第71条 特許発明の技術的範囲については、特許庁に対し、判定を求めることができる。
判定請求(71条1項)
他の特許発明、対象製品等が特許発明の技術的範囲に属するか否かの審理を特許庁に請求する。利用発明が成立するか、特許権侵害が成立するかについて特許庁審判官合議体による客観的判断を得ることができる。ただし、鑑定的性格を有し、法的拘束力はない。このため、例えば特許権者等が無効理由があることを知りながら対象製品が技術的範囲に属する旨の肯定的な判定結果を得た場合でも、権利行使が制限されるだけでなく(104条の3)、警告後に相手方に与えた損害を賠償する責めに問われるおそれもある(民709条)。
特許権者等は、慎重な権利行使を行うために、侵害被疑品(イ号製品)が技術的範囲に属する旨の判定結果を得た後、侵害被疑者に警告を行うことができる。侵害被疑者は、侵害の警告を受けた後、判定請求を行って特許発明の実施に該当するか否かを判断することができる。
判定請求の趣旨を、特許発明にかかる特許権に対して先使用権(79条)が成立するか否かの審理を求めることはできない。先使用権は、特許権に対する抗弁的権利として、技術的範囲の属否以外にも所定の要件の具備が要求されるため、特許庁においてその所定の要件の具備を審理することはできないためである。また、先使用権の有無は、当事者に争いがあるときには裁判所によって判断されるべきであり、特許庁による認定と裁判所による認定とに矛盾が生じないようにすべきだからである。
4 前項において読み替えて準用する第135条の規定による決定に対しては、不服を申し立てることができない。
判定は行政庁による処分でないため、判定の結論に対しては行政不服審査法による不服申立はできない。
(他人の特許発明等との関係)
第72条 特許権者、専用実施権者又は通常実施権者は、その特許発明がその特許出願の日前の出願に係る他人の特許発明、登録実用新案若しくは登録意匠若しくはこれに類似する意匠を利用するものであるとき、又はその特許権がその特許出願の日前の出願に係る他人の意匠権若しくは商標権と抵触するときは、業としてその特許発明の実施をすることができない。
自己の特許発明については原則として独占的に実施が可能である(68条本文)。しかし、特許発明であっても先願の特許発明を利用する場合には、先願優位の原則により後願の特許権者の実施が制限される(72条)。ここで、利用とは、後願の特許発明の実施が、他人の先願の特許発明の構成要件のすべてを含む実施になるが、その逆は成り立たない関係をいう。この場合、後願の特許権者は、先願の特許権者の承諾を得ない限り後願の特許発明の実施ができない。
利用発明とは、他人の先願特許発明の構成要件をそっくりそのまま取り込んで別発明を完成させているものの、先願特許発明の作用効果を奏し、実施をすれば不可避的に先願特許発明を実施することになり、その逆は成り立たない後願特許発明のことをいう。
ただし、化学発明においては、特許請求の範囲の文言上は新たな構成要件の付加であっても、新たな構成要件の付加によって得られる生成物の構造が先願特許発明と異なることがあり、先願特許発明の作用効果を奏さない場合には、利用関係は成立しない。
利用発明は、先願特許発明に対する他の構成要件の付加(外的付加)によって成立する。これに対し、先願特許発明における構成要件に対する限定要件の付加(内的付加)は、先願特許発明の構成要件から一部を選択したという意味で選択発明が成立する場合がある。また、選択発明が成立するためには、物の構造に基づく効果の予測が困難な技術分野に属する発明で、刊行物に対して下位概念で表現された発明又は選択枝の一部を発明特定事項とした場合に、新規性が否定されないことを要する。さらに、進歩性が否定されないためには、刊行物に記載された発明が有する効果とは異質な効果又は同質であるが際立って優れた効果を有し、技術水準から当業者が予測できないことを要する。
選択発明が利用発明となるかについては、①上位概念たる先願特許発明の構成要件の具備を前提とするため、利用発明となるとする説と、②選択発明は、先願特許発明の未完成部分について成立するため、両発明は別発明であり、利用発明とならないとする説(穴あき説)とがある。選択発明が、先願特許発明の作用効果を奏する限りは、先願特許発明の技術思想の上に成り立っていると考えられるため、利用発明とするのが妥当と解する。
<利用発明>
後願利用発明の特許権者等は、先願発明を実施する権利を有していないと、先願優位の原則により、後願利用発明を実施できないため(72条)、後願利用発明について、実施権の設定許諾(77条1項、78条1項)、差止請求(100条1項)、損害賠償請求(民709条)ができるかが問題となる。
(1)実施権の設定許諾
後願利用発明の特許権者等は、自己が先願発明について実施権を有していない限り、後願利用発明について他人に実施権を設定許諾できないとも考えられる。
しかし、先願特許権者であっても、後願の特許発明の実施ができず、後願特許権者の実施許諾等を受ける必要がある。したがって、後願利用発明の実施許諾を得る場合が想定されるため、後願利用発明の特許権者は、自己が先願発明について実施権を有していない場合でも、後願利用発明について、先願特許権者、第三者に対して実施許諾をすることができると考える。
(2)差止請求
後願利用発明の特許権者等は、自己の特許発明を侵害する者又はそのおそれがある者に対して差止請求をすることができる(100条1項)。仮に、後願利用発明の特許権者は、先願発明の実施権を有していない場合でも、独占排他権を有している以上当然に差止請求することができる。
(3)損害賠償請求
後願利用発明の特許権者は、先願発明の実施権を有していない限り、自己が後願利用発明の実施ができないため、損害が発生せず、民709条、102条1項、2項に基づく損害賠償請求はできないと解する。これらの規定においては、自己が特許発明を実施していることが前提となるためである。
