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がん・心不全の患者さんに知っていてほしい、 現場の緩和ケアチームの悩みとは

2021-05-29 13:30:00 | 日記

下記の記事はダイアモンドオンラインからの借用(コピー)です

自分の知らない自分のことを
家族にだけは知らされている
看護師だった母親の影響を受け、幼少時より看護師を目指す。2002年、群馬パース看護短期大学卒業、2003年より看護師として病院勤務を開始する。以来、1000人以上の患者と関わり、さまざまな看取りを経験する中で、どうしたら人は幸せな最期を迎えられるようになるのかを日々考えるようになる。看取ってきた患者から学んだことを生かして、「最期まで笑顔で生ききる生き方をサポートしたい」と2013年より看取りコミュニケーション講師として研修や講演活動を始める。また、穏やかな死のために突然死を防ぎたいという思いからBLSインストラクターの資格を取得後、啓発活動も始め、医療従事者を対象としたACLS講習の講師も務める。現在は病院に非常勤の看護師として勤務しながら、研修、講演、執筆などを行っている。著書に『後悔しない死の迎え方』(ダイヤモンド社)がある。
後閑愛実さん(以下、後閑):価値観って時代によっても違うと思うんですけど、生きるとか死ぬとかって、もちろん自由にはできないとしても、ご本人のものだと思うんですよね。だけど今は医療が導き過ぎたり、障壁になったりしていて、なんだかおかしいなと思っています
宮崎万友子さん(以下、宮崎):がんの診断や治療期に、本人をその場から外して、家族と医療者だけでいろんなことを話したり、意思決定したりする場面が少なくありません。
本来は、自分がどういうふうに残された時間を生き、死ぬかということに向き合う時間と力が残されているはずなのに、それを医療者が奪ってしまってるように感じることがあります。残された時間が短くなってから、私たち緩和ケアチームがディスカッションを始めても遅いんです。
後閑:がんに限りませんが、私もそれは感じています。緩和ケア認定看護師として関わってる宮崎さんから見て、どうするといいなっていうのがありますか?
宮崎:患者さんやご家族の思いを受け止めることは、やはり時間とエネルギーが必要ですから、その負担を先生がひとりで背負わなくていいように協力していくことが大切だと思います。あとは、家での生活が難しくなってきたときに、「今回の入院が最後でしょう」とか「家に帰るのは難しいと思います」と医療者が先に言ってしまう場面をたくさん見てきました。ご家族の介護負担に配慮しているのは理解できますが、医療者が先にそれを言わないで! と感じることはよくあります。先生からそう言われちゃうと、患者さんの可能性や希望は全部奪われてしまいますから、そのことは言わないでもらえますか、とお願いすることもあります。
宮崎:患者さんの死であり、患者さんの生でありますから、それを医療者が奪ってはいけないといつも考えています。
自分ごととして患者さんが乗り越えていけるように支援するという考え方は、医師の教育としてはあまり重きがおかれてないのかなと思います。そこは看護師のほうが、持っている力を強化する関わりを学んでると思いますから、医学教育にもその視点が必要なのではないかと思います。

後閑:最後の1日だって、本人と家族が希望すれば、家に帰れますものね。
本人に悪い知らせは伝えにくく、
家族の話が優先されやすい
後閑:私もこれは家族と医療者が患者さんの生を奪っているなと思ったことがあります。
ある40代のがん患者さんでしたが、お母さんが「あの子は気が弱いから、病気のことは言わないであげてください」と言うんです。それで、本人のいないところで意思決定されてしまい、本人には余命や予後のことは伝えないまま、家族とだけで決められていきました。気持ちはわからなくもないですけれど、医師も含めていつまで子ども扱いする気なんだろうという感じでしたね。
宮崎:よくある光景かもしれません。
大森:ぼくは循環器内科医であり、緩和ケア医でもあります。がんの緩和ケアも担当していて感じることは、基本的には家族だけに悪い知らせを伝えるということはよくあります。なんなんでしょう……文化なんですかね?「本人に悪い知らせを伝えると、本人は弱いから無理だ」という一方で、「(家族の)自分は知っておきたいけど、(本人には)知らせたくない」ということはありますね。
自分なりになぜそうなるかを考えたのですが、
「(本人に未告知であることが)正しいと思っている」
「悪い知らせの伝え方がわからない」
「伝えたあとに支える方法がわからない」
「みんな、本人の力を信じていない」
などかなと。
もちろん、必ずしも伝える必要はないと思うんですよ。以前、ご家族から「悪い知らせを受けたあとに夜逃げした過去があるので、本人に知らせないでください」と言われたこともありました。確かにそういうときは伝え方をよくよく考えないとまずいかな、とは感じます。ただ、たいていの場合は、伝えないほうがラクなのでそうしている、ということがあるのではないかなと思います。

