猫の私リオ、麗しのエレン姉さま、その妹サラちゃん、眼鏡を掛けた紳士トーマスはロアーヌにある、港町ミュルスから世界最大都市のピドナへとやって来た。
ピドナには新市街と旧市街があって、“魔王殿”と呼ばれる観光名所まである。それをウリにして客を呼ぶくらいなんだから、ここの市民の人はそれ程不安には思ってはいないのかもしれない。
「おいしっ! この町名物のピドナまんじゅう、なかなかイケますな♪」
まんじゅうの表面に、想像された魔王の絵が刻まれている。口が開いた可愛いドラゴンの絵で、押印されていた。
「それは良かった。ほら、エレンもサラも温かい内に食べなさい」
新市街にあるパブに入って、猫の私がマスターにまんじゅうを頼み込む。猫が喋っているのを見たマスターは、驚きの表情で私を見たが今はもう普通に接してくれる。トーマスに人数分のお金を払って貰い、テーブルで食べる事にした。
「ありがと、トーマス。はい、お姉ちゃん」
「有り難く頂くよ。ムグ・・・美味しい。でも、よくリオはピドナ名物の事を知ってたね。前にもここに来た事あったのかい?」
「むぐぐっ・・・!」
エレン姉さまに痛い所を突かれた。私、ここから遠い所から来た事にしてたのに!
皆より先に前に出て、パブの場所に一番乗りし、名物のまんじゅうまで強請(ねだ)ったんなら、ここに精通してなきゃおかしすぎる。やべっ、自分で墓穴掘った!
「えっと、えっと、わ、私猫だから、鼻がよく利くんだよ。この場所から、美味しそうなまんじゅうの匂いが外まで漂って来たんだよ」
「そ、そうなのかい?」
椅子に座った私の白い背中をゆっくり撫でて、飲み物を渡してくれるエレン姉さま。温かいフルーツティーを飲み、サラちゃんに抱き上げられてパブを出る。新市街にあるトーマスの家に寄せて貰い、おじいちゃんに出迎えられて部屋へ案内され、ヒト心地つく。
「俺、ちょっと用事があるから皆はここで休憩するなり、観光でもしたらいいよ」
「えっ、トーマスどっか行くの?」
「直ぐに帰ってくる。暇ならピドナを観光しても良いし、旧市街にある魔王殿を見に行ったらどうだ?」
トーマスはそう提案して、自分の家から出て行った。残された私達三人は、お互いの顔を見合わせる。
「だってさ。サラはどうする? ピドナを見て回る?」
「ううーん。“魔王殿”なんて、怖そうな所にはあんまり行きたくないけど・・・リオちゃんは如何したい?」
「あっ、あのっ。私、魔王殿の中を見たいっ! お願いエレン姉さま、サラちゃん!」
二人に頭を下げて頼み込む。ロマサガ3に来たら、是非とも見たい名所トップ5に入ってる。
一位はレオニード城、二位は海底宮、三位は聖王廟、四位は雪の町、五位が魔王殿。どの場所へも、比較的強くならないと話にはならない、猛者が揃う場所ばっかり。奥まで行くのは諦めるから、せめて雰囲気だけでも味わいたい。
「じゃあ、レッツゴーしよっ♪ さあ、お姉ちゃんも!!」
「サラッ! もう、あんたは何時からこんなに積極的になったんだか・・・」
「あっ、ありがとう!」
サラちゃんに抱き込まれ、トーマスのおじいちゃんにその事を告げると、三人はトーマス家を出る。
***
傷薬と技の香薬を補充して、道具屋を出るとトーマスの後姿を見つけた。何処へ行くのかとこっそり後をついて行き、階段を下ると新市街とは別の、古びた街並みに出て来た。
「新市街とは全然違うね・・・もしかして格差があるの?」
「本当だね。同じピドナなのに・・・」
汚れの目立つ石の壁、一部の地面を泥水が占め、覇気の無い人達が行き交う。
着ている服はお世辞にも身綺麗とは言えなくて、思わず自分達を省みる。三人で驚きつつ、トーマスを尾行しているとボロボロの家に着いた。古びた扉を押し開けると・・・
「お、おコンニチハ」
「誰だ!」
「りっ、リオ!? エレンにサラまで・・・あっ、俺の仲間なんです」
「まあ、可愛いお客人だこと。こちらへいらっしゃって下さいな」
広い部屋にこじんまりとしたベッドが一つ。美人な女の人がベッドの上の背もたれに体を預け、歓迎してくれた。傍に居る男の人は警戒心を解き、トーマスの仲間だと聞くと表情を和らげてくれた。
