待ってました!またまた私の番が回ってまいりました! 広報委員のT村です。
ロケの合間、締め切り1日前に書いております。私の場合は締切が気になって気になって、その気になって・・・ちがうか。早く書かせてくれ!的な思いを込めての1日前の執筆になります。まあこの話は長くなるのでこの辺りでオワリ!
# 気になる人がいたら今度の飲みの席で熱弁をふるわせていただきます。
# まあ聞きたい方はいないと思いますが・・・
Anyway、また禁断のアルバムを震える手で持ってきて、一枚をスキャンさせていただきました300dpi(以下同文)
今回はオーストラリアの英語学校編です。

スキャンさせていただいた写真は、オーストラリアのシドニーにある(あった)英語学校、イングリッシュカレッジ、略してインカレでの最後の授業の時に記念で撮った写真だと思います。
19歳のT村青年が1987年01月初旬、オーストラリアのシドニーに初めて到着して、その足でインカレのゲストハウスのあるリンドフィールドというシドニーから電車で20分位の所に行き、次の日からこのインカレに10週間通いました。
生徒はほぼアジア圏の人で、私が通っていた初級クラスも日本人2割であとは香港、台湾、韓国、インドネシアの人でした。英語よりその人たちの母国語の挨拶などを良く覚えてコミュニケーション、たまにはチャイナタウンでノミニケーション(オーストラリアでは18歳から成人)。
そんなこんなで、英語の勉強というより、いろいろな国の人と友達になって、国際人になった錯覚を感じていた時でした。
アジア系の人と話していると戦争の事、人種の事、国の事情、いろいろ今まで自分で考えもしなかった事を思いしらされました。特に韓国の人は辛い物と戦争の話が好きで、香港の人は香港返還(1997年7月1日に香港の主権がイギリスから中華人民共和国へ返還)があるとのことで、移住を前提にオーストラリアに来ている人が多かったです。
日本を外から見たり、あらためて日本人という自分を感じたり、ナカナカ良い経験でした。
その後アルバイトをしてお金をためて、オーストラリア一周の旅にT村青年は出るのですが、その話は・・・次回より順次!
また震える手で秘蔵の写真をスキャンしてお届けいたします。
ロケの合間、締め切り1日前に書いております。私の場合は締切が気になって気になって、その気になって・・・ちがうか。早く書かせてくれ!的な思いを込めての1日前の執筆になります。まあこの話は長くなるのでこの辺りでオワリ!
# 気になる人がいたら今度の飲みの席で熱弁をふるわせていただきます。
# まあ聞きたい方はいないと思いますが・・・
Anyway、また禁断のアルバムを震える手で持ってきて、一枚をスキャンさせていただきました300dpi(以下同文)
今回はオーストラリアの英語学校編です。

スキャンさせていただいた写真は、オーストラリアのシドニーにある(あった)英語学校、イングリッシュカレッジ、略してインカレでの最後の授業の時に記念で撮った写真だと思います。
19歳のT村青年が1987年01月初旬、オーストラリアのシドニーに初めて到着して、その足でインカレのゲストハウスのあるリンドフィールドというシドニーから電車で20分位の所に行き、次の日からこのインカレに10週間通いました。
生徒はほぼアジア圏の人で、私が通っていた初級クラスも日本人2割であとは香港、台湾、韓国、インドネシアの人でした。英語よりその人たちの母国語の挨拶などを良く覚えてコミュニケーション、たまにはチャイナタウンでノミニケーション(オーストラリアでは18歳から成人)。
そんなこんなで、英語の勉強というより、いろいろな国の人と友達になって、国際人になった錯覚を感じていた時でした。
アジア系の人と話していると戦争の事、人種の事、国の事情、いろいろ今まで自分で考えもしなかった事を思いしらされました。特に韓国の人は辛い物と戦争の話が好きで、香港の人は香港返還(1997年7月1日に香港の主権がイギリスから中華人民共和国へ返還)があるとのことで、移住を前提にオーストラリアに来ている人が多かったです。
日本を外から見たり、あらためて日本人という自分を感じたり、ナカナカ良い経験でした。
その後アルバイトをしてお金をためて、オーストラリア一周の旅にT村青年は出るのですが、その話は・・・次回より順次!
また震える手で秘蔵の写真をスキャンしてお届けいたします。
G'day T村より。