いよいよ明日。
毎年恒例のミッシェルファン同窓会(笑)
今年もよろしくお願いします。
ミッシェルとともに歩んだ日々を思い起こしながら、年相応にミッシェルさんらを思い出して楽しむイベントを考えてはや幾年・・・。
解散から来年で10年です。
皆様もお年を召して(笑)行動範囲も狭くなってきたと思いますが
この日くらいは、ちょっとだけアクティブに動いてみませんか?
当日流れる予定のDVD「1999@横浜アリーナ」を見ながら、騒ぎたくなったら騒いでもいいのですよ。
椅子に腰掛けてみたい人はお早めにお越しください。
では、当日に向けてこのDVDを収録した当時を振り返りたいと思います。
1996年にカルトグラススターズでデビューした彼らは、見る見るうちにシーンの景色を塗り替えて人気者になりました。
特に「何よりライブ」がモットーだった彼らのライブのチケットはツアーを重ねるごとに取れにくくなり、全国の小さいライブハウスツアーも軒並みソールドアウト。
「スタンディングしかしない」「チケット料金は高くしない」「売り切れても当日券は必ず出す」
などなどのこだわりぬいた彼らのライブへのポリシーを前に、もっと彼らを実績として世に送り出したいとレコード会社やイベンターなどのプッシュが始まった1998。
伝説の豊洲のフジロックに続き、アルバム「ギアブルーズ」で完全にブレイクした彼らに、取り巻く環境は一変。一気に音楽界のトップとして、あらゆる雑誌の表紙を飾るようになった。
そんな彼らをもっと多くのお客さんが見れる場所でライブをさせようと、関係者がもちあげた企画がこれ。「大会場でスタンディングライブ」
今となっては当たり前の形式ながら、当時としては大会場でアリーナ席で座席がないなんてライブは存在しなかった。
だから初の試みとして@横浜アリーナのスタンディングライブは大注目をうけた。
その頃、私は。
どんどん入れ替わる客層、取りにくくなるチケット。猫も杓子もミッシェルガンエレファントを聞けば「ROCK聞いてます」なムードになってきた様変わりにうんざりしてきていた。
ミーシャとブームとミッシェルいつも聞いてます!って流れがイヤでイヤで(笑)
やっぱチバはパンクなんだぜと思ってライブに行っても(笑)、ただ流行のダイブを体験したい風だったりモッシュして暴れたいだけの、雰囲気ロック好きに汚染されてるのや、売れてるから一応見にきましたなカップルがスタンディングでもみくちゃで、でも動かないで彼氏彼女を必死に守る・・・のとかを見て、ミッシェルのファイティングなライブを見に来た気がしなくなって完全にドン引きしていた。
大会場で取りやすくなったチケットも、今まで狭い箱の一番後ろよりもずっと遠い場所から、なんだかよく分からないけど盛り上がってるお客さんたちを眺めるむなしさに耐えられず、チケットも取らずに日程を傍観していることの方が多くなっていた。
この横浜アリーナライブも、まあ初の試みだって言うし1回くらいなら、な気分で行きました。
でも気分は最悪。完全に自分のイメージのミッシェルと違う。客層も盛り上がりも。
会場に着くと、荷物をクロークに預けろを言うので仕方なしに列に並んだ。
そしたら、初の試みすぎて。ものすごく待たされて待たされた。
で、案の定並んでるうちに客電落ちてSEが聞こえ始めてしまった。
この時点でかなりお怒り。
ようやくクロークにあずけて会場に入ると既にメンバーは登場してた。
席はアリーナのコウジ君側の最前ブロックだったので、行ってみると目の前が大きなスピーカーのところの最前はがら空きだった。
そこからステージと客席の間を覗き込んでみた。
・・・カメラのクレーンがあったりしてすごくステージが遠かった。
やっぱりうんざりした。なにをやっても盛り上がる客席。コンサートじゃん、って。
ミッシェルに対しても、この頃一番興味が失せていたかも。
ギアブルーズのアルバムは嫌いでほとんど聞いていなかったのは、曲がイヤだったのではなく。
バブル人気でミッシェルが浮かれてるに決まってると思っていたから。むかついて聞けなかった。
ライブはそりゃ盛り上がってましたよ。ギアのアルバムの曲ですから。
キウは見えないし、アベッキーも遠い。近くのコウジ君は愛想を振りまきまくってて引いた。
だからチバを眺めていた。たしかモニターとかもあったのかな。
たしかそっちばっかり見てた気がする。
チバは無表情で、カリスマきどってるのかと苦々しく思っていた。
好きな曲もなんか違う。どうやってライブを見たらいいのか分からなくなって、床に座って色々眺めてた。
しばらくして、キラービーチが始まった。それまではそんなに好きな曲じゃなかったのにこのときにチバが放った歌詞に度肝を抜かれた。
このライブを収録してた映像を販売するにきまってるのに、歌をシモネタに変えて歌った。
ライブにはヤングも一杯きてるのに。爆笑した。チバいいねーと。
その瞬間から、全てのわだかまりが消えた。私も立ち上がって最前列に突っ込んでチバにこぶしを上げに行ってしまった。
このライブの思い出はコレだけ。(笑)
あとは、帰りに規制退場をクローク待ちで2時間くらい待たされて、友達ともバラバラ、ご飯も食べられずに終電ギリギリに新横浜を出たという怒りしか覚えてない。
私にとって、はじめてみるも同然の伝説の1999@横浜アリーナライブ。
何か思い出すかもしれない。
明日は楽しみに見たいと思う。
from支配人
毎年恒例のミッシェルファン同窓会(笑)
今年もよろしくお願いします。
ミッシェルとともに歩んだ日々を思い起こしながら、年相応にミッシェルさんらを思い出して楽しむイベントを考えてはや幾年・・・。
解散から来年で10年です。
皆様もお年を召して(笑)行動範囲も狭くなってきたと思いますが
この日くらいは、ちょっとだけアクティブに動いてみませんか?
当日流れる予定のDVD「1999@横浜アリーナ」を見ながら、騒ぎたくなったら騒いでもいいのですよ。
椅子に腰掛けてみたい人はお早めにお越しください。
では、当日に向けてこのDVDを収録した当時を振り返りたいと思います。
1996年にカルトグラススターズでデビューした彼らは、見る見るうちにシーンの景色を塗り替えて人気者になりました。
特に「何よりライブ」がモットーだった彼らのライブのチケットはツアーを重ねるごとに取れにくくなり、全国の小さいライブハウスツアーも軒並みソールドアウト。
「スタンディングしかしない」「チケット料金は高くしない」「売り切れても当日券は必ず出す」
などなどのこだわりぬいた彼らのライブへのポリシーを前に、もっと彼らを実績として世に送り出したいとレコード会社やイベンターなどのプッシュが始まった1998。
伝説の豊洲のフジロックに続き、アルバム「ギアブルーズ」で完全にブレイクした彼らに、取り巻く環境は一変。一気に音楽界のトップとして、あらゆる雑誌の表紙を飾るようになった。
そんな彼らをもっと多くのお客さんが見れる場所でライブをさせようと、関係者がもちあげた企画がこれ。「大会場でスタンディングライブ」
今となっては当たり前の形式ながら、当時としては大会場でアリーナ席で座席がないなんてライブは存在しなかった。
だから初の試みとして@横浜アリーナのスタンディングライブは大注目をうけた。
その頃、私は。
どんどん入れ替わる客層、取りにくくなるチケット。猫も杓子もミッシェルガンエレファントを聞けば「ROCK聞いてます」なムードになってきた様変わりにうんざりしてきていた。
ミーシャとブームとミッシェルいつも聞いてます!って流れがイヤでイヤで(笑)
やっぱチバはパンクなんだぜと思ってライブに行っても(笑)、ただ流行のダイブを体験したい風だったりモッシュして暴れたいだけの、雰囲気ロック好きに汚染されてるのや、売れてるから一応見にきましたなカップルがスタンディングでもみくちゃで、でも動かないで彼氏彼女を必死に守る・・・のとかを見て、ミッシェルのファイティングなライブを見に来た気がしなくなって完全にドン引きしていた。
大会場で取りやすくなったチケットも、今まで狭い箱の一番後ろよりもずっと遠い場所から、なんだかよく分からないけど盛り上がってるお客さんたちを眺めるむなしさに耐えられず、チケットも取らずに日程を傍観していることの方が多くなっていた。
この横浜アリーナライブも、まあ初の試みだって言うし1回くらいなら、な気分で行きました。
でも気分は最悪。完全に自分のイメージのミッシェルと違う。客層も盛り上がりも。
会場に着くと、荷物をクロークに預けろを言うので仕方なしに列に並んだ。
そしたら、初の試みすぎて。ものすごく待たされて待たされた。
で、案の定並んでるうちに客電落ちてSEが聞こえ始めてしまった。
この時点でかなりお怒り。
ようやくクロークにあずけて会場に入ると既にメンバーは登場してた。
席はアリーナのコウジ君側の最前ブロックだったので、行ってみると目の前が大きなスピーカーのところの最前はがら空きだった。
そこからステージと客席の間を覗き込んでみた。
・・・カメラのクレーンがあったりしてすごくステージが遠かった。
やっぱりうんざりした。なにをやっても盛り上がる客席。コンサートじゃん、って。
ミッシェルに対しても、この頃一番興味が失せていたかも。
ギアブルーズのアルバムは嫌いでほとんど聞いていなかったのは、曲がイヤだったのではなく。
バブル人気でミッシェルが浮かれてるに決まってると思っていたから。むかついて聞けなかった。
ライブはそりゃ盛り上がってましたよ。ギアのアルバムの曲ですから。
キウは見えないし、アベッキーも遠い。近くのコウジ君は愛想を振りまきまくってて引いた。
だからチバを眺めていた。たしかモニターとかもあったのかな。
たしかそっちばっかり見てた気がする。
チバは無表情で、カリスマきどってるのかと苦々しく思っていた。
好きな曲もなんか違う。どうやってライブを見たらいいのか分からなくなって、床に座って色々眺めてた。
しばらくして、キラービーチが始まった。それまではそんなに好きな曲じゃなかったのにこのときにチバが放った歌詞に度肝を抜かれた。
このライブを収録してた映像を販売するにきまってるのに、歌をシモネタに変えて歌った。
ライブにはヤングも一杯きてるのに。爆笑した。チバいいねーと。
その瞬間から、全てのわだかまりが消えた。私も立ち上がって最前列に突っ込んでチバにこぶしを上げに行ってしまった。
このライブの思い出はコレだけ。(笑)
あとは、帰りに規制退場をクローク待ちで2時間くらい待たされて、友達ともバラバラ、ご飯も食べられずに終電ギリギリに新横浜を出たという怒りしか覚えてない。
私にとって、はじめてみるも同然の伝説の1999@横浜アリーナライブ。
何か思い出すかもしれない。
明日は楽しみに見たいと思う。
from支配人