「名前はリオでっす! 何でか猫やってます。得意な事は肩たたきでっす!!」
「私はエレン。得意な事・・・腕相撲かねぇ」
「妹のサラです。好きなモノはリオちゃんです! 三度のメシより大好きです♪」
「ニャ・・・!(私モノ扱いされてる!)」
サラちゃんに抱き込まれた状態で、各々(おのおの)自己紹介をする。
三度の飯より・・・多分冗談で言ったと思うけど、本気にも聞こえるのは今までの行いを見て来たからに違いない。サラちゃんが私に頬ずりする所を見て、女の人は笑っていた。
「私はミューズと言います。是非、私の友達になってください」
「俺はシャール。ミューズ様の助けになってやってくれ」
目に涙を浮かべ、笑っているミューズさん。今は弱弱しいけど、暫くしたら絶対治ると私は確信してる。部屋の中は質素で、床にも穴が開いてるしボロボロだけど、ほのぼのとした空気に和みつつある時、ドアが勢い良く開かれた。
「大変だよ~、ミッチが、ミッチが!!」
「ミューズちゃまぁぁ!!」
男の子と女の子が部屋に慌てて入って来た。シャールさんが傍に駆け寄って、彼らに目線を合わし、話を聞き出そうとしている。
「ミッチがどうした?」
「かくれんぼして、もう帰ろうって言ってるのに、全然出てきてくれないの。皆で捜しても見つからないんだよ・・・」
うわあーーん! と泣く子供二人に、ミューズさんが慰める。立ち上がるシャールさんに、縋る目を向けた。
「シャール、お願い・・・!」
「分かりました。ミッチを捜してきます」
「わ、私達も行きます」
毛むくじゃらの白い手を上げ、シャールさんに意思を告げる。ここに居るトーマス、エレン姉さま、サラちゃんも勿論ついて行く気は満々だ。五人で家を出ると、目的地の方向へ足早に進みだす。
魔王殿観光改め、ミッチの救出イベントが始まった――
ミッチという男の子を捜す為に、シャールさん、トーマスと合流した三人は魔王殿の入口へと繋がる通路を歩く。少し高い位置にある入口の扉へは、距離のある坂道を足早に駆け上がった。
「シャールさんは、以前も魔王殿に来た事があるんですか?」
前を走る灰色の髪の彼に、至極当然な質問をさせて貰った。幾ら私がゲーム画面で内部を網羅したと言っても、実物を間近で見れば戸惑う。やっぱり中に詳しい人が居れば、少年ミッチを捜すのも楽だ。
「昔、腕を上げる為にここで訓練した時がある。ただ、そんなに奥までは行かなかったんだが」
「魔王殿は冒険者にとっては格好の良い場所だよ。腕試しに内部に入る者がいる位だからね。しかし、最深部までは誰も辿り着けないんだ」
「な、何でなの?」
シャールさんが答え、眼鏡紳士トーマスの補足にサラちゃんが不思議がる。エレン姉さまも興味津々と言った顔で、耳を傾けている。眼鏡を押し上げ、魔王殿の事を語ってくれた。
「噂によると、ある一定の場所にある扉の前でどうしても先に進めないそうだ。トレジャーハンターと呼ぶ、宝を探す連中が愚痴っていたと言う情報を、パブのマスターから聞いたんだ」
「ふーーん、ややこしいんだね」
実を言うと、今回の私の第二の目的はそれでもある。でも、今の皆のレベルだと、多分一筋縄ではいかないかも・・・しかも、少年ミッチが居る場所って、進む事が出来ない場所よりも手前にいるんだもん。シャールさんが居る時、出来れば一緒について来て欲しいんだけどな。
「着いたぞ。ここが魔王殿の入口だ」
「キタ――!」
空を見上げると何故か雲が黄土色・・・って、どっかの居城を思い出した。デンデロデンデロと、効果音がバッチリ聞こえそうだ。勿論、実際にはあの音楽は聴こえ無くて、モチベーションも下がるけど。
「リオちゃん、今度も先に一人で行っちゃ駄目だよ」
「そうだな。リオは、暴走する特徴がある」
「手を握っとかないとね。ね、リオ?」
「う、うん!」
シャールさんを除いた三人から、お説教されつつ魔王殿のデカイ扉を開けて中に入る。とりあえず、サラちゃんの後ろを歩く事にし、一同は内部に入り込んだ。