈り
  こういう信念で生活しなさい……と話をしている



   多くの人は罪を背負っている 咎を享けている……のではないか
  教育の目的 人格の完成をめざし……
   これは自我を鎮め 本来の自分・善なる自分(自分の心の底に潜んでいる・仏   性・神性)を引き出し 浄土へ導くことではないか

秋暁や感謝かんしゃの日を重ね




東山画伯ー22 

2009-08-28 03:06:40 | Weblog
新宮殿の「朝明けの潮」


   荒磯に波が打ち寄せる
  白い泡模様が浮かびたゆたう
  浪は退き また 打ち寄せる
  この天と地の永劫の鼓動



   日本は海洋の国
  海に浮かぶ日本
  海から生れた生物
  波の轟 波の動き 悠久の生命の鼓動



   日本の津々浦々を巡り 潮騒を聴き
   潮風に吹かれた
   プラチナ砂子は波のたゆたい
   金砂子は朝明けの光
   新しい宮殿に 日本の象徴としての海を描く



   潮が満ちて来る
  飛沫を上げて岩に寄せる波
  波と岩の闘い? 岩と波の戯れか?
  動と静との対照
  ここに漲る いのちの躍動



   高さ5メートル 幅15メートルの大作
  遠来のお客様方に 日本国を象徴する絵画となることを願って描いた
  新宮殿にありて 歓迎の重厚なエネルギーを放たれることを切望している

東山画伯-21 

2009-08-27 03:00:20 | Weblog



満月の光りの路やひろごり来
道しるべ
   雲一つない未明の 夜空
  おりなす星たちのパノラマ
  蒼黒い大海原 濃い墨で描かれたような階上岳

   闇を破る 灯台の閃光
  暗夜 船舶を目的港まで案内する 道しるべ
  人間の余生の道しるべは どこかにある……はず

   深い雪の壁に進路を阻まれ 絶望のどん底に陥ったときがある 
  東山は エゴの魂を没却させ 清純な心(利他心)を蘇生させ
  ようやく初夏の 朝露を含んだ草原に立った

   早朝の薄明の中に 静かに息づき
  坦々として 在るがまゝに在る
  ひとすじの道

   この道を歩もう という意志となるものが湧き挙がり
  芸術性の高い求道の魂に昇華させ
  全作品の道標となった道 生きる指針となった道を描いた
  それが「道の絵」である

── ぼく(著者)も絶望のどん底に落ち込んだときがある
  這い上がり 希望の道を歩みたい……と
  何度も 祈願し 図書館の書を読み漁り
 
   ときには 坐禅をし また 血の吐くような修行もし
  魂の昇華を図ってきた

   東山画伯の随筆を 思い出し
  「道」の絵を観て
  モチーフとなった景観に溺れた

   最近 水平線から昇る太陽のおりなすパノラマに浸り
  心の奥に浮かぶメッセージを太陽のささやきと享けとめ
  道しるべとして 導かれ
  海辺を終の棲家と定め
  やっと充足感の満ちた生活が始まった

   いま 余白の人生
  画伯の魂の遍歴というよりは昇華に 思いを馳せ
  もう一度 「道」の絵に問いかけている

   本日も 岬の先端に佇み
  航く フエリーを眺め
  東山画伯の魂の昇華に 肖(あやか)りたいと祈念している



   目に視えない自分……(仏性)
  本来の自分と出逢えるような 予感
  心に 一本の灯が点った

仏性の目覚めありけり海は夏




たましひの遊ぶ宇宙や涼新た


東山画伯ー20

2009-08-26 02:35:07 | Weblog


   宵の星(金星)は 一時間も前に昇った
  月はスピードを上げ 金星を追いかけ 夜半には追い越すだろう 金星は孤独な  旅お続ける                          

   東山魁夷画伯が
  崎津の天主堂の写真の絵葉書に 御無沙汰のお詫びと 帰ったらすぐ お伺いし  たい旨の 簡単な便りを 川端康成先生に宛て天草の宿で書いた 

   福岡で個展を開いていた私は 次の開催地の小倉での展覧会までの合い間に    唐津 佐世保 柳川を経て 天草へと旅していたのである

   天草の下島の下田という淋しい温泉宿である 
  部屋の窓いっぱいに茫漠とした天草灘が見渡された
 
   静かな夕べであった  
  薄い靄が空と海の境をぼかし ほとんど見分け難いものにしていた
  空に低く 細い上弦の月が懸っていた 

   弓弦を水平に張って 安らかなひかえ目な月の姿であった 
  その真上に 明るい大きな星が一つゆらゆらと光り輝いている

   その星は 何か尋常でないものを感じさせた 
  澄んだ涼しげな宵の明星であるが その閃き 迸り出る光輝は 
  今にも空に流れ出して 透明になり消え去ってしまうのではないかとさえ思われ  た生命の瞬間の輝きとも見えた

