この前MGSVTPPのラストに不甲斐無い気持ちになり勢いで書いた小説なのですが、ふと冷静になって書くのを止めました 笑
そんな小説の冒頭部分だけ切りがいいので短編小説ってことで投稿しました!
短編っていうよりショートショートに近いですが。
悪魔は悪しか行なうことができないゆえに純粋である。
ジャン・コクトー 『恐るべき子供たち』著者
ーー1990年 4月15日 リベリア
コンクリートは抉(えぐ)られ冷えたガラスや壁の破片が散らばり戦火の爪痕が荒々しく残された建物の中で6組程の黒人家族達が身を寄せ合っていた。大人子供合わせて30人以上はいた。その集団の横で数十人の黒人少年兵と彼等を率いているのであろう一人の野戦服を着た男が休息を取っている。
時刻は午後2時に差し掛かっていたが外は砲撃や空襲により上がった黒煙で夜のように暗かった。未だ遠くからは耳を塞ぎたくなるほどの銃撃音や爆撃機のエンジン音、その他多数の爆音が聞こえてくるが廃墟に籠る少年兵と男達はまるで家にでもいるかのように一人一人が自由気ままに休憩を取っている。ある少年兵は銃の手入れをし、ある少年兵は削れた石で壁に戦車を描いている。ある少年兵はひたすら自分の指を舐めて外をぼーっと見ていた。そしてある少年兵が何処からか拾った葉巻に火を付けてそれを吸い出すと崩れた階段で腰を掛けていた野戦服の男が葉巻を吸い出した少年兵を狂気のような怒りを全面に滲み出した表情で睨んだ。葉巻の少年兵はまるで蛇(スネーク)に睨まれた蛙のように硬直し、葉巻の先をそっと床に擦りつけて小さな点のような火を消す。
男は少年兵を睨んだまま口をそっと開く。
「戦場に葉巻(シガー)の匂いは窮屈だ」
そう告げると男は自分の左腕の肩に貼ってある“XOF”と書かれた黄色と黒で彩られた部隊章を見つめる。敵以外に殺意が湧いた時はこの部隊章を見つめ職務に就いていることを再認識し感情に任せて動かないよう自分を制御する。ただこの部隊章を掲げる“XOF”という組織には何の愛着も思い入れも無い。むしろ男は愛といった感情を持ったことが一度も無かった。
彼は産まれた時から“大人”だった。容姿は30代前半の成人男性だ。
赤ん坊のように産声を上げることも無く、目を覚ますと白衣の大人達に囲まれ全員が笑顔で男の誕生を祝福していた。その大人達の喜びはやっとの思いでかわいい我が子を生んだ母親の喜びではなく、何かの競技にでも勝ったような、自分の偉業に歓喜しているような様子だった。
産まれたばかりの男は大人達の様子に少々の疑問も抱くこともなかった。まだ疑問という概念ができていなかった。何故ならその時の彼の精神年齢はまだ0歳であったからだ。だが自我自体は恐るべきことに子供の自我ではなく立派な大人のそれであった。なので不要に泣き喚いたりはしない。本能的にそれは“恥”だと認識していた。
生まれたばかりの彼は次の“フェイズ”へと移行される。
産まれてから1日目 体中に管や電線を刺し込まれ、大きな鏡のある白い部屋の中で 男は食事や排泄、睡眠といった生理的なことを大人達に教え込まれた。2日目には言葉や計算。3日目には社会情勢や歴史。4日目には彼の精神年齢は20代にまで到達していた。
大人達の態度や言動はとても不思議だった。真っ白の部屋に引きこもりベッドで寝ているだけで「君は完璧だ」「君は完全だ」などと褒めてくる。人間は褒められると嬉しいと感じるらしいが男はただただ疑問に思いながら、様々なジャンルの本をひたすら読んでいた。
5日目、精神年齢は27歳になった。白い部屋から出してもらうことはなかったが、その日は楽しそうな事が起きた。男に会いにとある人物がやって来るという。その事態に施設の大人達は慌ただしくなっており、掃除を徹底する者や男の伸びっぱなしの髪を整えたりする者。そんな大人達を見て初めて可笑しいと思い笑みが出た。
どうやら傷のある顔「スカーフェイス」と呼ばれている男が自分に会いにくるという会話からこっそりと聞き取ることができた。
退屈なことばかりの生活であったから男は“楽しみ”という感情を抱き、それは体外へと滲み出し自然と顔は笑顔になった。
そして約2時間が経ったところでついにそのスカーフェイスは現れた。
「初めてましてだね ジャック。私がこうやって出向くことも珍しいからね。是非とも仲良くしてくれ。」
機械音を撒き散らす自動走行の車椅子に乗って現れたのは80代程の白髪の老人であった。スカーフェイスの名の通り顔の左目辺りに縦で切られた鋭い傷が走っている。初めて見る“怪我”というものに恐怖心を抱いて男は少し身構える。ただ自分のことをジャックと呼んだことにはとても興味が湧く。ライン工の流れ作業の如く読まされた本の中に“名前”という概念を知ることができる文献があり、名前がどういう物かは知っていた。ただ自分にも “名前”があったなんて驚きだ。
「ジャック…」
「そうだ 君の名前だ 気に入ってくれたかね?」
