鬱屈した空気のなかヤーノシュ(ラース・ルドルフ)は、自身のよりどころを不変の象徴としての天体法則や、生命の偉大さの体現であるクジラの巨体に漠然と見いだしているのかもしれない。主体性の喪失は停滞と軋轢、扇動と暴走、暴力と自滅を経て振り出しにもどるという自戒の物語。
権威の喪失によって発生した民衆の不協和音(不調和)は、その内部にいる個々人の巨視点を奪い思考を停止させる。そのさまを見とどけた新たな権威の敷衍をたくらむ者は、さらなる混沌を仕掛け暴力によって民主の気力をも奪い、かりそめの和音(調和)を与えることで民衆の不安と不満を覆い隠す。
ハンガリー動乱は1956年。タル・ベーラの生年はその1年前だ。
(3月3日/イメージフォーラム)
★★★★
【あらすじ】
ハンガリーの小さな町。若いヤーノシュ(ラース・ルドルフ)は郵便配達員をしながら老作曲家エステル(ペーター・フィッツ)の世話をしていた。町のインフラは滞りがちで住人たちの生活は困窮し重苦しい空気が人々を覆っていた。ある夜、町に見世物屋の巨大な"クジラ”が巡回してきた。そして、クジラとともに“プリンス”と呼ばれる謎の男も町にやってきたという噂が流れ漠然とした不安が広がっていく。同じころ、夫をおいて町を出ていたエステル夫人(ハンナ・シグラ)が突然ヤーノシュの前に現れ「ある依頼」をするのだった。全編わずか37カットで綴られる2時間25分の自戒の物語。(モノクロ/145分)