定年夫婦の暮らし方(店長日記)

盛岡に住む定年夫婦(昭和20年生)の暮らしを分ち合います。

115回ピースボート世界一周航海記その40(エジプト・ポートサイド)

2024年03月13日 | 思い出の旅行

  2023年ピースボート航海記 その15(ポートサイド エジプト)
 
     11月8日(水)ポートサイド
     3時 ポートサイド港、ツーリストポート着岸
 予定 「キザのピラミッドと博物館」 集合6時25分 

4時、起床
4時30分、14階で朝食、パン、茹で卵、野菜サラダ
5時、帰室
6時、霧のため出発が遅れるとの船内放送
6時30分、デッキからバスが数台待機しているのが見える
6時55分、集合
7時40分、出発
12時30分、エジプト考古学博物館
13時30分、   同      出発
14時、レストランで昼食
15時、レストラン出発
15時30分、土産屋
17時、キザのピラミッド入口
20時、帰船

 

ほとんど眠れずに4時起きる。4時30分、14階で朝食、5時30分帰室して準備。霧のため出発が遅れるので部屋で待機する様にとの船内放送がある。次に7時40分集合(1時間20分遅れ)との放送があり指定された集合場所に行く。かなり遅れて集合場所を出発、パスポートのチェク(出国許可スタンプの確認)、荷物検査があってエジプト入国、20台程のコンボイを組んでバスは出発(1時間30分遅れ)。
 賑やかなポートサイド市内を通過、表通りは1階が店舗の集合住宅がさらにその奥にも集合住宅びっしり並んでいた、ポートサイドの街を過ぎ高速道路に入る。料金所の前に、スピードを落とすマウンド(高さ10センチ、長さ3メートル位か?)がある、これはしっかり記憶(初めて乗った2006年のピースボートの船旅でも同じツアーに参加)にある、その先に凸型の金具が埋め込まれている場所もあった。二重のスピード調整(スピードを落とす)のための装置だ。料金所は頻繁にあるのでその度に「ガタン」と言う音と上下の振動がくるので乗り午後地は甚だ悪い。
 郊外では道路の右手(左手は何も利用されていない荒地が続く、時折、工場のような建物が見えた)には畑が広がっていた、椰子、オリーブ(多分?)、何か分からない作物が植えられていた。農家も点々と見える、大抵、ブロックの平家建て、大型の農機具は見られない。小さな畑では時折、作業している人が見られたが大きな畑では全く人が見られなかった。代わりに、巨大なスプリンクラーが見えた。長さ100メートル位あり車がついていて、円形状に散水する。運よく散水している状態を見ることができた。地下水を使うのだろうが結構な水量が必要と思われた。 
 塀で囲まれて所で10数頭、農地で2頭、牛を放牧していた、また、2〜3頭のラクダ(?)を見つけた。また、小さなモスク(地域の人々の祈りの場か、スピーカーが設置されているものもある)がよく見られた。信仰が篤いことが分かる。
 高速道路では市場に搬入するのかトマトなど野菜やシートを掛けた大きな荷物(廃棄物?)を運ぶトラックが頻繁に見られた。
 農地を出るとカイロの郊外に入った。10階建ほどの集合住宅がぎっしり並んでいる。デザインは独特な装飾を施したもの、シンプルなものが混在している、色は白か茶系、全体にくすんだ(埃っぽい)印象、建築中のもの、空き家のように見えるものもあった。一戸建てではなく集合住宅に住むようになっているのか?
 繁華街に入ると集合住宅の1階部分がネオンや照明で煌々と照らされている店舗が続き活気を醸し出している。人懐っこいのか車の荷台に乗っている人、歩いている人、休んでいる人が手を振る。さらに都心部に入ると近代的なオフィスビルと古い壊れ掛けている建物が混在している。前回訪れた時も気になったが屋上がゴミ捨て場のようになっている、ただ前回(古い建物のほどんどの屋上がゴミ捨て場状態だった)より少なくなった様に思えた。
 真新しい鉄道の駅も見え、新しい綺麗な列車が停まっていた。カイロ駅は古びていてあまり変化が見られなかった。高速道路を降り、エジプト考古学博物館に到着、見学客で混雑している。手荷物検査を受け入場する。
 内部は前回来た時と同じ(改装されていない)、ただ、展示品が少なくなっている印象を受けた。(見学者が増加したためか?)棺、ミイラ、副葬品の椅子、ベット、ツボ、皿などを重点的に見物する。ツタンカーメンの展示室は撮影禁止、黄金のマスクや身につけていた装飾品が展示されたいた。ネックレスなどの装飾品はデザイン(文様)、加工技術共に素晴らしかった。モチーフが人とシンボルの違いはあるが完成度はギリシャと匹敵すると思われた。王の彫刻は親しみは感じられないが神としての威厳、人々に恐れを抱かせる迫力を感じる。人間の姿をした神(人間的な神)を表現しているギリシャ彫刻との大きな違いだと思った。
 時間がないので早々に博物館見学を終え、レストランへ向かう。大きなビュッフェ形式のレストランでサラダ類、肉料理、魚のフライ、デザートなどを自分で皿盛って食べる。PM号の14階レストランと同じ気分になった。幸い、ビールがついたので良かったが、、。
 レストランを出ると何故かお土産屋(発掘品のレプリカ、値段は書いていない)に着いた、私たちは店の商品を見て出る。(何人か買っている人がいた。)買い物を終え、ピラミッドへ向かったが入り口でストップして動かない。30分以上その場て停車していたがピラミッド見物は出来ないとのこと、代わりに写真撮影をして良いと言われる。とりあえず、写真を撮ったが皆さん、納得できない様子、バスの中でピラミッド観光が出来なかった代わりにレストランの屋上から夕焼けのピラミッドを撮影できると釈明。皆さん言われるまま、屋上で写真撮影をするがそれほどの価値は無い。
 ピラミッド、ピラミッド展望台、スフィンクス見物は無いまま又バスに3時間乗って帰ることになった。高速道路脇でバスが集まりコンボイで港を目指す。皆さん(カミさんも)は寝ていたが私は夜景を眺めて過ごした。港近くになって、女性客の一人がこのままでは納得できないのでピースボートに抗議したい、賛同する方は署名して欲しいと提案、私たちも賛同して署名した。バスが港に到着するとピースボートのクルーズディレクターが乗ってきてお詫びをし、対応については今後、先方の代理店と検討して手紙で回答したいと説明した。
 バスを降りで外の空気を吸いながら周辺を散策、ビールなど買い物をしたかったがカミさんは銃を持った軍人が数人警戒していたので怖がって実現できなかった。ターミナルに入ると土産屋さんが店を広げていた。物色して回る、カミさんは焼物のスカラベを見つける、値段を聞くと5ドルとのこと、高いので止める。他の店にもあったので2ドルだったら買うことにして値段を聞くと1ドルとのこと、即座に購入する。
 部屋に戻り、シャワーを浴びる、埃が流された感じで気持ち良い。14階で遅い夕食、ビールを飲む、美味い!

