たまゆら夢見し。

気ままに思ったこと。少しだけ言葉に。

我が背子 大津皇子21

2019-01-09 09:55:53 | 日記
斎王…大伯皇女の元に辿りついた。
春の到来を伝えるかのように草木が山をうす紅に染めていたが高見峠から伊勢へは道なき道であった。

大伯の乳母、侍女たちは「皇太子さま、お待ちしておりました。皇女さまは熱も高く、咳こみも激しく食事も受け付けられず衰弱されています。」と大津を見ると安堵し大伯が眠る寝所に急ぎ案内した。

「姉上」大津は熱にうなされ苦しい息づかいをする大伯に声をかけた。反応はない。美しい瞳もこちらを見ようとはしなかった。

氷室から運んだ氷を匙に乗せ大津は優しい言葉をかけてくれる唇に当てた。
冷たさにか「あ…」と声にもならぬ反応が見られた。
「姉上、わかりますか、大津です。」と再び氷を唇に当てた。
少し首が上下に動いた。
「姉上、わかってくださっているのですね。もう安心してください。」
大伯の唇から、ふぅっと息がもれた。

「乳母、姉上の首筋、脇、足の付け根にもっと冷たい布を当てよ。冷たさがとれたら直ぐに新しい冷たい布に取り替えよ。さすれば熱が下がると飛鳥の薬師から聞いた。薬を飲むのは意識があってからじゃ。そして肺の臓の負担を無くすため姉上の背中に布団をあてよ。その方が痰がでる。そうすれば息苦しさが取れる。」と大津は乳母に命じた。
乳母は一瞬呆気にとられていたが「早くせよ。」と大津は語気を強めた。「我が姉上といえ、男である我が触れることはならぬお方だとわかっておるであろうが。早うに。」

乳母、侍女らは大伯の背中に布団をあてがい座るようにさせると大津に見えぬよう言われた箇所に冷たい布を当てがった。大伯は激しく咳をし苦しそうに息喘いだ。

「姉上、冷たい氷を少しでもどうぞお召し上がりください。」と大津はこみ上げる気持ちを抑え何度もその愛おしい唇に氷を当てた。乳母、侍女も何度も布を冷たいものへと替えた。

時間がどのくらい経っただろう…「大津…なのね…ありが…とう。」と苦しそうに大津を見つめ大伯は声をかけた。
「姉上、我がわかるのですね、姉上、姉上、大津はそばにおりますぞ。安心してください。」大津も涙声で答えた。
大伯は安堵したように頷き、乳母、侍女らにも礼を述べた。