老人は笑顔を屑さないまま自分をずっと見つめている。施設の大人達が自分を見る目とは全く違う、愛でるような目。自然と男は老人への警戒心を解いていく。
「あなたはスカーフェイス…」
「ハハハ、ここの者達が影で私のことをそう呼んでいるのか。やめてほしいものだ。どうもその名は昔の悪友を思い出してしまうからな。そうだな、私のことは“ハリー”と呼んでくれ」
「ハリー…」
「そうだ。ここの生活も飽き飽きしてきただろう。トンネルを掘って脱出でもしようとは思わんかね。」
「…??」
「ははは、いいんだ。気にしないでくれ。」
老人は笑いながら右手で男の肩を叩いた。老人の手から伝わる人間の暖かさに男は“嬉しい”や“楽しい”という感情とは別の、それらを超越した感情が芽生えた。その感情に深く包み込まれるような気がし、突然の事で頭が付いてこれなかったのか意識が朦朧とする。決して離したくないような大事な感情の正体をサイケの海の中から暴こうと奮闘する。その刹那、部屋の扉が急速に開き白衣の大人が慌ただしく入ってきた。
「サイファー!、ソリダスの精神年齢が一瞬“3歳”にまで低下しました!それ以上の接触は!」
「やめんかね!彼の前でその“名”を使うのは」
「すいません、つい…」
「彼はジャックだ!…ジャックなのだ…」
男は一体二人が何を話しているのか全く理解できなかったが老人が少し悲しい表情を見せたのは産まれたばかりの自分でも解ることができた。
「すまないね、今日はあまり喋れなかったが、今度はもっとたくさん話そう。
…“ジャック”」
そう言って老人は自動走行車椅子のレバーを握り180度方向転換し部屋を去っていた。
男は「あ…」と声を漏らし手を軽く差し伸べたが“ハリー”は部屋の向こう、扉の先…未知の領域に消えていってしまった。結局彼に触れられ湧き出た感情がなんだったのか知ることもなく、いつしか煙のように消えてしまった。ジャックはこの出来事以来消えた感情の正体を突き止めようとするが結局解明することはできなかった。
だがあの感情を取り戻したらここまで築きあげてきたアイデンティティが崩壊してしまうような恐怖があり深追いすることは止めておいた。
誕生から27日目 ジャックの精神年齢は40歳に到達していた。ほぼ全ての武器を扱うことができ、IQや肉体も超人と呼べる程スケールは大きかった。“戦場に特化した男”となったジャックは遂に大人達から外出の許可が出された。
初めての外の散歩(フリーラン)はイラン・イラク戦争だった。ジャックは著しく成長を遂げ、多大な戦果を挙げた。ジャックは人を殺す際にが「お前はそれでも人間か」「命だけは勘弁してくれ」と言ったことをよく耳にしたが“道徳”というものを教えられていない彼は"命”という想像のできない存在(アザーズ)など気にすることもなかった。なので容易く人間を殺すこたができた。その感性は子供から大人になるまでの過程を踏まなかった自分がーーいや生物として成長という概念を抹消した自分は"機械"なのではないかという考えにまで至る程であった。
イラン・イラクの後はにソ連のアフガニスタン進行による紛争にも介入し、こちらでも優秀な戦果を残したジャックはかつて居た白い部屋とはかけ離れた、マンハッタンにある豪勢な洋館に住むよう命令を受けた。その館はサイファー、つまりハリーが用意してくれたもので、「後々君には政治面でも活躍してもらいたい」とハリーから頼まれていた。ハリーとはあれから一度も会ったことはないが、カットアウトを通して時たま彼の言葉はこちらに届く。
とある日「君のDNAに賭けて気に入ると思うよ」と葉巻が添えられた手紙がハリーから届き、試しに葉巻を吸ってみたが、まるで毒ガスでも吸っているかのような衝撃を喉で味わいその所為で気管支炎を患う羽目になった。その為煙草の煙や臭いが非常に苦手だ。
ハリーからは無茶な要求も届く。
アメリカにいる際と戦場にいる際では別人でいてほしいとのことでアメリカでは“ジョージ・シアーズ” 戦場では“スネーク”と名乗ることになっていた。これらの名に何の意味があるかはわからなかったがジャックは別段気にすることはなかった。ただ二人の人間になるというのは身体的にも精神的にも負担のかかる行為であったが、ハリーという男の為ならその程度でくたびれるわけにはいかないと、見事にジョージとスネークという戸籍も仕事も違う人間を演じている。
そして1989年。XOFという部隊に加入することを命じられ、“スネーク”としてXOFの指揮を任されることになった。XOFはハリーの直属の組織でもあった為加入当時は彼にまた会えるのではないかと期待していたが、その期待は全くの空振りとなった。加入と同時にジャックはアフリカのリベリアへ少年兵育成の軍事要員として派遣された。アメリカ政府にINPFL(リベリア独立国民愛国戦)から密かに協力要請があった為だ。
だが不運な事に少年兵達との出会いがジャックの思想や人間性を変えることになる。
いや、彼の内なる本能の目覚めというべきなのかーー