   私は 思わず妻を呼んだ 
  しばらく 星を見つめながら 窓辺に立ちつくしていた

   川端康成と東山魁夷 (響きあう美の世界)
  文豪と画家(知られざる魂の邂逅)より
  「新潮」(1972年、6月臨時増刊号「川端康成読本」)に
 
   東山が追悼文を書いた
── そういえば 東山が90歳過ぎて描かれた絵画(夕星)が最後の作品となった  奇しくも 澄んだ涼しげな宵の明星と同化し 透明となり 消え去って行く昴   (ほし)としているのか 遺作の夕星を拝見していると東山には この世の生命  の最後の瞬間の輝きに 視えたのかもしれない……
  深淵なメッセージが秘められていたにちがいない

   一週間後


   まだ満月ではないのだか 月光の明るさが強まり 海原に弱い月の光ゲの路が  走った 川端康成氏からメッセージがあるかもしれないと思っていたが 特別改
  まった連絡がなかった

東山画伯ー19 

2009-08-25 09:31:34 | Weblog

   葦毛崎展望台から降りてくる途中に 種差海岸までの遊歩道の入り口がある 
  案内板があるのだが見落とす人が多い

国指定名勝地 種差海岸
   種差海岸県立自然公園
   日本の渚・百選
   日本の白砂青松百選
   新日本観光地百選
   日本の音風景百選
   遊 歩 百 選

  名勝地へ 入って行く
  名も知らない草花を眺めながら0.約7キロ



   この案内板にうみねこラインを指した案内板を貼り 
  東山魁夷画伯の道の絵の碑のあることも知らせるべきである 
  これでは教育立市や観光立市の宣言が 空虚に響く

   この地点から左方面にちょっと歩めば 大自然の創造した奇岩がある 
  市民からネームを募集し もう一つの観光スポットにされないものだろうか

   東山がこの道の絵を描くにあたり その心境を記した書がある その中の一つ

 『 道 』

   ひとすじの道が 私(東山)の心に在った
  夏の早朝の 野の道である
  青森県種差海岸の 牧場でのスケッチを見ている時 
  その道が浮かんできたのである

   正面の丘に灯台の見える牧場のスケッチ
  その柵や放牧の馬や灯台を取り去って 
  道だけを描いてみたら……と思いついた時から 
  ひとすじの道の姿が心から離れなくなった

   道だけの構図だけで描けるものだろうかと不安であった
  しかし 道の他に何も描き入れたくなかった
  現実の道のある風景でなく 象徴の世界の道が描きたかった

   東山画伯は デッサンしてから十余年 
  昭和25年に再度種差海岸を訪ね
  心のなかに浮かぶ「道」と現状を融合させ 
  人間の歩むべき道を描きあげた

   すぐそばに 奇岩というよりは大自然の造詣美が息をしている


   遊歩道の入り口に目立つ案内板を…… 
  また 道の絵の碑や奇岩にある造形にもスポットを当てるべきである
  八戸市教育委員会や観光協会で 智慧を絞って欲しい
  
   東山魁夷画伯の表現しようとした深淵な「人生の道」を詳らかにし 
  市民や国民や人類の魂の昇華に資することができたなら……悦びである
  いや 欣びである

   この道の絵は東京美術館に秘蔵されている その意義を もう一度噛み締め熟  思し 再度公表し 文化国家建設の礎とするべきではないか 
   この「道の絵」は 東山魁夷画伯自身の魂のスプリングボードとなった 
   これ以降の絵画は精神敵に ハイレベルとなり 東山画伯の魂が躍動している  
   東山と同様に自分の魂の昇華を図る人が 顕れることを期待している

この大自然の光景をどのように考えているのか……
文化的景観……と考えられるなら
また重要と享け留めることができたなら
重要文化的景観として国の指定を受け 保護し 後世に伝承する義務がある