後閑:本人に未告知での緩和ケア介入もあると聞きましたが、「誰」が未告知を希望してるんですか?
大森:ご家族です。でも、たぶん……主治医もどこか賛同してるんですよ。「うんうん、未告知のほうがいいよ。もう歳だしさ…」みたいに。
宮崎:でも、本人が知りたいかどうかは確認されてないんですよ。
「本人が知りたくないって言っていたから伝えない」というなら、そこにちゃんとした理由があると思うんですけれど、そこも確認されないまま、本人抜きでご家族と話し合いをされて、本人に伝えないようにしましょう、と決められてることがあります。
大森:本人抜きで話すのは、そんなに珍しいことではないですね。
宮崎:必ずしも告知をしたほうがいいとは私たちも全然思わないし、伝えないことで患者さんが守られている環境にあるということもあります。
なぜ家族がそう選択したのかというのは、緩和ケアの立場で関わらせてもらうときは必ず聞くようにしています。そこには主治医の葛藤もあります。主治医も本当は伝えたほうがいいと思っているケースも多いですから、どういうやりとりでそう選択されたのかを聞いて、私たちもその中でできることを探しています。
後閑:本人に、聞きたいか聞きたくないかというところも含めて、どう思っているのか聞かないといけないように思います。先日対談させていただいたがん患者さんはそれをわかっているから、医師に「すべての説明を最初に自分にしてください」という要望書を書いて渡したそうです。「家族にだけ説明することが絶対にないように」と、言葉だけでなく紙に書いて渡したということでした。たぶん、そのあたりのことを聞いて知っていたからだと思うんですよね。
宮崎:その方の意思決定の背景には、その方なりの歴史や理由があるから、そこを知るために患者さんに尋ねたり、ご家族の話を聞かせてもらったりするのも大事ですね。
心不全にも緩和ケアが必要
大森:心不全はステージAからDまであります。息苦しいなどの症状が出たときに初めて心不全と告知されます。がんと違って、心不全は結構あっさり伝えられます。患者さん自身も「ああ、心不全ね」といったように、受け入れは比較的悪くない印象です。だから病名を告知しないという状況はまれです。本当は大腸がんより予後は悪いんですけれど。
後閑:言葉の印象が悪くないのかな。
宮崎:そうだと思います。「高血圧」とかに近いのかも。
循環器病棟の看護師さんが、がんの告知に立ち会うことがあったんですが、「心不全ではこんなに深刻な場面になることはない」と言ってました。患者さんは心不全を死ぬ病気と思っていないので、「あなたはがんです」と言われるのと、「あなたは心不全です」と言われるのとでは全然重みが違うって。
後閑:心不全は予後よくないというか、良くなったり悪くなったりを繰り返して弱っていくイメージですが、予後の告知に気をつかっていることはありますか?
大森:その方の治療が限界にきて、これはもう予後が限られたと主治医が感じる頃には、すでに予後を本人に伝えることができないということが多いです。なぜかというと、本人は呼吸困難などの症状で苦しんでいて、そんな話を聞いてられるようなコンディションでないことが多いからです。ぼく自身、あるべき姿としてはやっぱりある程度落ち着いている一方で、予後が限られるようなときに、原則本人を交えた説明が必要だと思っています。
後閑:心不全の予後も説明するタイミングが難しそうですね。早すぎても本人はイメージがわかないでしょうし、遅すぎれば考えている余裕がないでしょうし。
大森:良くなったり悪くなったりを繰り返すので、医療者も患者側もだんだん悪い状況に慣れていってしまうんです。「今回も治療がきつかったが、退院できた。まあ、また次があっても退院できるだろう」みたいに思ってるうちに、悪化して突然死してしまい、「こんなはずじゃなかった」となることが少なくないです。緩和ケア病棟とは違うと感じるのが、急性期となって突然亡くなってしまっても、グリーフケアがなかなか実施できない。集中治療室で亡くなることも多いのですが、スタッフは忙しく、家族が悲しむことができる場所もあまり用意されていません。
家族から出る言葉
「やっとラクになったね」
後閑:聞いていて思い出したのですが、徐脈で意識障害起こした90代の女性にペースメーカーを入れたことがあります。その息子さんがお母さんから、心不全の呼吸の苦しさもだけれど、腰が痛い、歩けなくなったといって、「死にそびれた。こんなにつらい思いを毎日しなくちゃいけないんだったら、どうしてあそこで死なせてくれなかったんだ」と言われるのがつらい、と言ってました。息子さんとしては、意識がなくなったから救急車を呼んでしまったんだけれど、あそこで本当は死なせてあげればよかったのかな、って……。
大森:そう思っちゃいますよね。
