たまゆら夢見し。

気ままに思ったこと。少しだけ言葉に。

我が背子 大津皇子 44

2019-03-05 09:37:07 | 日記
伊勢神宮の社殿の修理も滞りなく終わった。

道作も土岐から無事に帰ってきた。

また斎王である姉上と別れなくてはならない…そのことだけが大津の心に重荷を感じさせた。

姉上の仰言られた奇跡…道作も乳母もいない時にお聞きしたいと思ったが姉上と一緒の時間だとお聞する必要はないように思ったのも事実だった。

「大津、早いものですね。月半ばもいてくれると思っていたから、ゆっくりできると思っていましたが明朝出立なのですね。」と大伯が寂しそうに語りかけてきた。
「姉上…毎日が楽しゅうございました。いずれ奇跡を我は待っていればいいだけのこと。そうでしたね、姉上。」と大津は寂しさを振り払うように言った。

大伯は、すこしためらい「そうよ、我が背子。」と言った。
いま、いつもなら大津と仰言られるところをわざわざ「我が背子」と。
大津は胸が高まるのと同時に大伯を見つめた。
大伯が確かにそう仰言ったことに間違いはないと、確認したかった。

そんな大津を大伯は見つめていた。そして何度か頷いていた。

「貴女の胸に飾られたこの白い珠を…貴女の肌の美しさには到底敵わないこの連なった珠をどうぞ私と思って…会えない日々はどうか…」
「ええ。もちろんよ。」と大伯は大津を見つめた。

「今日の日ほど生きていてよかったと思った日はありません。貴女から引き離された日からの時間…今日のような形で報われたのなら私は、本当に…」と大津は言葉を詰まらせた。

「明日から会えない日をどうか無事に過ごして、大津。貴方だけしか我を許せるものはいないの。貴方がしあわせでないと我もしあわせでないの…前はそう思っていても自分だけと思っていたから、絶望が故に病を患ったけれど…今なら心からそう…心から思うわ。」と大伯の慈悲を浮かべた美しい瞳から涙が溢れていた。