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『シザーハンズ』(1990)

2008-02-04 23:49:24 | 映画・DVDレビュー
シザーハンズ<製作15周年 アニバーサリー・エディション>

20世紀 フォックス ホーム エンターテイメント

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昨日雪が降ったので、久しぶりにこれを観直した。監督ティム・バートン、主演ジョニー・デップのゴールデンコンビによる記念すべき第一作である。

とても悲痛なラブストーリー。でも、それは、愛し合いながら結ばれなかった恋人たちの悲恋ではない。結ばれないことは初めからわかっている。彼は「ハサミ男」なのだから。が、実はそのこと自体が原因なのではなく、それに対して彼らが何もしない、なし得ないことこそが問題なのだ。

そう、これは「両手がハサミ」の人造人間エドワード・シザーハンズの物語。
比喩でさえない。描きたかったのは「両手がハサミの男」そのもの。愛する人を抱きしめることも、誰かと握手することもできない。触れ合おうとすることは相手を傷つけること。それどころかその刃物は彼自身にも無数の傷を残す。
それは痛ましいほどに、若きティム・バートンの自画像であった。

『フランケンシュタイン』や『オペラ座の怪人』(ロン・チェイニー版の)、『美女と野獣』をも引用したこの作品の、心優しくイノセントな「怪人」、山の上の城の主が降りて来たのは、19世紀のロンドンなどではなく、「サバービア」と呼ばれる郊外の新興住宅地だ。
ティム・バートン自身が生まれ、「ここは自分の場所ではない」と違和感を抱き続けながら育った街。
パステルカラーで塗り分けられた同じ大きさ同じ形の家並みは、たとえばヴェネツィアのようなロケーションであれば美しく感じられるだろうが、歴史もなく、四季を感じさせるものとてないカリフォルニアの陽光の下では、ただひたすらに安っぽく薄っぺらい。
そこの住人たちも、似たりよったりの生活環境で、近所の動向や他人の噂話にしか関心のないヒマそうな主婦ばかり。物珍しさからエドワードをちやほやしているくせに、ぬけぬけと「それはハンディキャップではなく『個性』よ」などと口にする人間の吐き気がするほどの偽善性や鈍感さを、バートンは容赦なく暴き出す。
それでも「受け入れられた」嬉しさに無垢な微笑を浮かべるエドワードの姿には、涙をそそられる。その「個性」が他人を傷つけるものであることが明らかになった時、彼らは掌を返したようにそれを糾弾と差別の理由として憚らないと言うのに。
彼を連れ出したペグとその夫ビルは、さすがにそのような偽善者ではないが、エドワードの孤独と絶望を救うには、彼らの「善意」では足りないのだ。

ならば「愛」はどうか。
ここで不思議なのは、エドワードが危険人物視されるに到る原因を作ったのは、彼が心を寄せるキムその人でもあるのに、彼はそれを責めず、それどころか話の流れの中でさえ、そのことが軽く扱われている点である。
キムがひとこと「あれはエドワードのせいじゃない。彼は巻き込まれただけだ」と言いさえすれば、後の悲劇は回避されたかも知れない。それなのに彼女は、街の人たちはおろか、両親にさえ真実を告げることはないのだ。保身のためか否か、作中ではその理由すら明らかにはされないので、このあたりは理解に苦しむ所である。
「キムがムカつく」「結局あいつがいちばんワルじゃないか」というレビューや感想が多いのも当然で、そこを突けば、作品自体が破綻することにもなる瑕瑾である。

では、なぜそんな「逆ご都合主義」な展開にしたかと言うと、この作品の描くべきものが「異形の者の報われない愛」であり、悲恋で終わることが前提だからだ。
バートンにはこれをハッピーエンドにする気など毛頭ない。
かつて作家の中原昌也は『バットマン リターンズ』評で、バートンの恋愛観の根本にあるものを「条理を越えた何が何でも不幸であろうとする」意志だと書いたが(キネ旬ムック「フィルムメーカーズ10 ティム・バートン」)、つまりそういうことだ。

それにしても、多くの人から殆ど監督自身のプライベート・フィルムであると評されるこのような作品を(しかもこんな設定なのに)「泣けるラブストーリー」としてヒットさせてしまうのが、ティム・バートンの強みであろう。
そして、この作品に於いて運命の出会いを果たしたジョニー・デップは、今なおバートンのセルフポートレートたる存在としてスクリーンに登場し続けているが、白塗りに悲しげな表情を浮かべ、殆ど目の動きだけで感情を表現する当時24歳の彼には、いま見ても胸打たれる。
一方、人造人間エドワードを作った老発明家を演じたのは、周知の如く少年時代のバートンのヒーローであった怪奇役者ヴィンセント・プライスであり、バートン監督がかつて自らを託した俳優と、それ以後託し続けることになる俳優が出会ったこの映画は、やはり記念すべき作品なのである。

それにしても、幸福な出会いから17年、今や押しも押されもしないヒットメーカーとトップスターになった彼らが挑む『スウィーニー・トッド』は、いつ観に行けるんでしょうか……

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