ぽんしゅう座

映画を観るくらいしか趣味のない男の、雑談です。

■ パンク侍、斬られて候 (2018)

2018年07月13日 | ■銀幕酔談・感想篇「今宵もほろ酔い」
豊川悦司の大人の論理のどす黒さは『空飛ぶタイヤ』の比ではなく、染谷将太のテンパリは“ゆとり”のリアルを悲しく代弁し、北川景子の「腹ふり」は彼女史上最も可愛い。何よりも、孤独なバカはバカとして解放し、群れるバカをちゃんとバカたど言い切る真摯さが素晴らしい。

ホンネと勇気に根ざした創作は、タテマエにまみれ、ふやけきった愛よりも、よっぽど地球を救うのだ。町田康、宮藤官九郎、石井岳龍の“良心”が炸裂する良識の映画。私は断然、支持します。

(7月12日/TOHOシネマズ)

★★★★
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■ 菊とギロチン (2018)

2018年07月12日 | ■銀幕酔談・感想篇「今宵もほろ酔い」
階級や体制が醸す圧迫感に、理屈と世事に流され成り行きまかせで逆らう男ども。方や、正面きって体当たりの身体感覚に希望を託す女たち。面白くなりそうでいながら、女力士たちの個性立ちの良さに対してテロリストが類型的で魅力がなく、群像劇の“群像”が実を結ばない。

結局、3時間超も費やしながら何も印象に残らない。言いたいことは、分かるのだが脚本にも演出にも映画的なアイディアが足りないので楽しくないのです。

あと、品の良さげな東出昌大の風貌や口調が邪魔をして、どういきがってみても破天荒なアナキストに見えませんでした。

(7月10日/テアトル新宿)

★★★
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■ 女と男の観覧車 (2017)

2018年07月11日 | ■銀幕酔談・感想篇「今宵もほろ酔い」
ブリキ玩具のような毒キノコ色のコニーアイランド。どす黒いオレンジ色に重たく染まる女の部屋。窓外には観覧車が血を滴らせた骸骨のような姿をさらす。いつしか女を包む希望もどきの青ざめた光にも生気はなく虚ろだ。女は閉塞と願望の振れ幅の“極端”さに気づいていない。

同じように“自ら人生を踏み外す女”を描いたウディ・アレンの『ブルージャスミン』(13)に、今回、撮影監督のヴィットリオ・ストラーロが加えたのは、人の欲望と心の油断が行き交うワンダーランドの「虚飾と毒色」の視覚化だ。それは、過剰で鬱陶しいおせっかいでもあり、映画屋の止むに止まれぬ矜持でもあるのだろう。

(7月4日/新宿ピカデリー)

★★★★
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■ カメラを止めるな! (2017)

2018年07月06日 | ■銀幕酔談・感想篇「今宵もほろ酔い」
何を書いても勘の良い人にはネタバレしてしまいそうでコメントできない!といった危うい構造をした豪胆にしてデリケートな映画。映画づくりのマネごと経験者には“あるある感”満載。役者の皆さまも裏方さんも、全員お疲れ様でした。とりあえずは面白かったです。

まず、出演者が無名(失礼)の役者さんだったのがよかったですね。偶然、学校の文化祭で観たら意外に爆笑だった、みたいな。きっと10年前の「会いに行けたAKB」もこんな感じだったのでは。キャリアのある俳優さんが、これをやったら三谷幸喜作品みたいなスノッブ感が出て“お約束”な喜劇になっていたでしょうね。

あと編集(監督が担当)が生み出す疾走感が素晴らしい。因果関係が引き起こすギャップを瞬時にパワーに変換し、あくまでもアクションとしての「笑い」で“見せる”という徹底した愚直さがいいです。理屈を「言葉」ではなく「動き」に昇華してしまうのは、まさにアクション映画。編集(映画)の特権です。

私は100席に満たない小館で観たのですが、1日3回のみの上映とはいえ平日にもかかわらず全回満席。SNSか何かで拡散しているのでしょうか。そのうち「新人監督の無名キャスト映画が超話題!!」なんてテレビで取り上げらるのでは。この映画、観終わったら必ず見直したくなる映画なので、火がついたら増々リピータが増えて思わぬヒットになる予感がします。

でも、このネタは二度は使えないので上田慎一郎監督にとっては、自分で首絞めた感があって、嬉しいけどきついデビュー作になったかも。次回作でころっと路線が変わっても、同情することはあっても怒らないことにします。

(7月4日/K's cinema)

★★★★
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■ 焼肉ドラゴン (2018)