暗い廃墟の中でXOF部隊章を見つめるジャックは過去を振り返るのをやめて自分の世界から帰ってきた。ふと同じ廃墟で休息を取る少年兵達を眺める。5歳から8歳程の少年達の集まりで実戦に参加させるには戦力的にも彼等の精神的にも厳しい年齢だ。今回廃墟で佇んでいる理由も戦火が激しくなったのでここを避難所(ヘイブン)として待機しているという情けない理由だ。ジャックは少年兵の育成の為、戦いの教育者としてリベリアに来ている。直接リベリア政府と戦うことを目的として来ている訳ではなかった。だが彼の中では激しい闘争心と教育という戦争とは程遠い生ぬるい行為への嫌悪感が渦巻いていた。こんな下らぬことを続けていても私は何も遺せない。
少年兵を眺めた時ジャックは思った。
少年兵とはまさに自分に近い存在なのではないか。子供ながら大人と同じことを強いられる。大人と同じ扱いを受ける。大人と同じ無様な死を遂げることもある。
少年兵達は私と同じ『子供になれなかった大人』なのではないか。
すなわち私と同じ“機械”だ。
戦場で機械は人間よりも強さを発揮する。
人は銃に劣る。人は戦車に劣る。人は爆撃機に劣る。人は戦艦に劣る。…人はそもそも金属(メタル)には勝てない。
ジャックは少年兵達を眺めた後視線の矛先を戦火から避難してきたを黒人家族達に向けた。大人は男女合わせて計15人、子供が男女合わせて17人。無邪気にジャックに目を合わせる子供達とは反対に大人達はその不気味な視線を警戒する。自然と子供を抱きしめる母親や無造作に落ちている尖った破片をさりげなく拾う父親。 …空気が変わった。
大人達の感じた殺気、その予感は見事に的中した。ジャックは突拍子に腰にかかったガンホルダーからハンドガンを取り出し一人の父親に銃口を向け、何の迷いもなく引き金を引いた。廃墟にいる人間達には聞きなれた音が響いたが今回の音は少年兵達を含め、ここにいる連中にとっては悪魔の叫びそのものに聞こえた。父親は額から血を吹き出してその場で倒れ込む。即死だ。その鮮血は恐怖の狼煙そのものだった。時が止まったかのように空気が凍る。崩れた階段に腰をかけたままのジャックは笑みを浮かべていた。
そして容赦なく悪魔は叫ぶ。鉛の塊は次々と大人達を殺していった。悲惨な同族殺しを目の当たりにし残された子供達はおろかジャックに連れられた少年兵ですらその光景に恐怖する。
「お前達は私と同じ機械だ!戦って死ぬ未来しか与えられない!貴様らは既に子供ではない!…子供でいたいと願う者がいるならばここで死ね。いいか、我々はこれより大量の機械(チャイルドソルジャー)を集めINPFLの名の下リベリア軍を殺戮する!」
優秀な少年兵達は時として成人兵士を凌駕する。小柄な身体は戦力的優位性(タクティカルアドバンテージ)を生み出し未熟な脳は簡単に殺人機械(マシーン)に染めることができる。少年兵達は機械であり私自身も同じ機械だ。
戦場で優秀な戦果を残したところでなんだ?
それは戦争を終わらせる過程でしかない。
アメリカが望んでいるのは終着という完全なる結果だ。
私は生まれたときから過程を抹消している。生まれた時から私には過程を歩むという行為は愚行でしかないのだ。
私はアメリカに忠を尽くし砕け散るのが本望。
アメリカに尽くせばあの男(ハリー)が居る場所に辿りつけるかもしれない。
あの男だけがいつの日か忘れてしまったあの感情への手掛かりなのだ。
ーー1999年 9月2日 ザンジバーランド
ここは何一つ音の無い静寂(クワイエット)に包まれた小部屋。国(ザンジバーランド)に張り巡らされた監視カメラから送られる映像を写す沢山のモニター以外は特に目立つものも無いこの部屋は、今まさにこの瞬間、世界を終わらせようとしている国の玉座の間だった。国民(ソルジャー)達はその部屋を司令室と呼称し、司令室に君臨する王を“BIG BOSS”と崇拝した。
BIG BOSSと呼ばれている隻眼の男は貧相なパイプ椅子に座り、モニターの手前の机に置かれたカセットプレイヤーに胸から生えているイヤホンを伸ばして先端をカセットプレイヤーに繋げた。カセットプレイヤーの再生ボタンを押すとレディオヘッドの『Paranoid Android』が体内に埋め込まれた線を通して耳の内部に装着された小型のスピーカーから流れてきた。
世界が終わる音から耳を塞ぐ為に。
自分の体内から漏れる無数の機械音をできるだけ聞かない為に。
機械となった自分から現実逃避をする為に。
隻眼の男はトム・ヨークの哀しげな歌声を聴きながらモニターを見つめる。一人の男が国の兵士達を薙ぎ倒しながら、この司令室が設置されてるフロアに繋がる長い階段を登ってきていた。
その現実からは目を逸らしたくなり目を深く瞑り暗闇の世界へ逃げこむ。このまま眠りにつきたいと、まるで子供のような我が儘(まま)まで言いたくなる。すると大人の自我の自分が「ついこの間9年も眠ったじゃないか」と子供の自我の自分に叱る。
深い深い9年の眠り。
9年の間、未来に生きる夢など一度も見なかった。光の無い深海へ沈んでいくように過去をひたすら彷徨っていた。
