たまゆら夢見し。

気ままに思ったこと。少しだけ言葉に。

我が背子 大津皇子 山辺皇女 29

2019-09-21 15:09:42 | 日記
大津さまは伊勢に旅立たれた。

その現実は私にとってやはり寂しかった。

でも大津さまのことを思えばやはり喜ばしいことで…大津さまの妃として背筋を伸ばし生きなければ。

大名児は私の気持ちを察して歌を送ってくれた。

大津さまがいかに愛おしく私を見つめ羨ましいと言った歌だった。

そなたも寂しいことであろうに。

私は大名児の歌を口ずさみながら、香具山の邸で秋の訪れをぼんやりと眺めていた。

モトやフキが私を察してか秋の味覚を持って来て楽しませようとしてくれていた。

「お百姓が、大津妃さまにとほらご覧なさってくださいませ。今日のお夕餉にお出し致します。」

「私は少しでいいわ。モト、フキしっかり食べて。でないとお百姓たちが悲しむわ。」

「妃さま、昨日も今日もあまり食しておられませんわ。それでは大津さまがお悲しみになられますわ。」とフキが瞳に涙を浮かべ私に訴えてくれた。

「すまぬ。おいしそうと思い食べようとすると胸のあたりがつかえて。」と言うとモトが慌てて叩頭しその場を離れた。

フキは「妃さま、モトは妃さまのことを思い女官長さまを連れて参りますわ。」と言った。

フキの言うとおりモトは女官長を連れてきた。

「皇女さま」と言いそれに答えると薬師も来られ色々とお答えした。

薬師は「大津妃さま、御懐妊にございます。天皇さまとの和子がお身体にいらっしゃいます。」と高揚し言われた。

子…私の中に新しい命…大津さまとの御子。

女官長、モト、フキも「おめでたい。おめでとうございまする。」と各々祝いの言葉を伝えてくれた。

「待って。大津さまのお耳に伝わる前に兄の川嶋皇子に御指南を仰ぎたいの。」咄嗟に口にしてしまった。

皆が「何故に」という顔で見つめていた。

伊勢に参られた大津さまがなんと思われるかと考えると得策でないような気がして…

「いま、上皇薨御の伝達を大津さまは斎宮の姉上さまになさっている…今はお控えしたい。何時申し上げるがよいか兄上にご相談申し上げて大津さまのご負担なきようにしたい。」と言うと女官長が「では一刻でも早く。大津さまもお喜びになられましょう。」と言った。

「私が明日にでも兄上のもとに参りご相談申し上げる。それまで皆は口外せず待ってくれぬか。」と言った。

私だけの問題ではすまぬ…この飛鳥浄御原を、この国の行く末を私のこの小さな私だけに微に感じる命を守るために…ひいては大津さまもお守りしたい…私は考えていた。