2018年07月03日 | ■銀幕酔談・感想篇「今宵もほろ酔い」
同じ阪神間が舞台の姉妹物語『細雪』が頭をよぎっていた。時代や生活背景は違えども距離は僅か10数キロ。芦屋の山の手の名家と、伊丹の河原ぎわの朝鮮部落。見えない制度や身分の枷の下、家のしがらみや行く末に悩み、恋慕に迷うこの三姉妹も“自立”に揺れる。

境遇の高と低。富と貧。陽と陰。そんなものがどでうあれ、人は悩み葛藤し選択しながら生きなければならないのだ。

もちろん、この家族の不自由さの発端は、故国(=アイデンティティ)を捨てざるを得ず、新たな故国を自らの力で築かなければならないという境遇にあるのだが、彼らは不自由を脱するための解を故国を超越した“自立”に求めようと試みる。その解は、完全な正解ではないかもしれないが、まったくの不正解でもないかもしれない。

置かれた境遇のいかんに関わらず、社会や家族よりも個人が「自分が幸福だ」と考える道を自ら選択すること。それ以外に、人が前に進む方法はないとう「生きることの普遍」を、家財道具を満載した龍吉(キム・サンホ)と英順(イ・ジョンウン)夫婦のリヤカーの旅立ちが語ってた。

自らの劇作を脚本化し映画にした鄭義信の初監督作だか、話の展開に溜めがなく感情が直截的に露出してゴツゴツとした印象だった。それが味といえば味だが、一歩引いて「思い」を観客にゆだねるシーンが少なく繊細な感情が伝わってこなかった。この感情のゴリ押しにはいささか疲れました。

鄭義信さんにとって大切な原作なのは分かりますが、話の構成や展開にどこか舞台のぶつ切り羅列感が残っていて、在日としての社会的な一家のありようと、個々人のホームドラマとして物語のアヤが噛み合わず、映画としての訴求力が削がれてしまっているように感じました。

脚本は、第三者と組むか任せてしまうぐらい思い切って、根本から映画用に翻案した方が物語のに秘められた普遍的なテーマがきわだのでは、などと素人が“偉そう”に勝手なことを書いてしまいました。鄭義信さん、ご無礼をご容赦ください。

(6月30日/TOHOシネマズ)

★★★
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■ 空飛ぶタイヤ (2018)

2018年06月29日 | ■銀幕酔談・感想篇「今宵もほろ酔い」
池井戸潤の定型パターンから家族の絆や中小企業の社員の同志的団結といった“うんざり”気味の人情要素を削ぎ落とし、久しぶりにソース顔と醤油顔という死語を思い出させる長瀬智也とディーン・フジオカの、思いと立場上“どちらも有り”な対立話に絞り込んだ脚本の潔さが功奏。

歯切れ良く簡潔に話を刻んでべたつかない本木克英演出も心地よい。

そうえいば本木さんは、偉大なる平成のビジネス映画『釣りバカ日誌』シリーズの三代目監督としてデビューした人だった。近作の『超高速!参勤交代』も、観ようよってはビジネス映画(すみません未見ですが)なのでは?この監督さん、喜劇よりクールなシリアスものにシフトしたほうが案外いいのかも。次回も、この路線の作品が観てみたいです。

少し物足りなかったのは、長瀬智也、ディーン・フジオカと“それぞれの矜持”を競うはずの銀行マン高橋一生の存在感。ぐっとこらえて「地味に潜行」な役どころで見せ場が作れなかったのか、大人の事情(尺の問題)なのか出番が少なく、さぞやファンの皆さまはがっかりしたことでしょう。

馬力と人情を推力に突進する遅れてきた体育会系若大将、大企業組織のあみだくじ的メイズに生息する内弁慶エリート、人情よりも組織よりも金(かね)の合理を優先する教科書的銀行マン。この「三すくみ」がもっと明確に立ち上がっていれば、ビジネスものエンタメ映画としての深見が増し傑作になっていたかもしれない。

あと深田恭子と寺脇康文はキャラに合わない役どころをあてがわれて、いささか浮き気味。特に寺脇の芝居の「似合わない感」は甚だしくビートたけしの“鬼瓦権造”みたいで笑えた。

(6月27日/TOHOシネマズ)

★★★
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■ 30年後の同窓会 (2017)

2018年06月28日 | ■銀幕酔談・感想篇「今宵もほろ酔い」
再び遠くの戦争の災禍に家族を襲われた男。流されるまま自堕落に時を過ごした男。野卑を求道で覆い隠し清算した男。ベトナム従軍という修羅場の過酷と理不尽を経験し、30年の歳月を過ごした3人は“あの時”を嫌悪しながらも思い出にはしゃぐ。哀しくとも青春とは忘れがたき栄光。