過去を振り返ると“世界が終わる音”を自分は何回も聞いたなと、複雑な感情に浸る。
初めてその音を聞いたのは6歳の頃だった。母親と砂浜で海を眺めていたら突然近くの港から爆音が響き、プロペラが空気を裂く音が無数に聞こえた。港に停留していた戦艦達が黒煙を上げながら沈んでいき、男達の悲鳴が耳を貫き脳にトラウマとなって植え付けられた。その終末的な光景は、「世界は終わるんだ」と思うのに充分な演出だった。
二度目の世界が終わる音を聞いたのはとある船の上だった。自分も含めて周りの人間達は上官からサングラスを渡され、それを掛けて全員が水平線を見つめる。一瞬太陽のように光ったと思うと宇宙にまで届くのではないかと思うくらいのキノコ雲が上がった。激しく揺れる海面と不気味な轟音は世界の終わりそのものだった。
三度目の世界の終わる音を聞いたのは電話越しであった。怒号を上げ、息を荒々しく立てた男達は核兵器を発射するボタンを押そうとしていた。
過去を振り返るのは好きではなかった。それは今を生きる自分への冒涜だからだ。だが眠りの間の夢というものは冒涜を簡単に犯す。夢は無慈悲だった。自分を過去という深海に引きずりこみ“彼女”に会わせてくる。会うたびに溺れ、もがき苦しんだ。彼女とは違う生き方をすると決め、記憶から決別を計った筈なのに。
だがそれこそ偽りだった。忘れることなどできなかった。コスタリカの海に彼女の遺品(バンダナ)を捨てたが、それは恋人に振られたティーンエイジャーの強がりとなんら変わりがない。男という生き物はプライドに傷が入るのを恐れ、弱い自分を否定し命を懸けて強がる。
未だあの引き金を引いた自分を殺してしまいたい程憎んでいる。
もしあの場所(スネークイーター)にいたのがモニターの奥の男だったなら、あんなことはしなかったのかもしれない。
ーーThat's it sir
"以上で終わりです。閣下"
You're leaving
"あなたはお見捨てになるのでしょう"
The crackle of pigskin
"豚の皮のはじける音も"
The dust and the screaming
"ゴミも叫び声も"
The yuppies networking
"馴れ合うヤッピー共も"
The panic, the vomit
"混乱も反吐も"
The panic, the vomit
"混乱も反吐も"
God loves his children
"神は子らを愛されている"
God loves his children
"神は子らを愛されている"
yeahーー
曲が終わると隻眼の男は机に置いてある古びた木箱を開けて中から自動小銃を切り詰めたような形状をしていて下部に取り付けられたマガジンもメビウスを描いた誰が見ても特殊だと思う形をしている銃を取り出しそれを軽く握って立ち上がる。
そして。
ーー1989年 1月28日 ソマリア 首都モガディシュ
肌に刺さるような雨が降っているにもかかわらず黒人達で賑わう市場の通りを歩く白人の男の姿があった。使い古されたジーンズと泥で汚れたTシャツを着た隻眼の男は好物の葉巻を買う金を作る為、出店の電気屋へ立ち寄った。電気屋といってもここら辺の電気屋は動くかも怪しいボロボロのラジオや液晶画面に亀裂の入ったテレビといったガラクタしか売っていない。隻眼の男は丈の低い椅子に座った初老の店主に人種や言葉の隔たりなど一切関係無しに話しかける。
「おやじさん、この機械買ってくれないか?」
隻眼の男が後ろポケットから取り出したのは妙な形をした携帯端末だった。長方形で中心よりやや上の部分には丸い電球のような物が植え込まれている。
「なんじゃあこりゃあ?」
店主は携帯端末を手に取ると電化製品であるという確かな重みと側面に着いている精妙な操作機器からただのゴミではないことはことは確信した。ただ摘みやボタンを押しても一向に動く気配は無い。
店主の困惑した様子を見て隻眼の男は少し首を傾げ半笑いをしながら
「砂まみれになったり水の中に長い時間潜る仕事をしていてな、壊れたんだ。だがマニアには堪らない品物だ。…多分。…すまないこんなもの押し付けて」
隻眼の男が申し訳なさそうに手を出してこの端末を持って帰ろうとする。だか店主は明らかにこの携帯端末が何か特別な物だということは理解できていた。それに黒人の自分に見下した態度を全くしない白人の男が気に入り笑顔を向けて親指を立てた。
「よっしゃ。ここいらでは物好きもいるから売れるかもしれないねぇ。 5千SOS(ソマリア・シリング)でどうだね」
「申し訳ない、押し付けがましくて。助かる。」
そう言って隻眼の男は5千SOSを店主から貰い再び市場が並ぶ道を雨に打たれながら歩み出した。
男の名はジョー・イーストウッド。
元々名前の多い男であったが5年前から戸籍上はジョー・イーストウッドとなっている。
そんな小説の冒頭部分だけ切りがいいので短編小説ってことで投稿しました!