後閑:だから心不全の患者さんの家族は、たとえ急に亡くなってしまったのだとしても、「ああ、ようやく逝けたんだな」と思ってホッとしてるのかもしれないと思うことがあります。心不全で挿管したあとに苦しがってる患者さんを見て、息子さんが「挿管なんてしなければよかったのかな」と悩んでいた中でお亡くなりになったというのもありました。助けてしまったことに対する家族の葛藤もあるのかなと。ですから、亡くなったことが逆に救いになるというか、ようやく苦しみから解放されたね、。ということもあるのかなと。
大森:それは確かにあるかもしれません。「やっとラクになったね」という言葉が、がんよりもご家族の口から出やすい気がします。
後閑:がんで亡くなる方は、わりと最後まで痛みが緩和されているように感じますが、心不全で亡くなる方には苦しそうな場合が多いので、亡くなった後に「やっとラクになったね」と医療者でも思ってしまうのかもしれません。
大森:心不全の呼吸困難に関しては、医療用麻薬を使い慣れていない循環器内科医も多いですし、症状緩和に関する知見があまりないんですね。「治療か死か」みたいな限られた文脈の中で治療をしていくことが多く、そこには症状緩和という要素がなかなか作りにくいんです。患者さんにも医療者にも、治療終了イコール緩和みたい概念があることを感じています。
後閑:がんみたいに「一緒に」がないってことですか?
大森:もちろん、言葉では「心不全の治療と、症状緩和の治療は並行して行うものなんですよ」とは言うんですが、実際にはそういう相談はあまりないです。
宮崎:それは実現できるものなのですか? がんのように。
大森:緩和ケアの要素は、呼吸困難にモルヒネを使うということだけです。意思決定支援として専門家が入るとか、本人の価値観が尊重されたプロセスを踏むとか、社会資源の適正利用とかいうところも緩和ケアだと思えば、一緒にやれるはずなんですけれどね。
宮崎:外来のときから関わるとか。
大森:それは一つありますね。あと、難しいと思うのは、疾患治療も症状緩和になるんですよ。ただ、やりすぎると、たとえば点滴に繋がれた人生になってしまったり、酸素マスクをつけることにより本人が「こんな姿を他人に見せたくない」といって引きこもってしまったり精神的社会的苦痛につながったり……そういったところを見逃しがちになってしまいます。そこで医師も「でも仕方がないよね、治療が必要なんだから」といって、患者の意思を抑え込んでしまう。循環器領域では、治療するか、しないかの選択が中心ですが、そこに「全人的苦痛の緩和につながるか」「本人・家族の意思やQOL(生活の質)はどうか」といった視点も加わるといいですね。
後閑:症状緩和やQOLの視点、大事ですよね。話は少し戻りますが、患者さんが亡くなって「やっとラクになったね」とホッとするご家族の気持ちは決して悪いことではないということは伝えておきたいです。
以前、ご家族が「主人が死んだのに、なんだかホッとしている自分もいるんです。ようやくこの人も私も解放されたって……。私はひどい人間でしょうか?」と言われたことがあります。心不全に限らず亡くなった後、ご家族の緊張がとけ、今まで張り詰めていた空気がゆるむことがあります。本人もご家族も「頑張って大きなひと仕事を終えた」と思えたから、ホッとするんだと思うんです。だとしたら、ホッとするのはよく頑張ったことを証明する気持ちです。「もっと頑張りたかった」「もっと頑張ってほしかった」と思っていたら、ホッとなんてできないとは思います。
途中経過にはいろんな葛藤もあったでしょうが、そのときはそのときで精一杯対応したのだと思うので、もしホッとしたのなら、最後はむしろ、本人もご家族も「よく頑張った」と自分たちを褒めてあげてもいいくらいです。だから、「やっとラクになったね」とホッとするご家族の気持ちは決して悪いことではないと思っています。医療者もですが。
まとめ
・最後の1日だって家に帰れるから、自分で自分のことを「知りたいか・知りたくないか」も含め、家族・医療者に自分の価値観を伝えること。
・がんも心不全も、治す治療を始めると同時に、早期から「苦しさ」を緩和や予防するかかわりが必要。
・患者の身体的苦痛だけでなく、精神的・社会的・スピリチュアルな苦痛も対処していく必要があるとともに、家族・医療者の苦痛も放置しないこと。
大森崇史(おおもり・たかし)
飯塚病院連携医療・緩和ケア科勤務
日本内科学会認定内科医、日本内科学会総合内科専門医、日本循環器学会循環器専門医
急性期医療と慢性期医療の架け橋となれるような存在を目指し、地域医療に貢献している。九州心不全緩和ケア深論プロジェクトのメンバーとして心不全緩和に関する活動も行っている。

後閑愛実(ごかん・めぐみ)
正看護師
BLS(一次救命処置)及びACLS(二次救命処置)インストラクター
看取りコミュニケーター
宮崎万友子(みやざき・まゆこ)
飯塚病院看護部緩和ケア認定看護師
緩和ケアチーム専従看護師。患者さんとご家族が過ごしたい場所で安心して過ごせることを目指して活動している



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