 

 

 ポートサイド港

 

 岸壁の風景、広場があり住宅が並んでいる。

 左の公園では掃除人がやる気なさそうに作業(サボっているとしか見えない)していた。

 

 生活感あふれる団地風景です。

 

 同

 

 バスから見た風景 巨大なスプリンクラー

 

 バスから見た風景、椰子の木とサボテン

 

 バスから見た風景 有料道路の料金所、段差があります。

 

 鉄道

 

 ナイル川

 

 エジプト考古学博物館の入口

 

 博物館内部

 

 館内風景 木棺、装飾がシンプルで美しい

 

 ツタンカーメンの義理の父母のミイラ

  

 スフィンクス(ネメスと呼ばれる頭巾を付けたファラオの顔とライオンの体を持つ)神殿、王宮、墳墓の守り神

 

 土器

 

 土器

 

 ツタンカーメンの儀式用の椅子、素晴らしい装飾です。

 

 葉が土埃で覆われている

 

 昼食

 

 この土産屋に寄ったためにピラミッドは時間切れになった。(現地ガイドがリベート欲しさに寄ったと思われる。)

 

 時間ぎれで入れず、入場門の外から撮影する

 

 入口にあった観光警察の車両(ニッサンとトヨタ)

 

 レストランの屋上から三大ピラミッドを眺める。左からメンカウラー、カフラー、クフ

 

 展望は良かったがピラミッドに直に触ってみたかった

 

 港の臨時の土産屋さん

 

 値段は交渉が必要、同時に他の店と比較も必要(同じものを扱っている例が多い)

 

 ようやく帰ってきました。(自分の家に帰ってきた様な安心感)

 

 

 

 

 


    


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