短編っていうよりショートショートに近いですが。
悪魔は悪しか行なうことができないゆえに純粋である。
ジャン・コクトー 『恐るべき子供たち』著者
ーー1990年 4月15日 リベリア
コンクリートは抉(えぐ)られ冷えたガラスや壁の破片が散らばり戦火の爪痕が荒々しく残された建物の中で6組程の黒人家族達が身を寄せ合っていた。大人子供合わせて30人以上はいた。その集団の横で数十人の黒人少年兵と彼等を率いているのであろう一人の野戦服を着た男が休息を取っている。
時刻は午後2時に差し掛かっていたが外は砲撃や空襲により上がった黒煙で夜のように暗かった。未だ遠くからは耳を塞ぎたくなるほどの銃撃音や爆撃機のエンジン音、その他多数の爆音が聞こえてくるが廃墟に籠る少年兵と男達はまるで家にでもいるかのように一人一人が自由気ままに休憩を取っている。ある少年兵は銃の手入れをし、ある少年兵は削れた石で壁に戦車を描いている。ある少年兵はひたすら自分の指を舐めて外をぼーっと見ていた。そしてある少年兵が何処からか拾った葉巻に火を付けてそれを吸い出すと崩れた階段で腰を掛けていた野戦服の男が葉巻を吸い出した少年兵を狂気のような怒りを全面に滲み出した表情で睨んだ。葉巻の少年兵はまるで蛇(スネーク)に睨まれた蛙のように硬直し、葉巻の先をそっと床に擦りつけて小さな点のような火を消す。
男は少年兵を睨んだまま口をそっと開く。
「戦場に葉巻(シガー)の匂いは窮屈だ」
そう告げると男は自分の左腕の肩に貼ってある“XOF”と書かれた黄色と黒で彩られた部隊章を見つめる。敵以外に殺意が湧いた時はこの部隊章を見つめ職務に就いていることを再認識し感情に任せて動かないよう自分を制御する。ただこの部隊章を掲げる“XOF”という組織には何の愛着も思い入れも無い。むしろ男は愛といった感情を持ったことが一度も無かった。
彼は産まれた時から“大人”だった。容姿は30代前半の成人男性だ。
赤ん坊のように産声を上げることも無く、目を覚ますと白衣の大人達に囲まれ全員が笑顔で男の誕生を祝福していた。その大人達の喜びはやっとの思いでかわいい我が子を生んだ母親の喜びではなく、何かの競技にでも勝ったような、自分の偉業に歓喜しているような様子だった。
産まれたばかりの男は大人達の様子に少々の疑問も抱くこともなかった。まだ疑問という概念ができていなかった。何故ならその時の彼の精神年齢はまだ0歳であったからだ。だが自我自体は恐るべきことに子供の自我ではなく立派な大人のそれであった。なので不要に泣き喚いたりはしない。本能的にそれは“恥”だと認識していた。
生まれたばかりの彼は次の“フェイズ”へと移行される。
産まれてから1日目 体中に管や電線を刺し込まれ、大きな鏡のある白い部屋の中で 男は食事や排泄、睡眠といった生理的なことを大人達に教え込まれた。2日目には言葉や計算。3日目には社会情勢や歴史。4日目には彼の精神年齢は20代にまで到達していた。
大人達の態度や言動はとても不思議だった。真っ白の部屋に引きこもりベッドで寝ているだけで「君は完璧だ」「君は完全だ」などと褒めてくる。人間は褒められると嬉しいと感じるらしいが男はただただ疑問に思いながら、様々なジャンルの本をひたすら読んでいた。
5日目、精神年齢は27歳になった。白い部屋から出してもらうことはなかったが、その日は楽しそうな事が起きた。男に会いにとある人物がやって来るという。その事態に施設の大人達は慌ただしくなっており、掃除を徹底する者や男の伸びっぱなしの髪を整えたりする者。そんな大人達を見て初めて可笑しいと思い笑みが出た。
どうやら傷のある顔「スカーフェイス」と呼ばれている男が自分に会いにくるという会話からこっそりと聞き取ることができた。
退屈なことばかりの生活であったから男は“楽しみ”という感情を抱き、それは体外へと滲み出し自然と顔は笑顔になった。
そして約2時間が経ったところでついにそのスカーフェイスは現れた。
「初めてましてだね ジャック。私がこうやって出向くことも珍しいからね。是非とも仲良くしてくれ。」
機械音を撒き散らす自動走行の車椅子に乗って現れたのは80代程の白髪の老人であった。スカーフェイスの名の通り顔の左目辺りに縦で切られた鋭い傷が走っている。初めて見る“怪我”というものに恐怖心を抱いて男は少し身構える。ただ自分のことをジャックと呼んだことにはとても興味が湧く。ライン工の流れ作業の如く読まされた本の中に“名前”という概念を知ることができる文献があり、名前がどういう物かは知っていた。ただ自分にも “名前”があったなんて驚きだ。
「ジャック…」
「そうだ 君の名前だ 気に入ってくれたかね?」
老人は笑顔を屑さないまま自分をずっと見つめている。施設の大人達が自分を見る目とは全く違う、愛でるような目。自然と男は老人への警戒心を解いていく。
「あなたはスカーフェイス…」
