日常のぼやき

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マホロバシ2-6

2011-06-21 | Weblog
雪が住んでいたアパートの前に来て見ると、どこか違和感があった。夕方と言ってもまだ明るいのに雨戸は閉まり、まるで誰もいないかのようだ。
しかし勇哉には中にいる人間の気配を感じる。この感じは雪ではない。母親のほうだろう。

「話聞くだけだから、私にやらせて」

お前は何もするなと暗に言われ、軽く肩をすくめる。里奈を前に無茶をしようとは思っていない。あくまで相手がちゃんと話せばの話だが。
インターホンを押しても反応はない。しかし何度か押すと、ようやくインターホン越しに返事があった。

『・・・はい?』
「土屋です」
『里奈ちゃん?』

雪の家にはよく遊びに行っていて、母親とも結構会った事がある。育ちがいいらしく、穏やかな気質の人だった。娘の親友ということで、だいぶお世話になっていた。里奈にも雪にも現在父親がいないことでだいぶ共感してくれたらしく、それなりに良くしてもらったと思う。
少し待つとドアが開く。里奈を見て何か言おうとしたが、後ろにいる勇哉を見て表情を硬くした。

「・・・その人は?」
「友達です。雪のことも知ってます。雪のことでちょっと聞きたいことがあるんです」

表情を変えることなく淡々と言う里奈に、少々驚いたようだ。自分の知っている里奈はこんな子ではなかったのだが・・・とでも考えているのだろう。
一瞬ためらったが、中に入れてくれた。チラチラと勇哉を見るその姿は、勇哉には入ってほしくないと顔に書いてあるかのようだ。しかし里奈と一緒に来たのに里奈だけを入れるわけにもいかない。
それに里奈の雰囲気もだいぶ変わったことにも戸惑っているようだった。雪が死んだ後一度ここに来たのだが、雪の母は沈んでいてとても話ができる雰囲気ではなかった。その時は娘の事で頭がいっぱいで気づいていなかったのだろう、里奈が変わったことには。

通された部屋には仏壇らしいものもなく、台の上に写真と骨壷がある。線香は立っていない。
この様子からしても、娘を供養しようという気はなかったのだと思う。ただただ、失った事への悲しみを募らせる毎日だった。

里奈はそれらを静かに見つめると、おもむろに骨壷を持ち上げる。母親が止める間もなく、思い切りそれを床に叩き付けた。壷は割れ、辺りに粉々の破片が散らばる。
その行動にはさすがの勇哉も驚いた。世間話でもしてさりげなく誘導尋問でもするのかと思っていたが、まさかこんな事をするとは。確かにこれが一番手っ取り早くわかりやすいのだが。チラリと里奈を見れば相変わらずの無表情。しかし・・・何かいつもの雰囲気と違う気がする。いつもなら背中に冷たいものが走る感じなのだが、今は首筋に火傷を負ったかのようにチリチリする。
これは雪が死んだ翌日詰め寄られた時に似ている。あの時はチリチリするどころか、実際に腕を焼かれたのだが。

(もしかしてコイツ、怒ってんのか)

何に対してだろう。雪を操る誰かか、それとも・・・。

「雪の骨は?」

雪の母親を見る里奈の目は冷たい。辺りに飛び散ったのは壷の破片のみ。割れた壷の中は空だった。

「なにを・・・何をするの里奈ちゃん!」
「どうして骨がないんですか、骨壷はあるのに。骨はどこにあるんですか」
「そんなの・・・そんなの・・・」

母親は見るからに混乱していた。骨壷をいきなり割られるという暴挙を目の前にしたからではないのは、もう二人にもわかっている。何故里奈が、雪の骨がないことを知っているのか。
ここでうまくとぼけられたならこの母親も役者だったのだろうが、さすがに動揺していた。おそらく勇哉が同じ事をしていたらどうにでもなった。骨のありかは教えずてきとうにごまかして、いきなり何をするのかと警察を呼ばれていたかもしれない。
しかしよく知る里奈がまさかこんな事をするとは思ってもいなかったのだ。里奈はそんなことをする子じゃなかった。こんなふうに冷たい目をして、冷たい態度をする子じゃなかった。

「最近知らない人に雪の骨渡しましたね」
「・・・なに・・・?里奈ちゃん、何を言って・・・」
「その人こう言いませんでしたか。娘にもう一度会いたくないか、協力してくれれば娘に会わせてやる。だから骨をよこせ」
「やめて!何言ってるの?!何でそんなこと言うの!」

ヒステリックに叫ぶ。無理もないことなのだが、ここで引く気はない。

「雪に会いました」

その一言に母親は驚愕の眼差しで見た。ここで「何を言っているんだ」と続けばいくらかごまかせたのかもしれないが、やはりこの母親は何か知っている。驚いているということは、雪を知る人物に雪が会った事が意外だったということだ。死んだはずの人間が周囲の人に会えばパニックになる。そうならないように何か対策していたのかもしれない。

「雪の着てたあの服、雪が死ぬ前に貴方が買っていたものですよね」

雪が亡くなる当日の昼、里奈は御守神社に行くために家を出た。その時駅で雪の母親と偶然会ったのだ。駅ビルで買い物をして、ついでに雪に似合いそうな服を買ったと嬉しそうに言っていた。

「こういう女の子っぽい格好をもっとしてほしいと嬉しそうに私に見せてくれました。雪の趣味には合わないかもしれないけど、雪はキレイだから着れば絶対似合いますね、って私言いました」

淡々と里奈は言う。それは確かにあの日交わされた会話だった。一月も前だったが里奈も、 そして目の前の当人も覚えていた。何せ上下トータルコーディネートだったのだ。それをまるで自分が着るかのように嬉しそうに語りながら見せてくれたのだから忘れるはずがない。

「貴方も今の雪に会ってますね。死んだ娘が現れて、何事もなく受け入れられるわけがない。どれだけ娘を愛していても、混乱して周りの人間に言うでしょう。それをしなかった、それを望んでた。雪をああいう風にしたのは貴方でしょう」
「・・・が・・・」

小さくつぶやかれた言葉。相手の言葉を待つために里奈が黙ると、母親は目に涙をためて里奈をにらみつけた。

「何が、何が悪いのよ!雪に会いたいって望んで何が悪いの!一度も着なかった服着てもらって何がいけないの!だってこの先雪が着る事なんてなかったのよ!?二度と会えないの!それをまた会わせてくれるって言うのを、どうして断らなきゃいけないのよ!」

それは、親として、大切なものを失った者の正論だ。どれだけ理屈を並べても悲しみは消えないし娘は戻ってこない。ある日いきなり消えたのだ。明日も明後日も来週もあると信じていたのに、朝は普通に会話をしたのに、二度と娘は自分に笑いかけることはなくなった。


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