アルビノシンガーRico

大好きなウタ歌ってます。感じたことやライブ情報もインフォします。
#アルビノシンガーrico #歌ひめrico

よ~こ~く~!

2013-03-18 21:27:43 | 日記
私たちの本が、今年の半ばに出版されることになりそで~す(⌒_⌒)

キャーッ
マジですか~\(^O^)/?

やったね~(b^ー゜)♪

と言うのは、
以前朝日新聞にいらして現在フリージャーナリストの 川名さんが、私たちの話に耳を傾けてくださり動物のアルビノについての書籍は結構有のに、アルビノの人間について書かれた書籍は全くと言っていいほど無く、国会図書館まで足をはこばれたそうですが無かったことから、私たちやその家族の辛い思いと同じ思いを少しでもしなくてすむようになるならと、日本中を周り沢山の当事者に取材を重ね、本にまとめてくださいました。
勿論、私のことも書いてくださってます(^.^)b


発売になったら改めてお知らせしますね。


お楽しみに~(b^ー゜)♪


川名さん、私のこと酒飲みのオッサンて書いてはれへんやろな~???

ちょっと、心配(;^_^A。
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読売新聞記事内容

2013-03-18 07:36:22 | 日記
リクエストありましたので転記します。↓

■アルビノ 人生の転機
 2013/03/14 読売大阪 夕刊 心面

 白や金色の髪に真っ白な肌。メラニン色素が欠乏しているアルビノの人々は、
「見た目」の違いに加え、弱視というハンディキャップもある。多数派と異なる体に生まれ、どんなことを感じてきたのか。人生に転機をもたらしたことは何か。
3人の体験を紹介する。(編集委員 原昌平)

 ◆隠すよりも「見て」 
 寺田利子さん(52)(大阪府茨木市)は今、大阪市の事務職員として働いている。結婚、出産、離婚も経験した。生後6か月から40歳まで髪を黒く染めてきた。
 生まれた時、親類は「うちにそんな血は流れてない」と言ったという。学校ではいじめが続いた。「気持ち悪い、うつる」とからかわれたり、黒板に白い顔を描かれたり。
 大人にも、あいさつを避けて素通りする人がいた。結婚する時は相手の親から 「敷居をまたがせない。子どもができても抱かない」と告げられた。初めての人と話すのが怖かった。目立たないよう、自分を隠すように暮らした。
 40歳の時に病気をして、毛染めが肝臓に良くないと聞いた。上の娘に意見を尋ねると「染めてないのが本当のお母さんやん」。飲み友達はこう言った。「自分な、染めてても目立つねん。どうせならスッキリ目立とうや」
 そこから変わった。アルビノの集まりにも参加した。金髪も白髪もいっぱい。
自分だけじゃない、と勇気を得た。
 50歳になって「この体に産んでくれてありがとう」と母に言えた。「もし神様がいるなら、いろんな経験をしなさいと与えられた体。アルビノだから特別視してもらえる」
 趣味で歌い手として活動している。コンサートやライブでは、バチッと自分を
見てもらうんや、と胸を張る。

◇写真=「髪にコンプレックスがあった。染めるのをやめて前へ歩み出せた」と 話す寺田利子さん(2月24日、リバティおおさかで)=尾崎孝撮影

 ◆悩める仲間の力に 
 石井更幸(のぶゆき)さん(39)(千葉県袖ヶ浦市)も、26歳まで髪を黒く染め、まゆも黒く塗っていた。中学から柔道をやって強くなり、いじめは消えたものの、「自分は何者なんだ」と問い続けていた。小2の時に受診した大学病院の医師は「一生治りません」と母に告げただけで、診断名も伝えていなかったからだ。
 26歳の時、病院を回り、やっとアルビノと知る。自分を偽って生きたくない、と髪を染めるのをやめた。
 ほかの当事者に会いたいと無性に思った。アルビノの人を探し回って連絡を取った。工場で働きつつ、個人で活動を始めた。交流会の開催や講演のほか、呼ばれたら全国各地へ自腹で出かけ、相談に乗る。10年間に500人以上の仲間に会った。
 一昨年は国際的な会合でニューヨークにも行った。「じろじろ見られないのは新鮮な体験。いろんな人種がいるから、見た目の偏見が少ない」
 痛感するのは、医療関係者を含め、正しい知識・情報が足りないことだ。知らずに悩んでいる親が多い。「過剰な保護はいらない。少しの注意をすれば普通に生活できる。アルビノの弁護士も、大学教授も、お坊さんもいる」
楽しく子育てしてほしい。だから、どこへでも出かけ、時間を共にしながら悩みに耳を傾ける。それが自分の使命だと考えている。

◇写真=「子どもたちに悲しい思いはさせたくない」と語る石井更幸さん(2月24日、リバティおおさかで)=尾崎孝撮影

 ◆独りじゃないんだ 
 「アルビノ・ドーナツの会」代表の薮本(やぶもと)舞さん(29)(奈良県香芝市)は、髪を染めたことも、いじめられたこともない。「白いこと、目が見えにくいことをからかってはいけません」と学校が指導していたからだ。「でも居心地が悪かった。人間関係に壁ができ、無邪気になれなかった」
 高校は遠方を選んだ。同級生には自分からアルビノと説明した。「気にしないよ」とつきあってくれた。
 「違い」に直面したのは高校2年の夏。原付きの運転免許は弱視で無理。バイトしようとファストフード店など十数か所を回ると、見た目のせいでどこにも採用されない。
 みんなにできることが私にはできない。その違いを自分で認められない。食事を取れなくなり、1か月入院した。
 自分にしかできないことはないか。芸術大学に進んで映像を専攻した。ところが就職課の担当者は「視覚障害者の枠しか採用されませんよ」。突き放した言い方だった。
 大切な出会いは23歳の時、紹介されて初めて対面したアルビノの女性。「ほかにも白い人がいる。年齢も外見も似ていて、3時間ほどしゃべりっぱなし。成功談、失敗談が役に立ち、元気をもらった」
 2007年に会を作り、交流会などを始めた。「孤立している仲間が大勢いる。
独りで頑張るんじゃない。お互いを必要としているから」

◇写真=「仲間と会ってから自分はずいぶん変わった」と言う薮本舞さん(奈良県香芝市で)=原昌平撮影
 
 <アルビノ>
 メラニン色素を作る遺伝子の変異が原因で1万~2万人に1人生まれる。症状の出ない保因者(変異を持つ人)はかなりいて、母由来と父由来の両方の遺伝子
に変異があるとアルビノになる。両親と無関係の突然変異もある。ほとんどの人が弱視で、明るい光をまぶしく感じる。肌は紫外線には弱い。

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読売新聞のMさんが

2013-03-18 01:20:49 | 日記
データでも、送ってくださいました。

も~っ、しつこいな~
って言われてるかもしれないけど、とっても嬉しいので記念にアップさせてください。
(^^ゞ!
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