「ハハハ、ここの者達が影で私のことをそう呼んでいるのか。やめてほしいものだ。どうもその名は昔の悪友を思い出してしまうからな。そうだな、私のことは“ハリー”と呼んでくれ」
「ハリー…」
「そうだ。ここの生活も飽き飽きしてきただろう。トンネルを掘って脱出でもしようとは思わんかね。」
「…??」
「ははは、いいんだ。気にしないでくれ。」
老人は笑いながら右手で男の肩を叩いた。老人の手から伝わる人間の暖かさに男は“嬉しい”や“楽しい”という感情とは別の、それらを超越した感情が芽生えた。その感情に深く包み込まれるような気がし、突然の事で頭が付いてこれなかったのか意識が朦朧とする。決して離したくないような大事な感情の正体をサイケの海の中から暴こうと奮闘する。その刹那、部屋の扉が急速に開き白衣の大人が慌ただしく入ってきた。
「サイファー!、ソリダスの精神年齢が一瞬“3歳”にまで低下しました!それ以上の接触は!」
「やめんかね!彼の前でその“名”を使うのは」
「すいません、つい…」
「彼はジャックだ!…ジャックなのだ…」
男は一体二人が何を話しているのか全く理解できなかったが老人が少し悲しい表情を見せたのは産まれたばかりの自分でも解ることができた。
「すまないね、今日はあまり喋れなかったが、今度はもっとたくさん話そう。
…“ジャック”」
そう言って老人は自動走行車椅子のレバーを握り180度方向転換し部屋を去っていた。
男は「あ…」と声を漏らし手を軽く差し伸べたが“ハリー”は部屋の向こう、扉の先…未知の領域に消えていってしまった。結局彼に触れられ湧き出た感情がなんだったのか知ることもなく、いつしか煙のように消えてしまった。ジャックはこの出来事以来消えた感情の正体を突き止めようとするが結局解明することはできなかった。
だがあの感情を取り戻したらここまで築きあげてきたアイデンティティが崩壊してしまうような恐怖があり深追いすることは止めておいた。
誕生から27日目 ジャックの精神年齢は40歳に到達していた。ほぼ全ての武器を扱うことができ、IQや肉体も超人と呼べる程スケールは大きかった。“戦場に特化した男”となったジャックは遂に大人達から外出の許可が出された。
初めての外の散歩(フリーラン)はイラン・イラク戦争だった。ジャックは著しく成長を遂げ、多大な戦果を挙げた。ジャックは人を殺す際にが「お前はそれでも人間か」「命だけは勘弁してくれ」と言ったことをよく耳にしたが“道徳”というものを教えられていない彼は"命”という想像のできない存在(アザーズ)など気にすることもなかった。なので容易く人間を殺すこたができた。その感性は子供から大人になるまでの過程を踏まなかった自分がーーいや生物として成長という概念を抹消した自分は"機械"なのではないかという考えにまで至る程であった。
イラン・イラクの後はにソ連のアフガニスタン進行による紛争にも介入し、こちらでも優秀な戦果を残したジャックはかつて居た白い部屋とはかけ離れた、マンハッタンにある豪勢な洋館に住むよう命令を受けた。その館はサイファー、つまりハリーが用意してくれたもので、「後々君には政治面でも活躍してもらいたい」とハリーから頼まれていた。ハリーとはあれから一度も会ったことはないが、カットアウトを通して時たま彼の言葉はこちらに届く。
とある日「君のDNAに賭けて気に入ると思うよ」と葉巻が添えられた手紙がハリーから届き、試しに葉巻を吸ってみたが、まるで毒ガスでも吸っているかのような衝撃を喉で味わいその所為で気管支炎を患う羽目になった。その為煙草の煙や臭いが非常に苦手だ。
ハリーからは無茶な要求も届く。
アメリカにいる際と戦場にいる際では別人でいてほしいとのことでアメリカでは“ジョージ・シアーズ” 戦場では“スネーク”と名乗ることになっていた。これらの名に何の意味があるかはわからなかったがジャックは別段気にすることはなかった。ただ二人の人間になるというのは身体的にも精神的にも負担のかかる行為であったが、ハリーという男の為ならその程度でくたびれるわけにはいかないと、見事にジョージとスネークという戸籍も仕事も違う人間を演じている。
そして1989年。XOFという部隊に加入することを命じられ、“スネーク”としてXOFの指揮を任されることになった。XOFはハリーの直属の組織でもあった為加入当時は彼にまた会えるのではないかと期待していたが、その期待は全くの空振りとなった。加入と同時にジャックはアフリカのリベリアへ少年兵育成の軍事要員として派遣された。アメリカ政府にINPFL(リベリア独立国民愛国戦)から密かに協力要請があった為だ。
だが不運な事に少年兵達との出会いがジャックの思想や人間性を変えることになる。
いや、彼の内なる本能の目覚めというべきなのかーー