【ご注意】これ以降、結末に関するネタバレがあります。

結末の展開にショックを受けた。息子を軍服姿で埋葬することを硬く拒否していたドク(スティーヴ・カレル)に、戦友のサル(ブライアン・クランストン)もミューラー(ローレンス・フィッシュバーン)も理解を示し賛同していたはずだった。

ところが、上官の命を受け3人の帰郷に同行していた軍人青年ワシントン(J・クィントン・ジョンソン)の不意を突いたような提案を受け入れて「海兵隊の正装」姿で遺体を埋葬することに3人は手放しで賛成してしまう。

キーワードは“誇り”だ。この展開に私は嫌悪感をいだいた。作者(原作者、脚本家、監督)は、この“誇り”イコール軍服、そこに潜む「国家と軍隊と青春」の一体化という思想を肯定しているように見えたからだ。

でも、少し頭を冷やして考えてみた。これは、人が生きていくための寄る辺である“誇り”までもが、軍隊という上位下達システムに浸食され続けている戦争国家アメリカの悲しみを象徴しているのだと思うことにした。

青春は栄光の日々であって欲しい。これは海兵隊の正装に身を包む青年も、かつて青年だった中年男にとっても、そして一切軍服とかかわりないのない青春を送る者にとっても、変わらぬ純粋な願いであるのだから。

(6月22日/TOHOシネマズシャンティ)

★★★★
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■ 夜の浜辺でひとり (2017)

2018年06月24日 | ■銀幕酔談・感想篇「今宵もほろ酔い」
ふられ女の脳内と現実のズレを映像化する試み。周囲の気づかいや良識ある対応に、この女(キク・ミニ)の思いと迷い、逃避と欲望は、制御不能な甘え、強がり、攻撃性となってたれ流される。女の心象らしき謎の男は、いつまで消えることなく謎のまま、やがて女は世間の“腫れモノ”と化すだろう。

(6月19日/ヒューマントラスト渋谷)

★★★
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■ それから (2017)

2018年06月23日 | ■銀幕酔談・感想篇「今宵もほろ酔い」
社長にも愛人にも妻にも、もちろん巻き込まれた目撃者であるアルム(キム・ミニ)にとっても文字通り「ある日」の“劇的”な出来事が描かれる。そして後日。あんなに切羽詰まり、怒り、泣き、叫んだはずなのに・・・。人の生き方は「記憶の強度」をも左右する。

まさに「それから」を生き続けることが人生だ、というホン・サンスの苦笑いが目に浮かぶ。

(6月19日/ヒューマントラスト渋谷)

★★★★★
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■ 銭ゲバ (1970)

2018年06月20日 | ■銀幕酔談・感想篇「今宵もほろ酔い」
わずか90分に詰め込まれた情報の多さを考えると、強引な語りや舌足らずを責めるより、ベビーフェイス・唐十郎(すでに30歳)の非現実的な存在感を駆使し、話の肝である“醜くも哀しい悪”を夢幻のごとく担保して、綱渡り的に破綻を回避した演出の剛腕を評価する。

後半(赤ん坊登場以降)の「銭」を得ることと「命」を奪うことが同化した自らの精神構造にさいなまれる風太郎(唐十郎)の葛藤ぶりは圧巻。原作に負うところもあるのだろうが通底する、1970年代を迎えるにあたって沸点に達した経済成長(大阪万博!)や顕在化する公害問題(作中でも触れられる)の激化への不安と批判が色濃くにじむ。

あと70年代初頭のアングラ臭プンプンの女優さんの存在感に圧倒されます。淫靡さと高慢さを同時に発散する下衆娘と紙一重のお嬢様・緑魔子や、生真面目さと可憐さに不自然な重さが加わりお荷物化した令嬢・横山リエ。なかでも(私はスクリーンで動く姿を初めて見たのですが)伝説のピンク女優にして作家の鈴木いづみさんが、そこに居るだけで醸し出す重量感に驚きました。その質量は芝居や、まして体型ではなく、彼女の精神性(生来)に根ざしているように感しました。

緑魔子、26歳。横山リエ、22歳。鈴木いづみ、21歳。この存在感、今(2018年)の漂白、殺菌されたような同世代の女優さんたちに望むべくもありません。まあ、時代ですね。時代ですよ。

映画は続編の臭いをプンプンさせて終わります。完結編が観たかった。斜陽にあえぐ日本映画界のどん底が見えた1970年。これもまた、望むべくもない無いものねだり。時代ですね。

(6月15日/神保町シアター)

★★★★
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