   この絵ひとつだけで教育立市・県・国家……と
   また 観光都市・県・国家…… と
   またまた 文化都市・立県・国家……と

東山画伯ー18

2009-08-24 02:26:50 | Weblog

中野白滝 吟行
滝真白生涯の悔いありにけり



   なぜか わが星の生誕の瞬間かもしれない……と思った

遍歴の時代  (東山画伯)
   人間と自然 それが対立する存在なのか
  大きな営みの中の 一体のものなのか
  私(東山)にはわかりません

   ただ 私に内在するものが
  それに最もふさわしい形式をとる場合
  自然の中にあらわれるのです

   私の遍歴してゆく自然は
  その時の私自身の反映でもあり
  同時にその自然が私の中に反映して来て
  私を形成してゆくともいえるのです

   旅について考えてみると
  旅そのものは (いくら私が旅を多くしていても)
  日常と違ったものであって
  何かしら私を刺激して 精神を緊張させる
  と同時に 開放感を伴うものです

   純粋に自分自身になるといった感じが強く 起こる
  旅は私をそういう心の状態にして 自然の許へ
  また 異国の街の中へ 運んでくれる

   茅野から諏訪へ向かって歩いて行くうちに
  ふと 通りがかりに見た風景が私を捉えた
  心を牽かれるままに簡単なスケッチをした 
  この全く平凡な風景の中に 何があるのか

   数日を経ても 意外に私の心に その情景が根深く
  静かな映像となって息づいているのを感じる
  私の心を誘うように 深いところから呼んでいるものがある

   私は いま あの風景が私に向かって語りかけていたものに気付いた
  それは故郷的なイメージとしてである
  放浪するものは 故郷を遠くはなれ
  その心は絶えず流れ去っていくものに従い
  休む時もなく 青い山の向こうへ牽かれてゆく

   それでいて 常に探し求めているものは
  心のやすらう場所ではないか
  それは 魂の故郷かもしれない



たましひの故郷ありけり明易し




東山画伯ー16

2009-08-22 13:26:03 | Weblog




  
  昔むかしのこと
  まもなく50歳 人生50年だとすればこれで終局
  日本人の平均寿命は80歳とか えっ! あと30年も?

   孔子は50にして天命を知る…… 
  天命って? 人間の知識・才能・努力とは関係ない



   悩める友よ
  宇宙の彼方から降り注ぐエネルギーを 胸いっぱいに吸い
  胸に支えている邪気とともに 大海原に吐き出そう……

   夜明けの波打ちぎわの 濡れた砂を踏み締め
  一緒に歩こう
  何もいわずに……

   脳髄に沁み込む 磯の香り
  足元にひびく 波の音
  緒にスキップし 
  リフレッシュし
  春を待とう……

   太陽や星 月や地球は
  一定の軌道をまわっている
  明日も明後日も 陽が昇る
  春は必ず めぐり来る

   太陽が昇る?
  太陽が昇る……のではない
  春が来る……のではない
  地球の自転である

   君のために会社がある……のではない
  社会は君を中心にまわっている……のではない






   太陽は 君たちの考えた通りに昇ったのではない
  雲のない大空 
  ゆっくり昇る太陽 
  波の音 
  風の音 
  森の樹々のざわめき……

   大自然に どっぷりと浸る……これがベストライフかも
  いきなりベストライフ それは無理
  普段からスローライフを…… 孝は百行の本
  そして生れたときに秘めてある「本来の自分・善なる自分を確認し」
「 尊 徳 拓 魂 」を……

   これが究極の ぼくの使命かも

東山画伯-14

2009-08-20 13:10:22 | Weblog


   ウィンド サーフィボート
  せめて40年前だったら ぼくも挑戦するんだけど

 三陸海岸 
   お年よりの方は 以前は陸前(高田)・陸中(八木)・陸奥(むつ)の国 こ  の三つの陸を 総合して三陸海岸と称した 
   最近 種差海岸のリアス式海岸特有の荒々しさや大きな砂浜や自然の芝原を抱  えた優しく風光明媚な景勝地を三陸海岸の北限としている

   数多くの名作の舞台となり 映画やテレビの舞台として利用されている
   文学者・芸術家が多数 種差海岸を散策した 

東山魁夷画伯 「 道 」


   戦後の退廃した日本の社会
  大和民族の道しるべとして登場した「道」の絵
  この絵の前は連日 人の群れに覆われた
  日本国の芸術・文化……の萌芽の兆が広がった

