冊封体制・朝貢外交・地方自治の関係について
2011年11月24日(木)
渡瀬裕哉 氏、ブログから転載
冊封体制・朝貢外交・地方自治の関係について
日本の中央集権体制は、中央政府による
冊封体制、地方自治体による朝貢外交を擬似的に
模した形式で運営されている。
中央政府による規制・指導を受け入れることによって、
都市部を除く全ての地方自治体は僅かな国税を納める
ことによって、中央政府から巨額の補助金・交付金を
引き出す体制となっている
この冊封体制と朝貢外交の結果として、地方自治体は
中央政府からの規制・指導で自らの手を縛り、地方
税法によって課税自主権を剥奪されて足腰を脆弱なも
のにしている。
このような状況は日本の衰退を加速させるものであり、
清朝末期の中国のように国力を衰退させる愚策・愚行
に酷似している。むしろ、地方自治体が常に中央から
の指導監督を受けるという意味では冊封よりも酷いものだ。
中国の冊封体制と朝貢外交は中国の安全保障政策の
一環として実施されてきた。
莫大な経費を要する政策ではあるものの、周辺国を属国化
することによって中原の安定を保つ政策である。
これは欧州が二度の世界大戦を経た後にコストを払った
としてもEUという一つの欧州を目指したことにも似ている。
現在、ドイツ・フランスも周辺国の放漫な財政運営の
ケツを拭くために多額の必要負担を迫られている。
日本も約150年ほど前は、明治維新や西南戦争、それに
続く激化事件などの様々な内乱を抱えている不安定な
国家であった。
明治政府は廃藩置県による中央集権化政策を推進、様々
な飴と鞭によって地方勢力を自らの支配下に置くように
努力してきた。
その究極の完成が戦時体制による地方支配であり、
その帰結が東京への一極集中と東京の富を原資とした
全国へのバラマキ政策である。
中央政府による地方の支配には何時の時代もコストが
嵩むものであり、これを維持しようとした国々は崩壊の
末路を常に辿ってきている。
当たり前だが、既に日本には中央集権体制を続ける
安全保障上の理由は全く存在しない。
本来であれば、中央政府は地方自治体を冊封体制に
押しこめる必要もないし、地方自治体も中央政府に朝貢
を行う必要も失われている。
現状の中央集権体制を維持している要素は、日本全体を
己の基準で統一・利権化しようという中央政府の我欲と
都市部からの資金を引き出そうとしている地方自治体の
依存でしかない。
この両者関係は市場による対等の交換原理ではなく、
政府による上意下達の支配原理によって運営されている。
そのため、地方自治体は中央政府に対して土下座外交を
続けることになり、中央政府は豊かな中原(都市部)の
富を原資として地方自治体に対して偉そうに指導監督を
行っている。
このような両者の歪な関係は、かつての清朝のように、
東京などの都市部の競争力が落ちて日本自体が世界中の
カモに完全になるまでの束の間の関係に過ぎないものだろう。
東アジア世界において全体の国力が強力になる時期とは、
中国王朝において冊封体制が崩壊し、周辺国から国際的
な競争環境を勝ち上がった元気の良い国が現れてくる
時代が多い。
現代日本でも地方自治体が中央政府に対して冊封体制を
返上し、朝貢外交を止めて中原を狙うくらいの気構えが
あれば日本全体が発展することが出来るのではないか。
日本の郷土的な愛国者は、中央政府による規制・補助金
による庇護を求めながら、日本の対外的独立を語る人々が多い。
しかし、中央政府からの補助金・交付金に頼りながら
日本の自立・独立を語る言の葉に真実と覚悟は存在しない。
属国根性を骨の髄まで染み渡らされた地方が日本の
自立を嘆くことは滑稽なフィクションのようだ。
日本の自立・独立を語るためには、まずは地方自治体が
中央政府に依存せずに自立した姿を示すことが急務である。
地方に住まう人々は自らの自立を実現することによって
初めて国家の自立を語ることが出来る。
私たちの祖先は新しい時代を創るときは、常にそうして
きたことを思い出すべきであるし、東京に住む人々は
そのような地方の動きを歓迎するべきだ。
http://ameblo.jp/tokyochakai/entry-11088036935.html
。