クーたんとココ君のお家

燕尾服を着た女の子クーたんと神戸から来たやんちゃ坊主ココ君の小さなドラマ。

見上げてごらん

2010-08-12 06:12:33 | Weblog
「見上げてごらん空の星を」で始まる曲を歌っているのは、坂本九氏である。今日はその坂本氏の25年目の命日。日本航空123便に乗り合わせた、520名の方々と共に、空の星となってしまった。
何故僕がこの事を書かずにいられなくなったのは、同じ運輸事業に就いていた事以上に、25年前の午後6時半過ぎに、中央高速道路上野原インター~相模湖インター間で、南から北へ低空でゆっくりと飛ぶ、日本航空のジャンボジェット機を見たからである。
僕達一家はこの前日から、小学1年生になった息子を見せに、長野県塩尻市の家内の実家に出掛けていた。塩尻の夜は、東京とは比べものにならぬ程多くの星が瞬いていた。その帰り道、高速道路はお盆のラッシュで渋滞していた。この時息子が「パパ一寸見て、あんな所に飛行機が飛んでいるよ」と。「確かにこの付近は航空路ではないはずだ」と僕も不審に思った。八王子料金所は7時丁度頃。何時もの習慣で、ラジオのニュースを聞き始めると「日本航空のジャンボ機がレーダーから機影が消え、行方不明」との1報。僕達家族は「もしかしたらさっき見たあの飛行機?」と話しながら、自宅に帰ったのであった。その時は、こんな大事故だとは思わなかったのである。
僕達家族が飛行機を見ていた時、機内ではパニックになり、操縦室ではクルーの方々が猛り狂った飛行機をなだめながら、着陸する努力をされていたと思うと、25年たった今日も悲しみが込み上げてくる。
今朝の東京新聞、1面のコラム「筆洗」に、お子さんを亡くされた方の短歌が載っていたので紹介しよう。
白金も黄金も玉も何にせむ
子にまされる宝
世にあらめやも
この歌を読まれた方は、この事故で2人のお子さんを亡くされたと言う。
事故当時6歳であった息子も、早31歳となり、2児の父となった。
「この事故で犠牲となられた方々の霊が天国で安らかに憩いますように。 アーメン」


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