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岸惠子さん「人生のラストシーンを自分らしく生きる」

2021-08-05 13:30:00 | 日記

下記の記事はハルメクWebからの借用(コピー)です

女優・作家として表現し続ける岸惠子さんの言葉に「人生を自分らしく生きる心得」を学ぶ特集第4話。今回は2018年85歳当時のインタビューから。岸さんが両親が残した家に住む理由、そして人生のラストシーンをどう生きるかを語ります。
目次
    1. 親から子への愛、女の友情など、いろいろな愛の形を描いた
    2. 晩年の母に言ってしまった言葉を後悔、でも母は…
    3. 「もう十分長生きしてますよ」と医師に言われて
    4. 岸惠子さんのプロフィール
    5. 岸惠子さんの自伝が発売されました親から子への愛、女の友情など、いろいろな愛の形を描いた

――岸さんのご自宅は、もともと両親が暮らしていた築100年を超える日本家屋。風格ある大きな引き戸を開けると、赤いニットに負けないくらい華やかな笑顔で迎えてくれました。「新年だからと思って、赤い服を選んだの」と、おちゃめに話す岸さん。上がりには、「いつも庭から摘んできて、自分で生けている」という花が堂々と飾られています。(「ハルメク」2018年2月号インタビューより)
岸さんといえば、2013年に小説『わりなき恋』を発表。年を重ねた男女の性愛を大胆かつ真摯に描き、ベストセラーになりました。それから4年たった2017年、新たに上梓したのが『愛のかたち』。フランスを主な舞台とした二つの中編小説が収められています。
今回は二編とも愛のことを書いたんですが、恋愛小説って言われると、ちょっと違う。男女の恋愛だけでなく、親から子への愛、女の友情など、いろいろな愛の形を書きました。
今、世界中でなんだか人間がイライラしているでしょう。各地でテロが起きていて、IS(イスラム国)の散っていった人たちが何をするかわからない。イスラム過激派のボコ・ハラムも本当に怖いですよ。
一方、テロの魔の手がまだ伸びていない平和なはずの日本で、どうしてこれほど悲惨な事件が起こるのか。親が子を殺したり、大量殺傷事件が起きたり……。テロも怖いけれど、日本の社会も怖いし、変です。みんな口をきかなくなったじゃないですか。若い人も中高年も、年じゅう下を向いて携帯電話を見ているから、人に話しかけることも、話しかけられることもなくなった。家族の会話すらなくなっているでしょう。これではいい人間関係も親子関係も生まれないと思うんですね。
この小説では、人を愛することや親子の愛を、情景が思い浮かぶように書きたいと思いました。同時に、これまで私はヨーロッパやアフリカ各地を訪れ、日本では考えられない現実を見てきましたから、その記憶をたどりながら、世界情勢も物語に絡めました。
 晩年の母に言ってしまった言葉を後悔、でも母は…
玄関の棚に飾られた小さなアンティークの置物。「香港返還を現地で迎えたとき買ったもの。あれから20年たつんですね」と岸さん
親子の愛と葛藤を書きながら、あらためて思ったのは17年前に亡くなった母のことでした。明治生まれの母は典型的な良妻賢母で、しつけも厳しかった。けれど、静かな父とは対照的に面白い人で、一緒に枕投げをしたり、木登り競争をしたり(笑)。知的でもないダジャレをポンポン言うような明るい女性でした。
私は一人娘で、女子高を出て女優になっても両親とこの家で暮らしていました。あるとき「家を出て独立したい」と言ったら、私が長期で海外に行っている間に、父が庭の中に勝手に私の家を建ててしまい、「これで独立したでしょ」って(笑)。でも1年もせず、私は24歳で結婚のため渡仏したんです。
その後、パリで出産、離婚を経験しました。離婚は41歳。当時、父はすでに亡くなっていて母は一人でしたが、私は娘をパリで育て上げるため日本には戻りませんでした。
母は2度のくも膜下出血で13年間、入退院を繰り返しました。ちょっと具合が悪いと電話がかかってきて、そのたびに私は飛行機で日本へ。パリへ帰ろうとすると母が哀しそうな顔をするので、たまらなかったですね。
私、母に一度ひどいことを言ったんです。母はいとこたちに「私が死んだら、惠子は日本で独りぼっちになっちゃう。だから一生懸命生きてるの」と言い続けていて、私には重荷だったんですね。それである日、「お母さん、私は大丈夫だから、いつ死んでくれてもいいのよ。私のためではなく自分のために生きて」と言ってしまったの。もうすごく後悔して、眠れませんでしたね。でもしばらくして、母がいとこに「惠子がね、死んでも大丈夫って言ってくれたのよ」と、晴れ晴れとした顔で話していたと知って。ああ、ちゃんとわかっている母なんだなって思いました。
3度目のくも膜下出血で母が亡くなったとき、私は国連の親善大使としてアフリカにいました。国連の仕事は私でなくてもできるけれど、母にとって娘は私一人。母はどんなに私に会いたかったか……。その悔いは今も胸にあります。その後、娘がパリで結婚、出産し、私という「母」が去るべきときは今だと思い、両親が残したこの家に戻ったわけです。
 「もう十分長生きしてますよ」と医師に言われて
私は今85歳。人生の最晩年です。主治医に「私は長生きしたくないから、もう助からないとなったら延命治療はしないでください」とお話ししたら、「もう十分長生きしてますよ」と言われて、参っちゃいました(笑)。
あとほんの短いであろう人生のラストシーンをどう生きようかと思ったら、もう書くしかない。ちょっとぼけたおばあちゃん役も演じたいけれど、そういう依頼はこないし(笑)。これまでの出会いと経験の記憶を拾いながら、私にしか書けないものを書きたいです。
『愛のかたち』
岸惠子/文藝春秋刊/1620円
親子の葛藤、女の友情、そして運命の出逢い。5人の男女のさまざまな愛のかたちを、パリと京都を舞台に描き出す大河恋愛ロマン。 表題作「愛のかたち」に加え、「南の島から来た男」を収録。いずれも、悲痛な運命に抗って力強く生きる登場人物の姿が、静かな感動を呼ぶ。岸さんの豊かな人生経験なくして生まれ得なかった物語集。
 岸惠子さんのプロフィール
きし・けいこ 1932年神奈川県横浜市生まれ。51年にデビュー、映画界を代表する女優となる。57年に渡仏するも、これまで90本あまりの映画に出演。代表作に『君の名は』『雪国』『おとうと』『かあちゃん』など。作家としても活躍し、『巴里の空はあかね雲』で文芸大賞エッセイ賞を、『ベラルーシの林檎』で日本エッセイストクラブ賞を受賞した。2004年旭日小綬章、 2011年にはフランス共和国政府より芸術文化勲章コマンドールを受章。2013年発表の小説『わりなき恋』はベストセラーに。



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