    若き日 東山画伯は八戸市のうみねこラインに立ち
   絶望
   希望
   過去への郷愁
   未来への憧憬
   これから歩もうとする道を胸に紡ぎ 素描

    以来十年余 ひとすじの道を
   暖め
   育み
   昭和25年(第6回日展)に「道」の絵を出品

    白い一本の道は出発点であり
   過去を背負った魂の帰着点でもある
   未来に躍り入る魂の展望のスプリングボードでもある

    二十一世紀のわが国の道標として
   観光立県の道標として
   教育立市の道標として
   高齢者の道しるべとして
   学校教育の目標として 
   道標として
   道の碑や随筆海岸がキラリと光っている

 司馬遼太郎 

   芝生と海がつながっている

   街道を行く(シリーズ陸奥のみち)取材の為八戸を訪問「どこか宇宙からの来
  訪者があったら一番先に案内したい海岸」と種差海岸を称賛した 

 佐藤春夫


   淀の松原を通っている遊歩道から見える「白いわ」
  水鳥の海鵜の糞で白くなったことから白岩と呼ばれている
  白い岩肌と紺碧の海 松原の緑が対比し 名勝地内の代表景観のひとつ

   種差小学校から依頼された校歌を作詞 そのとき草花の咲き乱れる海岸美に魅
  了され「海辺」という随筆で 種差海岸を絶賛し 思いのままになるならこのあ  たりに せめて春から夏の末まで棲みたいような空想までした……と

草野心平


   種差海岸の月を「ザボンのような月」と表現して その美しさをたたえていた


>吉田初三郎(画家・鳥瞰図作家)

    大正の広重と呼ばれた鳥瞰図画家 昭和8年に種差にアトリエ「潮観壮」を   構え種差海岸を国の名勝に指定させた功労者の一人
   近くの山に上り 観察して描いたものか と思ったが 現実には描こうとする   場所の上空を魂が飛び回り 土地を一枚の紙に描写しているのかもしれない
   不思議な鳥瞰図作家である

   その他 地元作家
  三浦哲郎 夏堀正元 北村小松氏などなど 

東山画伯-13

2009-08-19 13:02:28 | Weblog


悦び・欣びの道
   この世に 生を享け
  なぜ 悩み苦しむのか
  修羅の果てに辿り着く 虚しさ
  徒労であるのを知らずに
  あくせくしてきた わが人生

   夢が叶い
  有頂天になっている人
  人の夢って 儚(はかな)いと書く
  喜びが 大きければ大きいほど
  夢から覚めたとき
  襲ってくる寂寥感……が 怖い

   「道」の絵を見て
  東山の随筆を読み
  「道」の碑の前に佇み
  海原をながめ
  夕焼け空に溶け込み
  悦び・欣びの道を 問いかけ 十有余年





   「無」の境地となる必要を感じ
  「無」って?
  何日も 自問自答した

   美術評論家 吉村貞司氏が
  西洋の「無」は 虚無的
  東洋思想の「無」は 何もないのではない
  人間社会のしがらみを否定することにより
  より高次元の世界に到達する……ことである

   東山は 自我を否定し
  高次元の世界(清純な心・自己・本来の自分・善なる自分)に到達したが 浮か  んだ

   東山の描いた「絵の道」は
  喜びの道 では ない
  欣びの道 で ある

   法悦──仏法を聞いたり信仰したりすることにより心に喜びを感ずること
  欣求大宝(ごんぐたいほう)──心からよろこんで 大きな宝である仏教の真理  を求めようとすること



   種差海岸は 重要文化的景観「近江八幡の水郷」に比して 景観はもとより 
  他に類のない偉大な文化的(精神的)な価値を有している とくに重要文化
  的な価値がある

   書家がわが家に遊びに来て翌日「有 教 無 類」と書いた書を置いていった
  書家いわく「あなたとお話していれば 他に類がない話題が浮いてくる……」
   元市長 中里信男氏が「 尊 徳 拓 魂 」の為書
  八戸選出の大島代議士が国会で 教育基本法第二条教育の目標「国家と郷土を愛  する……」と提案説明をしていた 
   東山画伯と同様に天啓を享けたのかもしれない
   著名な書家が「有 教 無 類」(孔子の教え)が浮かび上がった……と

   この文化的な価値を八戸の市長や教育長がより深く理解しなければならない 
  もし市長や教育長が利己心から離れ利他心に生まれかわったなら 八戸市が飛躍  的に発展するだろう
 
   種差海岸は文化的財産として 次世代へ継承するべき重要な景観となるだろう  というよりはもっともっと天啓が降り注ぐだろう 
   八戸・青森県・北東北の発展の礎となるだろう