暗い廃墟の中でXOF部隊章を見つめるジャックは過去を振り返るのをやめて自分の世界から帰ってきた。ふと同じ廃墟で休息を取る少年兵達を眺める。5歳から8歳程の少年達の集まりで実戦に参加させるには戦力的にも彼等の精神的にも厳しい年齢だ。今回廃墟で佇んでいる理由も戦火が激しくなったのでここを避難所(ヘイブン)として待機しているという情けない理由だ。ジャックは少年兵の育成の為、戦いの教育者としてリベリアに来ている。直接リベリア政府と戦うことを目的として来ている訳ではなかった。だが彼の中では激しい闘争心と教育という戦争とは程遠い生ぬるい行為への嫌悪感が渦巻いていた。こんな下らぬことを続けていても私は何も遺せない。
少年兵を眺めた時ジャックは思った。
少年兵とはまさに自分に近い存在なのではないか。子供ながら大人と同じことを強いられる。大人と同じ扱いを受ける。大人と同じ無様な死を遂げることもある。
少年兵達は私と同じ『子供になれなかった大人』なのではないか。
すなわち私と同じ“機械”だ。
戦場で機械は人間よりも強さを発揮する。
人は銃に劣る。人は戦車に劣る。人は爆撃機に劣る。人は戦艦に劣る。…人はそもそも金属(メタル)には勝てない。
ジャックは少年兵達を眺めた後視線の矛先を戦火から避難してきたを黒人家族達に向けた。大人は男女合わせて計15人、子供が男女合わせて17人。無邪気にジャックに目を合わせる子供達とは反対に大人達はその不気味な視線を警戒する。自然と子供を抱きしめる母親や無造作に落ちている尖った破片をさりげなく拾う父親。 …空気が変わった。
大人達の感じた殺気、その予感は見事に的中した。ジャックは突拍子に腰にかかったガンホルダーからハンドガンを取り出し一人の父親に銃口を向け、何の迷いもなく引き金を引いた。廃墟にいる人間達には聞きなれた音が響いたが今回の音は少年兵達を含め、ここにいる連中にとっては悪魔の叫びそのものに聞こえた。父親は額から血を吹き出してその場で倒れ込む。即死だ。その鮮血は恐怖の狼煙そのものだった。時が止まったかのように空気が凍る。崩れた階段に腰をかけたままのジャックは笑みを浮かべていた。
そして容赦なく悪魔は叫ぶ。鉛の塊は次々と大人達を殺していった。悲惨な同族殺しを目の当たりにし残された子供達はおろかジャックに連れられた少年兵ですらその光景に恐怖する。
「お前達は私と同じ機械だ!戦って死ぬ未来しか与えられない!貴様らは既に子供ではない!…子供でいたいと願う者がいるならばここで死ね。いいか、我々はこれより大量の機械(チャイルドソルジャー)を集めINPFLの名の下リベリア軍を殺戮する!」
優秀な少年兵達は時として成人兵士を凌駕する。小柄な身体は戦力的優位性(タクティカルアドバンテージ)を生み出し未熟な脳は簡単に殺人機械(マシーン)に染めることができる。少年兵達は機械であり私自身も同じ機械だ。
戦場で優秀な戦果を残したところでなんだ?
それは戦争を終わらせる過程でしかない。
アメリカが望んでいるのは終着という完全なる結果だ。
私は生まれたときから過程を抹消している。生まれた時から私には過程を歩むという行為は愚行でしかないのだ。
私はアメリカに忠を尽くし砕け散るのが本望。
アメリカに尽くせばあの男(ハリー)が居る場所に辿りつけるかもしれない。
あの男だけがいつの日か忘れてしまったあの感情への手掛かりなのだ。
ーー1999年 9月2日 ザンジバーランド
ここは何一つ音の無い静寂(クワイエット)に包まれた小部屋。国(ザンジバーランド)に張り巡らされた監視カメラから送られる映像を写す沢山のモニター以外は特に目立つものも無いこの部屋は、今まさにこの瞬間、世界を終わらせようとしている国の玉座の間だった。国民(ソルジャー)達はその部屋を司令室と呼称し、司令室に君臨する王を“BIG BOSS”と崇拝した。
BIG BOSSと呼ばれている隻眼の男は貧相なパイプ椅子に座り、モニターの手前の机に置かれたカセットプレイヤーに胸から生えているイヤホンを伸ばして先端をカセットプレイヤーに繋げた。カセットプレイヤーの再生ボタンを押すとレディオヘッドの『Paranoid Android』が体内に埋め込まれた線を通して耳の内部に装着された小型のスピーカーから流れてきた。
世界が終わる音から耳を塞ぐ為に。
自分の体内から漏れる無数の機械音をできるだけ聞かない為に。
機械となった自分から現実逃避をする為に。
隻眼の男はトム・ヨークの哀しげな歌声を聴きながらモニターを見つめる。一人の男が国の兵士達を薙ぎ倒しながら、この司令室が設置されてるフロアに繋がる長い階段を登ってきていた。
その現実からは目を逸らしたくなり目を深く瞑り暗闇の世界へ逃げこむ。このまま眠りにつきたいと、まるで子供のような我が儘(まま)まで言いたくなる。すると大人の自我の自分が「ついこの間9年も眠ったじゃないか」と子供の自我の自分に叱る。
深い深い9年の眠り。
