負け犬のつぶやき~ぴょんちゃん日記~

teacup.ブログからのお引越し。のんびり気ままに好きなことを更新してます。

命日なのだ

2006年12月12日 16時58分00秒 | つぶやき
今日は大好きだったおじーちゃんの命日なのだ。
うぅ~ん。あれから何年たったんだろう?若くして、この世を去ったおじいちゃん。まだ園児だったぴょんが初めて体験した、人の死が一番大好きなおじいちゃんだったから、かなりの衝撃だったんだよね。
だから、今でもお通夜やお葬式のことは、幼いながらも克明に覚えてるよ。

母親はショックで倒れて入院しちゃって、おさないぴょんは、忙しくお葬式の準備とかしてる父親のスーツのすそをひっぱって、ついてまわって必死だったなぁ。
お兄ちゃんは、おばあちゃんにつきっきりだったしね。。。

幼稚園の頃の記憶なんて、ほとんどないのに、やっぱりそういう衝撃的な記憶は残ってるもんなんだね。

おじーちゃんは、すごい哲学的な人で、幼いぴょんにいろーんな話をしてくれたんだ。
すごいテキトーにつくった物語とかもあるけど、話ながらストーリーを考えて、最後にちゃんとオチをつけて終わらせてたんだよねぇ。
今、考えてもすごいや。

たまに、まじめな話とかもしたんだよ。
形あるものはみんな死ぬ運命だから、死は怖くない。。とかね。。
ぴょんの大好きなパンダの絵のついたお茶碗も、湯のみも、割れてしまえばそれは死だし、また土に返るんだ。って。そして、また土から再生される。ってね。

輪廻転生のようなものなんだろうけど、まだ園児のぴょんにそんな話をまじめにしてたおじーちゃんもスゴイよねぇ。

でも、すごい覚えてるんだよ。その話。。
もしかしたら、おじーちゃんは自分が死ぬことがわかってたのかもしれないね。

その影響からか、ぴょんは幼いときから、「死」について考えることが多かったんだ。
おかげさまで、大学の専攻は哲学になってしまいました。。あはは。
けっこう勉強しててもおもしろかったよ。
人間学とかは今でもけっこう役立ってるかも!!
この、完璧なまでの冷静な人間ウォッチング!
それで、今の社会で生き抜いてくための完璧な術を見につけることができたよ!

でも・・・「社会にでて、何の役にも立たない勉強してきたね・・」と某人に突っ込まれた・・

た・・・確かにね。

でもさ、因数分解だって、サイン・コサイン・タンジェントだって、結局 社会に出ても役立たないじゃん?
結局は「考える力」が養えられればそれでいいと思うんだよねー。

勉強の意義なんてそんなもんだろ?っと思いながら、おじーちゃんの冥福を静かに祈るぴょんであった・・・

HPランキング参加中~
ブログ用ランキングにも参加中~symbol7
ポチっと協力お願いしまっすanimal1symbol1

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする