女郎花と藤袴の歌。物の名などは戯れることを知り、貫之のいう「言の心」を心得ていれば、歌の「清げな姿」の帯が解けて艶なる情が顕れる。それが公任のいう歌の「心にをかしきところ」。併せて、同じ「言の心」で、山上憶良の七くさの歌を聞く、まさに「いとをかし」よ。
古今和歌集 巻第四 秋歌上
237~239
237
ものへまかりけるに、人の家にをみなへしうゑたりけるをみてよめる
兼覧王
をみなへしうしろめたくも見ゆるかな あれたる宿にひとりたてれば
或る所へ出かけたときに、人の家に女郎花植えてあったのを見て詠んだ歌。
女郎花、気がかりなようすに見えるなあ、荒れてる宿に、ただ独り立っているので……をみなへし、気がとがめるようにも思えるなあ、荒んだやとに、つれなく立てたので。
「人…知人…女」「いへ…家…井へ…女」「植える…なえうえつける…たねうえつける」「を…おとこ」「見…覯」。「をみなへし…女郎花…娘部思(万葉集の表記)…をみなを思う…をみな圧し」「うしろめたし…相手が不安で心配…気がとがめる」「やど…宿…や門…女」「ひとり…独り…連れることなく」「立てれば…立っているので…うえ立てたので」。
238
寛平の御時、蔵人所のをのこどもさが野に花みむとてまかりたりけるとき、かへるとて、みな歌よみけるついでによめる
平 貞文
花にあかでなにかへるらんをみなへし おほかるのべにねなましものを
寛平の御時、蔵人所の男ども、嵯峨野に花見しょうと出かけた時、帰るということで、みな歌を詠んだついでに詠んだ歌。
花に飽きずに、どうして帰るのだろうか、女郎花、多くある野辺で寝ればいいのになあ……お花には、飽き満ち足りていないのに、なぜ帰るのだろう、をみなへし、おほかるさが野でなお寝ればいいのに。
「嵯峨野…土地の名、戯れる。性野」。「花…草花…女花…木の花…男花」「おほかる…多くある…多くかる…おおくむさぼる…人のさが」「かる…借る…刈る…むさぼる…あさる…まぐあう」「野辺…さがののひら野の辺り…やまばでなくなったところ」「まし…すればよい…適当の意を表わす」。
239
これさだのみこの家の歌合によめる
敏行朝臣
なに人かきてぬぎかけしふぢばかま くる秋ごとに野辺をにほはす
是貞親王家歌合に詠んだ歌
誰が来て脱ぎ掛けたのか、藤袴、来る秋毎に野辺を彩る……だれがきて情けをかけたか、ふぢばかま、ひとの華くる飽き毎にのべをにおわす。
「なにびと…誰…いかなるいい男」「藤袴…草花…佳き香ある女花…女の華」「ふぢ…藤色…ぶち…斑…雑…華麗ではない」「はかま…袴…腰から下を包む衣類、男女とも着ける…下半身…ばか間」「かける…衣を脱いで掛ける…情けをかける」「来る秋…来る飽き…繰る飽き…繰り返す飽き」「野辺…野の辺り…山ばでなくなったところ…伸べ…延べ」「にほはす…色彩豊かにする…匂い立たせる…色付かせる」。
上三首。女郎花および藤袴に寄せて、をみなへしについて、おとこの思いざまを詠んだ歌。
山上憶良の七くさの歌
万葉集 巻第八 山上憶良詠秋野花歌二首
秋の野に咲きたる花をお指折り かき数えれば七種の花 其一
萩の花をばな葛花なでしこの花 をみなへし又藤袴朝がほの花 其二
歌の姿は言うまでもなく花の名羅列。七種の花と表記されてあり七草の花ではない。七種のお花を詠んだ歌、これよ。
飽きのひら野に咲きたるお花をおよび折り、数えてみれば七種のお花。その一
端木の花、お花、くず花、なでしこの花、をみな圧し、又ぶちばか間、浅かおの花。 その二
「萩…端木…おとこ」「を花…すすき…おとこ花」「葛…屑」「なでしこ…愛らしい子の君」「をみなへし…をみな圧し」「藤…ふぢ…ぶち…斑…雑…華麗ではない…藤氏を意味したかどうかは知らない」「又…再び…繰り返し…股」「袴…下半身に着ける物…下半身…馬鹿間、このとき馬鹿に愚かという意味があったかどうかは知らない。乱暴な時のすさのおのみことが織女の屋に引き裂いてぶち込んだのは、ぶち駒」「ま…間…股間」「朝…浅…情が浅い…薄情」。
言の戯れを知らず貫之の言葉を軽視した近代以来の大真面目な人々は、たぶん、こんな花の名の羅列の歌など、おかしくもないでしょうけれど、古今集の花の歌や枕草子の花の名の羅列のおかし味は、すでに万葉集の歌に始まっている。これらのすべてを、大真面目な目は見失ったまま。君は、清げな衣着た歌の上半身しか見せられていなかったのよ。
伝授 清原のおうな
鶴の齢を賜ったという媼の古今伝授を書き記している。
聞書 かき人しらず