9年の間、未来に生きる夢など一度も見なかった。光の無い深海へ沈んでいくように過去をひたすら彷徨っていた。
過去を振り返ると“世界が終わる音”を自分は何回も聞いたなと、複雑な感情に浸る。
初めてその音を聞いたのは6歳の頃だった。母親と砂浜で海を眺めていたら突然近くの港から爆音が響き、プロペラが空気を裂く音が無数に聞こえた。港に停留していた戦艦達が黒煙を上げながら沈んでいき、男達の悲鳴が耳を貫き脳にトラウマとなって植え付けられた。その終末的な光景は、「世界は終わるんだ」と思うのに充分な演出だった。
二度目の世界が終わる音を聞いたのはとある船の上だった。自分も含めて周りの人間達は上官からサングラスを渡され、それを掛けて全員が水平線を見つめる。一瞬太陽のように光ったと思うと宇宙にまで届くのではないかと思うくらいのキノコ雲が上がった。激しく揺れる海面と不気味な轟音は世界の終わりそのものだった。
三度目の世界の終わる音を聞いたのは電話越しであった。怒号を上げ、息を荒々しく立てた男達は核兵器を発射するボタンを押そうとしていた。
過去を振り返るのは好きではなかった。それは今を生きる自分への冒涜だからだ。だが眠りの間の夢というものは冒涜を簡単に犯す。夢は無慈悲だった。自分を過去という深海に引きずりこみ“彼女”に会わせてくる。会うたびに溺れ、もがき苦しんだ。彼女とは違う生き方をすると決め、記憶から決別を計った筈なのに。
だがそれこそ偽りだった。忘れることなどできなかった。コスタリカの海に彼女の遺品(バンダナ)を捨てたが、それは恋人に振られたティーンエイジャーの強がりとなんら変わりがない。男という生き物はプライドに傷が入るのを恐れ、弱い自分を否定し命を懸けて強がる。
未だあの引き金を引いた自分を殺してしまいたい程憎んでいる。
もしあの場所(スネークイーター)にいたのがモニターの奥の男だったなら、あんなことはしなかったのかもしれない。
ーーThat's it sir
"以上で終わりです。閣下"
You're leaving
"あなたはお見捨てになるのでしょう"
The crackle of pigskin
"豚の皮のはじける音も"
The dust and the screaming
"ゴミも叫び声も"
The yuppies networking
"馴れ合うヤッピー共も"
The panic, the vomit
"混乱も反吐も"
The panic, the vomit
"混乱も反吐も"
God loves his children
"神は子らを愛されている"
God loves his children
"神は子らを愛されている"
yeahーー
曲が終わると隻眼の男は机に置いてある古びた木箱を開けて中から自動小銃を切り詰めたような形状をしていて下部に取り付けられたマガジンもメビウスを描いた誰が見ても特殊だと思う形をしている銃を取り出しそれを軽く握って立ち上がる。
そして。
ーー1989年 1月28日 ソマリア 首都モガディシュ
肌に刺さるような雨が降っているにもかかわらず黒人達で賑わう市場の通りを歩く白人の男の姿があった。使い古されたジーンズと泥で汚れたTシャツを着た隻眼の男は好物の葉巻を買う金を作る為、出店の電気屋へ立ち寄った。電気屋といってもここら辺の電気屋は動くかも怪しいボロボロのラジオや液晶画面に亀裂の入ったテレビといったガラクタしか売っていない。隻眼の男は丈の低い椅子に座った初老の店主に人種や言葉の隔たりなど一切関係無しに話しかける。
「おやじさん、この機械買ってくれないか?」
隻眼の男が後ろポケットから取り出したのは妙な形をした携帯端末だった。長方形で中心よりやや上の部分には丸い電球のような物が植え込まれている。
「なんじゃあこりゃあ?」
店主は携帯端末を手に取ると電化製品であるという確かな重みと側面に着いている精妙な操作機器からただのゴミではないことはことは確信した。ただ摘みやボタンを押しても一向に動く気配は無い。
店主の困惑した様子を見て隻眼の男は少し首を傾げ半笑いをしながら
「砂まみれになったり水の中に長い時間潜る仕事をしていてな、壊れたんだ。だがマニアには堪らない品物だ。…多分。…すまないこんなもの押し付けて」
隻眼の男が申し訳なさそうに手を出してこの端末を持って帰ろうとする。だか店主は明らかにこの携帯端末が何か特別な物だということは理解できていた。それに黒人の自分に見下した態度を全くしない白人の男が気に入り笑顔を向けて親指を立てた。
「よっしゃ。ここいらでは物好きもいるから売れるかもしれないねぇ。 5千SOS(ソマリア・シリング)でどうだね」
「申し訳ない、押し付けがましくて。助かる。」
そう言って隻眼の男は5千SOSを店主から貰い再び市場が並ぶ道を雨に打たれながら歩み出した。
男の名はジョー・イーストウッド。
元々名前の多い男であったが5年前から戸籍上はジョー・イーストウッドとなっている。