一方、後願利用発明の特許権者等は、先願発明の実施権を有していない限り、102条3項に基づく実施料相当額の損害賠償請求もできないと思われる。実施ができない権利に、実施料相当額の損害賠償請求を認めるのは妥当でないためである。
しかし、102条3項は、損害の発生を擬制する規定であると考えれば、後願特許発明の特許権者に、実施する権利を有していなくても、実施料相当額の損害賠償請求を認めてもよいと解する。なぜならば、第三者が、先願特許発明の実施許諾を得ると共に後願発明の実施許諾を得る場合があると想定されるためである。後願利用発明の特許権者も、独占排他権を有する以上、最低限の実施料相当額の収入を得る権利を有するためである。
「利用発明」
特許権は物権的権利であり、原則として、特許権者は、使用、収益、処分が自由に可能である(68条)。しかし、他人の特許発明、登録実用新案、登録意匠・類似意匠を利用する場合にも、適法に権利が発生する。このとき、先願優位の原則により後願の実施が制限される(72条)。従って、後願の利用発明を実施するためには、先願特許発明について先願特許権者から実施許諾を得る必要がある(78条1項)。先願特許権に専用実施権者がいる場合には、先願特許権者から承諾を得た専用実施権者から先願特許発明について実施許諾を受ける必要がある(77条4項)。
意匠法においては、利用関係が未登録意匠との間においても成立する。特許法においては、特許請求の範囲に記載された構成要件をすべて充足すれば権利侵害になるため、利用関係を問うまでもなく侵害が成立する。
「抵触」
審査を経ていない権利対象の間では、一方の権利を実施、使用すると他方の権利を実施、使用することになる抵触関係が適法に生ずる。特許権と意匠権又は商標権との間で抵触関係が生ずる。例えば、物品に設けた特殊な形状が技術的特徴を有する場合に、同一の形状が視覚に訴え美感を生じさせるときは、特許権と意匠権とが抵触することがある。また、例えば、物品の形状自体に技術的特徴を有する場合に、同一の商品としての物品自体の形状を表示する立体商標があるときは、特許権と商標権とが抵触することがある。立体商標としていない限り、抵触関係は生じないと考えられる(平面商標と扱われる凹凸形状を含む)。
(共有に係る特許権)
第73条 特許権が共有に係るときは、各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、その持分を譲渡し、又はその持分を目的として質権を設定することができない。
2 特許権が共有に係るときは、各共有者は、契約で別段の定をした場合を除き、他の共有者の同意を得ないでその特許発明の実施をすることができる。
3 特許権が共有に係るときは、各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、その特許権について専用実施権を設定し、又は他人に通常実施権を許諾することができない。
<共有者の利用発明>
共有者の一人が、共有の先願発明を利用する後願利用発明をした場合、他の共有者の同意を得ずに実施できるかが問題となる。共有者の一人は、先願発明について、同意を得ない限り実施できない旨の契約がある場合には、先願発明を実施できない以上、後願利用発明も実施できないと考える(73条1項)。他方、先願発明について、別段の定めがないときには、後願利用発明を、他の共有者の同意を得ることなく実施できる。
(共有者の一方が、利用発明をしたとき、先願発明について契約で定めがない限り、後願利用発明を自由に実施できる。先願発明について自由に実施できる権利を有するためである(73条2項)。一方、他の共有者は、後願利用発明を実施することはできない。)
会社間に、特許発明をしたときには共同出願人になる旨の契約がある場合に、一方の会社が無断で特許出願をしたときにはどうなるか。契約違反は生じるものの、一方の会社が発明者から適法に特許を受ける権利を譲り受けていれば、冒認出願にはならない(49条6号)。出願後に、他の会社は契約違反を理由に特許受ける権利の一部の譲渡を受けるための名義人変更届の請求をすることができるか問題となる。特許を受ける権利は、私益的性格を有すると共に国家に対して権利付与を請求する公権的性格を有する。特許を受ける権利は、特許出願することが第三者対抗要件であることからすると(34条1項)、出願人にならなかった他方の会社は、一方の会社に対抗することはできない。しかし、会社間の契約は有効であるため、契約を履行するために名義変更届の提出を請求できると考えられる。
<一機関>
共有者の一人は、他の共有者の同意を得ない限り、他人に実施権を設定・許諾することができない(73条3項)。したがって、共有者の一人は、他人に実施権を許諾・設定するときには、他の共有者の同意を得ないと、当該契約は無効である。単に同意権の侵害とすると他の共有者の不利益が大きく、他の共有者の持分の経済価値を著しく減少させるおそれがあるためである。なお、他人は、共有者の一人に、契約の解除、債務不履行に基づく損害賠償請求(民415条)が可能である。
しかし、共有者の一人が、一機関(下請け)として、他人に特許発明を実施させるときには、他の共有者の同意は不要である。一機関に該当するためには、①共有者の一人が、他人との間に工賃を支払って製作させる契約の存在があること、②製作について共有者の一人の指揮監督(原料の購入、製品の販売、品質の管理)があること、③製品を全部共有者の一人に引き渡して、他の者へ売り渡していないことのすべてを満たす必要がある。
一機関の実施は共有者の一人の実施と同一視することができ、共有者の一人は、他の共有者の同意を得ることが不要である。